下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

dots「Marble」

dots「Marble」(remo)を見る。

出演:高木貴久恵 ほか
構成・演出:桑折現 映像:岸上正義 音楽:清原丈嗣 / 前田大作 音響:土井新二朗
照明:高原文江 舞台美術: 規矩泉美 / 黒田政秀 宣伝美術:新庄清二 制作:城島里実 ほか
 京都造形芸術大学・映像舞台芸術学科在籍中の桑折現(コオリ ゲン)を中心に結成。メンバーは演出・映像・音楽・照明・ファッション・制作などを担当する8名。各々の領域での個人の活動を展開しながら、dotsとしての作品制作を行う。これまでKAVC、岡山県犬島、アイホール、関西日仏学館など、それぞれの空間とそこで体感することを強く意識した作品を発表してきた。空間・身体・映像を結びつけたパフォーミングアーツの新たな可能性を模索している。

 新世界にあるフェスティバルゲートで開催された演劇祭「新世界フィジカルシアターフェスティバル」(http://www.dab.hi-ho.ne.jp/yu-ya/nw/main.html)でdotsの新作「Marble」を見た。フィジカルシアターという言い方をすれば60年代のいわゆるアングラ演劇と当時呼ばれていた演劇以降、日本の現代演劇は90年代の「関係性の演劇」などの一部の例外を除けば、戯曲=言語テキストの読み取りに重きを置く、西洋のリアリズム演劇の系譜に対して、多かれ少なかれ「フィジカル」=「身体」に重きを置いてきた。例えば、英国における典型的なフィジカルシアターといえばテアトル・ド・コンプリシテなどが挙げられると思うが、これがそうであるならばおそらく野田秀樹鴻上尚史だって、向こうから見ればフィジカルシアターであってことさらフィジカルシアターフェスティバルと日本で名乗る意味はどこにあるかというのが疑問であった。
 さて、ではdots「Marble」がどうなのかというと、このサイトの見出しでは名目上ダンスと分類したのだが、壁面いっぱいに映し出される映像と舞台上にオブジェ的に配置されたパフォーマーのミニマルな動きを組み合わせたパフォーマンスであった。舞台上にはソファが置かれていて、それと同じソファの映像が背後の壁に映し出されて、映像のなかに男女2人のパフォーマーが登場して、そこに座ったり、周囲を歩きまわったりする。この映像もただ撮影されたものというわけではなく、画面上で加工された映像で、最初同一の空間に存在するかと見えた2人の人物は椅子の上で同時に重なったりしてちょっと不思議な雰囲気を醸し出す。そこに後から映像と同じ人のパフォーマーが今度は実際にremoのフロアに登場して、この映像と実在のパフォーマーとの組み合わせによって舞台は進行していく。作り方はなかなか巧妙であってこれに合わせて下手サイトにある白い幕に実際のパフォーマーの影が映し出されたり、映像(?)も映し出されたりする。
 これは全体としてなかなかよくできてはいるが、こうした映像と実像の組み合わせという手法はすでにいろんなところで目にしたことがあり、ダンスとの組み合わせであればダンス部分の振付が面白ければ映像の使い方としては効果的なこともあるが、これだけで勝負するというには表現の強度という点で少し物足りない感はいなめない。
 これをなんと名づけるかには若干の躊躇があるものの少なくとも、これはマルチメディアパフォーマンスの類であって、少なくとフィジカルな演劇ではないことだけは確かであった。
 この集団の特色は上記のプロフィールからも分かるように主宰である桑折現を中心としながらもいずれも京都造形芸術大学・映像舞台芸術学科の学生であった映像・音楽・照明・ファッション・制作などを担当するメンバーが単なるスタッフではなく、集団内部にいて、その共同作業により作品を作り上げていることである。こうした集団の構成を見るとすぐに連想されるのはダムタイプあるいは最近のカンパニーでは発条トやニブロールなのだが、これまで見た2作品(02年7月「トランポリンとビキニ」犬島アーツフェスティバル「ダンス・ヒート・アイランド」参加、03年3月「うつつなれ」AI.HALL自主企画vol.141Take a chance project 004にて公演)と今回の「Marble」を見る限りは少なくとも今のところ身体表現としてのダンスの要素はどちらかというと希薄なところがその特徴といえるかもしれない。
 今春卒業とはいえメンバーのほとんどが学生である学生劇団であることを考えればオリジナルの映像・音楽などのレベルはかなり高いので今回のように弱点である身体表現の部分を要素として抑え気味にすればそれなりの完成度の作品にはなるのだが、それぞれの要素がテイストとしてダムタイプに似ているというわけではないけれどもこういう演劇・ダンスよりはどちらかといえばマルチメディアパフォーマンス寄りのスタンスを取ればどうしてもダムタイプとどう差別化するかというのをもう少し戦略的に考えていかないと今後、一頭地抜きん出た存在となるにはしんどいのではないだろうか。集団としての力は感じ取れるだけにすぐに結果を出すことを考えずに自分たちの表現のストロングポイント、勝負どころはなになのか、先行する表現者に対して、どこに力点を置いて、それを超克していくのか。
 今が大切な時期だけに十分な手間ヒマをかけて考え抜いてほしい。