下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団「山羊 シルビアってだれ?」

 青年団「山羊 シルビアってだれ?」こまばアゴラ劇場)を観劇。
 「動物園物語」「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」で知られる米国の劇作家エドワード・オールビーの新作(2002年のトニー賞受賞作品)を米国人の演出家、バリー・ホールが演出した。キャストはマーティン(志賀廣太郎)、スティービー(大崎由利子)、ロス(大塚洋)、ビリー(石川勇太)。
 青年団の劇団としての活動の広がりは平田オリザ作演出による本公演以外に若手の劇作家、演出家による若手公演、海外の劇作家・演出家との共同制作と関西からではフォローしがたいほどなのだが、これまで海外がらみの作品については正直言って手ばなしで面白いと感じるものは少なかった。
 その理由の1つには手法の実験性が日本の現代演劇の状況とどうもかみあっていないのではないかと感じられたところにあったのだがこの「山羊 シルビアってだれ?」は面白かった。ただ、その面白さはこの舞台の演出・演技が青年団ならではのものというよりはパルコ劇場やt.p.t.の上演だといわれても納得してしまうような日本での翻訳劇の上演としてオーソドックスなものだったということがあるかもしれない。
 「山羊」という芝居だが、これは最初かなりコミカルなタッチで始まる。
人もうらやむ仲のよさであったマーティン、スティービーの夫婦に危機が訪れる。それは旦那のマーティンが不倫をしてしまったからだ。その相手の名前はシルビア。生真面目なマーティンはそのことをひとりで抱え込むことができず友人のロスに告白するのだが、ロスはそのことをスティービーに手紙で伝えてしまう。
 ここまではよくある話に聞こえるであろうが、この芝居が普通じゃないのがここから先。マーティンの相手のシルビアというのは山羊(やぎ)だったからである。
 こんな風に説明するとこれはナンセンスコメディだと勘違いする人がほとんどだと思うのだが、この芝居が変なのはこれがストレートプレイで、最後には妻のスティービーが血まみれになった山羊の死体をずた袋のようにかついで舞台で出てくるカタストロフィーに至るシリアスな悲劇として作られているのである。これは米英での上演でも基本的にはそういう演出になっているので、オールビー自身もそういうものとして構想したことは間違いなさそうではあるのだが、ある種のブラックなユーモアやアイロニーをそこに見るにしても相当に変な舞台であることは確かである。
 山羊というのはなにかの隠喩(メタファー)なのだろうか。山羊でまず連想されるのは「生贄の山羊」(スケープゴート)だが、ほかにも従順なキリスト教徒の象徴である羊に対して、キリスト教と対立関係にあった山岳民族の家畜である山羊は、悪魔のメタファーとして使われる。あるいはギリシア起源の悲劇は「山羊の歌」の意であった。
 うーん。山羊は例えによくでてくるのでどれかひとつ特定するのが難しいのだけれど、ここではやはり「悪魔」かもしれない。
 ただ、それにも若干なというかかなりの疑問がある。確かに不条理劇の場合イヨネスコの「犀」とか、別役実の「象」とか、これはもともとは小説だけど舞台化もされているカフカの「虫」とかなんらかの人間以外の動物(あるいは生き物)がなんらかのメタファーをにおわせる形で登場することはあるのだけれど、「動物園物語」「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」を見るかぎりは不条理といっても基本的に登場人物の造形はリアルなものだし、そういう傾向はこの「山羊」においても変わっていない。
 芝居は日本の群像会話劇とは対極的な形式ではあるが、基本的に会話劇であって、しかも上記2作品についてはそれぞれ2人の登場人物の攻守ところを変えるような激しい主張のやりあいが舞台の基調をなしているのだが、そういう基本的な構造はこの舞台でも基本的には変わらない。
 ただ、どれだけ激しい議論が交わされそうとも、マーティンは誠実に自分とシルビアの関係を説明しようと試みるのだが、それはだれからも理解されないし、会話の途上において妻のシルビアの方はこれまでマーティンがまったく理解してなかったような怪物的な一面を片鱗としてみせはじめて、それが最後のカタストロフィへと結実していくことになる。
 その意味ではここでこの物語をある種の政治劇として読み取ることもできるかもしれない。妻であるスティービーからは「悪魔」に見える山羊(シルビア)が2つの相容れない存在の争いの前にスケープゴート(生贄の山羊)となっていかざるをえない状況はイラク戦争のような政治状況への2重のメタファーにも見えてくるのではないだろうか。