下北沢通信

中西理の下北沢通信

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音楽座ミュージカル「リトルプリンス」@シアターBRAVA!

音楽座ミュージカル「リトルプリンス」*1 *2(シアターBRAVA!)を観劇。

王子 : 野田久美子 飛行士 : 広田勇二 花 : 浜崎真美 キツネ : 安中淳也 黄花 : 秋本みな子 ヘビ : 関川慶一 王様・地理学者ほか : 藤田将範 うぬぼれ屋ほか : 渡辺修也 呑み助ほか : 萩原 弘雄 実業屋ほか : 新木啓介 点灯夫ほか : 黛一亮
渡り鳥ほか : 清田和美 兼崎ひろみ 野口綾乃 富永友紀 河村真希 永登春香 冨永波奈 村田麻衣

サン=テグジュペリの「星の王子さま」を原作にした音楽座ミュージカルの代表作が「リトルプリンス」である。土居裕子、今津朋子のダブルキャストで「リトルプリンス」として1993年に初演。95年版「星の王子さま」には蛇役にH・アール・カオスの白河直子が出演、その部分の振付を大島早紀子が手掛けたことでも話題になり、その後、大島がコンテンポラリーダンスの世界だけではなく「エリザベート」の振付などミュージカルの仕事にも進出するきっかけとなった。劇団音楽座解散(96年)後の2000年7月にはホリプロ+TBSトリビュート 音楽座ミュージカル「星の王子さま'95」と題して、95年版の演出を茂森あゆみ星の王子さま 市村正親:飛行士のキャスティングで復活上演した舞台も上演され、これにも白河直子が出演している。
 この「リトルプリンス」はもうひとつの音楽座の代表作「マドモワゼル・モーツァルト」同様にその時々に上演されたいろいろなバージョンの上演を見ている。その中には前述の白河出演バージョンもあったわけだ。こういう場合、往々にして新たな上演への評価は厳しくなりがちだが、今回の上演はそれでも上出来の部類に入るものだった。Rカンパニーとして音楽座が新体制で復活してから3年がたつが、キャストの充実も含め音楽座が全盛期に匹敵するよい状態に戻りつつある、と感じて嬉しくなった。

 まず主演、リトルプリンス役の野田久美子=写真左=がいい。最初に見た瞬間に「あ、王子だ」と思うぐらい、この役がニンにあっていた。当たり役だと思う。もちろん、初演の土居裕子も、その当時大抜擢であった今津朋子もよかったし、その姿は今でも鮮やかに脳裏に浮かぶほどだが、歌や演技はともかくとして、土居も今津もダンスはおせじにも得意とはいえなかったから、少なくとも、この「リトルプリンス」では踊れるという意味では今回の王子役の野田には一日の長があるかもしれない。逆に飛行士役の広田勇二、キツネの安中淳也は歌はどうかなと思う部分もあったが、演技力の確かさでそれをカバーしなかなか好演していたと思う。一方、花の浜崎真美はどうだったろうか。悪くはなかったけれども、この役には石富由美子という一世一代を思わせる演技を見せてくれる人が過去にいたかなあ。若干見劣りするのは仕方ないかもしれない。それより特筆すべきなのは星めぐりに出てきた地理学者、うぬぼれ屋、呑み助以下のキャストが全員しっかりキャラ立ちして、いずれも個性をはっきりと感じさせたことで、この一点だけでもRカンパニーになってから、最初の「21世紀マドモアゼル・モーツァルト」あたりでは、主役クラスと脇役のレベル差が激しく、アンサンブル的にも正直言って「しんどいな。かつての主要な役者たちが抜けてしまった穴は大きかった」と感じたことから考えるとこの3年間の各段の進歩は驚くべきものだと思う。
 この舞台がミュージカルとして秀逸なのはまず曲がいいことだ。大ブレークする前の小室哲哉モーツァルトというふたりの才能を存分に生かした「マドモワゼル・モーツァルト」がこと音楽という意味では音楽座ミュージカルのなかでも最高傑作だとは思うのだが、ほぼ音楽座内部の人材と思われる3人の作曲家(山口王秀也、高田浩、金子浩介)が力を合わせてのこの「リトルプリンス」の楽曲もそれに匹敵し、「シャイニングスター」「トゥギャザー」「金色の麦畑」「ハチミツ色の瞬間」……終演後思わず口ずさみたくなるような名曲をいくつも持っている。
 台本もよくできている。「大切なものは目には見えない」「飼いならすとは」などサン=テグジュペリの原作に登場する哲学的なキーワードを拾って、丁寧に戯曲化している。さらに「星の王子さま」というと子供向けの童話というイメージが強く、それは一概に間違いではないのだが、このミュージカル版では例えば作者サン=テグジュペリの分身といっていい飛行士の逸話(おそらく作者であるサン=テグジュペリの伝記的な事実やほかの自伝的作品を元に)に原作にないエピソードを追加*3している。花の逸話についても、これはサン=テグジュペリの妻をモデルにしたという通説があるが、そういう部分を飛行士の台詞(歌詞)として付加することで、この一種の寓話と思われる物語に現実のリアリティーを付加しているのが巧みだと思う。また、演出とも絡んでいるのだが、階段状の舞台装置とそれに覆いかぶさっている膜状の布を自在に駆使しての空間構成(舞台美術は朝倉摂)が見事というしかない。「演劇ならでは」との醍醐味を感じさせた。
 次回作の「七つの人形の恋物語」はRカンパニーとしては初の本格的な新作。音楽座はこれまでの歴史を見ても先ほど挙げた「リトルプリンス」「マドモワゼル・モーツァルト」「アイ・ラブ坊っちゃん」などをはじめ複数の人気作品をレパートリーとしながらも常に新作上演にも重きを置いてきた集団であった。劇団としての音楽座の解散、活動休止をへて、2005年にRカンパニーとしての復活を果たし過去のレパートリー作品を次々と復活させながら、力を蓄えてきたこの3年であったが、この「リトルプリンス」での充実ぶりを見る限りはいよいよ新作で再び勝負に打って出る時は成就したと思う。新作にも期待したいと思う。

*1:ゲネプロの映像http://okepi.jp/kangeki/2008/02/20080220.html#movie

*2:http://www.ongakuza-musical.com/about/stage/littleprince.php

*3:後に調べて分かったのはこれは今回の新演出ということではなく、著作権の関係で許可が下りなかった原作から離れた部分を著作権の期限が切れたのに伴い、初演「リトルプリンス」当時のものに戻した、ということらしい。ちなみに音楽座内では今回と初演のバージョンは「リトルプリンス」、著作権者の許可のもとに上演していたバージョンが「星の王子さま」ということみたいだ