下北沢通信

中西理の下北沢通信

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いるかHotel 「月と牛の耳」

いるかHotel 「月と牛の耳」*1HEP HALL)を観劇。
 畑澤聖悟(渡辺源四郎商店)が弘前劇場時代の2001年に上演した代表作を谷省吾(いるかHotel/遊気舎)が演出。やはり、畑澤作品である「背中まで四十分」との2本立てという意欲的な企画だが、この日は初日でこちらの作品だけの上演。この舞台は14日にももう一度見ることにしているので、詳しい感想はその時に書く予定だが、関西の演劇ファン、そして演劇人にぜひ見てもらいたい舞台である。この日は平日のせいか客席には空きがあって本当にそれだけが残念。芝居を見終わってまずそう思った。
 格闘技一家の物語。空手家の父が記憶障害の病いで入院。それは一度寝てしまうとその日の起床から寝るまでの記憶を失ってしまうという特殊な症状で、彼の記憶は7年前までで止まっている。病気が発症した日は長女が初めて婚約者をつれ、見舞いにきた日だった。病院の職員は、彼を地下にある病室に隔離し、テレビも故障と偽り、外界とのいっさいの接触を絶ち、毎日がその日であるかのように振る舞い、訪問が中止になったと偽ってきた。しかし、この日はいつもとは違う。年に1回だけ家族が集まる特別な日なのだ。
 この物語の前半部分はこの特異なシチュエーションを活用してのかなりスラップスティック(ドタバタ喜劇的)なコメディとして展開する。畑澤聖悟の脚本はうまい。かなり異様なシチュエーションの会話劇であるのにもかかわらずちゃんと成立しているのは脚本の巧みさだと思う。
  脚本は共通語で書かれており、弘前劇場の上演では弘劇メソッドにより、それを弘前地方の方言を主体とした地域語で上演したが、今回は舞台を神戸に移し、元台本を極力生かしながら、関西方言により上演して、弘前劇場の上演とはまたひと味違うもうひとつの「月と牛の耳」が出来上がった。
 初日とあって前半の部分は役者が緊張していたのか、やや硬さが残って客席にもその硬さが伝わったか、弘前劇場の上演では笑いがとれていたところで笑いが起こらず少し心配したが、中段以降は次第に調子を上げてきて、役者陣も好演、見ごたえのある舞台となった。
 谷が最初にこの戯曲を読んだ時に主役の空手家、加賀谷敏役はこの人でと思った隈本晃俊(未来探偵社)は初演の弘前劇場、福士賢治と全然違う役作りながら、演出谷の期待にこたえて好演。だが、この芝居で一番印象に残ったのは娘の婚約者(実は夫)役で登場した加藤巨樹(劇団ひまわり)であった。初めて見る役者であったが、この舞台の真価がそこで問われるという難しい役柄ながら見事にこなし、これはいいと納得させられるものがあった。
 13日は「背中まで四十分」の初日で、こちらの方は福士賢治が演じた役柄になんとあの「羽曳野の伊藤」こと久保田浩を持ってくるという冒険心溢れるキャスティング。こちらの方も見る予定の14日が来るのが今から待ち遠しい。