下北沢通信

2011年ダンスベストアクト

 2011年ダンスベストアクト*1*2*3 *4 *5を掲載することにした。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2011年ダンスベストアクト
1,白井剛「静物画-still life」@京都芸術センター
2,アンサンブル・ゾネ「Still Moving2 穏やかな不協和音」神戸アートビレッジセンター・両国シアターX(カイ)
3,Monochrome circus「ENSEMBLE」@アートシアターdB
4,東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん」@シアタートラム
5,KIKIKIKIKIKI「ぼく」アイホール
6,contact Gonzo「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」アイホール
7,黒子沙菜恵+宮北裕美「服をきるように さらっと振付て踊る」@アートシアターdB*6
8,いいむろなおき「Yのフーガ'11」神戸アートビレッジセンター
9,金魚「HEAR」青山円形劇場
10,矢内原美邦構成・振付「お部屋」@松山ひめぎんホール

東日本大震災の影響もあってか停滞感の漂う2011年のコンテンポラリーダンスの状況のなかで、白井剛、岡登志子、坂本公成の充実ぶりが目立った。
白井剛「静物画-still life」「true」といずれも再演で今年のベスト級の舞台を連発して充実ぶりを示してくれた。なかでも「静物画-still life」は再演ながら昨年の初演と比較するとほとんど別物とも思われるほどに完成度が高まり、白井の代表作といえる舞台に仕上がった。特に関西から参加の若い2人(高木貴久恵、竹内英明)の成長ぶりが著しく、アンサンブルに綿密に磨き上げられたすきのない精緻さを感じた。
 関西勢ではアンサンブル・ゾネMonochrome circusの2つのカンパニーの活躍が目立った。この2集団の最近の仕事の高水準での充実ぶりはもはや関西の枠組みだけで語られるべきものではなく、そのプロデュース力や作品のクオリティーの高さを考えるならタスク系や「演劇みたいなダンス」ばかりが目立つ東京のカンパニーを質量ともに上回る活動内容となっていると思う。
 アンサンブル・ゾネ「Still Moving2 穏やかな不協和音」はドイツ在住でヨーロッパを中心に活動し高い評価を受けているジャズピアノ奏者である高瀬アキが音楽監督を担当、加えて元ネザーランドダンスシアターの看板ダンサーだった中村恩恵が前回公演に続き2度目の参加。ともに国際的なキャリアを持つ2人のアーティストとのコラボレーションにより制作した。高瀬と岡登志子は即興演奏・ダンスでの交流を通じて何度も共演してきたが、作品の共同制作では2009年の「Still Moving」に続く第2弾。前回は手探り状態の部分もあったが、今回は交流を重ねたことでカンパニーの個々のダンサーの特質への理解も深まり、作品としての成熟感が増してきた。
 ダンサーではカンパニーのメンバーである伊藤愛、岡本早未、山岡美穂らがアンサンブルだけでなく、それぞれソロの場面でも個々の個性を発揮するなどそれぞれの顔がより見えるように成長しており、contact Gonzo創始者でもある垣尾優も常連組の客演者として絶妙のアクセントとなり彩りを添えた。
 神戸アートビレッジセンターでの上演は3・11の震災直後であり、生演奏で参加予定だった高橋が来日できず不参加になり、その時点では余震の危険などもまだ大きかったために東京公演も中止にせざるをえなかった。そうした状況での公演ではあったが、神戸での上演は震災前から制作していた作品であるために今回の震災と作品内容には直接は関係がないはずなのではあるが、いくつかの場面から震災を想起させるイメージをうかがえ、特に後半に置かれた中村のソロには圧倒的な存在感があり、静かななかにも気迫を感じさせられた。
 震災直後に来日できなかった高瀬アキのピアノ生演奏をフィーチャリングしての舞台が11月に東京のシアターX(かい)での再演で実現して、こちらには初演では振付に徹して出演しなかった岡登志子も自らダンサーとして参加し、岡、中村というベテランダンサーの競演には若いダンサーにはない深みを感じた。
 Monochrome circus「ENSEMBLE」は掌編作品レミング」「朱鷺によせる哀歌」「最後の微笑」の3本立て。いずれも過去に上演された作品の再演であり、初演時の舞台も見ているのであるが、3・11の震災後の目で改めて見ると、ある時は被災地に対する祈り、ある時は津波原発事故など未曽有の被害を受けた日本とその後の混乱を先取りしたようにも見え、「いま・ここで」のリアルを切実に感じる作品として受容した。
 いずれも初演は震災とはまったく無関係なコンテキストで上演された作品ばかりだが、Monochrome circusの作品が具体的な事物というよりは抽象的にわれわれ人間に起こっている普遍的な出来事を人間同士の関係性を通じて描き出すからだ。「レミング」は寺山修司の芝居のモチーフにもなった集団で海に飛び込んで自殺するといわれるネズミの一種*7が表題だが、多数のダンサーが登場して群れとしての群像を表現する。物語のような筋立てがあるわけではないが、最初は倒れた人間を支えあったり、はぐれた人間を元の群れに戻そうとするなど集団を制御しようとしていたのが、しだいに集団自体の大きな流れのようなものに個々の人間が巻き込まれていって、自律した活動が出来なくなっていくような状況をコンタクトインプロヴィゼーションなどの技法を生かしながら複数の人間が行う。その動き全体に具体的な意味があるわけではないのだが、今回の場合はどうしてもそこでうごめく人間たちは津波などの自然に翻弄されていく人間やその後で混乱していく私たち自身の姿にも見えてきたのである。一方、「朱鷺によせる哀歌」は表題の通り滅びゆくものとしての朱鷺を表題としたものだが、やはりここでも震災の影は連想され、もう少し大きなわれわれ全体の運命に対する祈りのようなものとして受け取ることもできた。
 全体的な停滞感はここ10年ほどのコンテンポラリーダンスをけん引してきた黒田育世北村明子、伊藤千枝らの新作の発表がなく、次の世代からもこれまでの流れを変えてしまうような新たな才能が出てきていないことにあるかもしれない。これはゼロ年代・ポストゼロ年代に次々と才能ある若手作家が登場し、きわめて刺激的な状況になっている現代演劇とは対照的である。
 演劇で活躍が目立つポストゼロ年代の作家と同世代の作家が少ないなかで孤軍奮闘の感があるのが、ともに横浜ダンスコレクションでのグランプリなど一定以上の評価を得ているKENTARO!!*8、きたまりの2人だ。特に「演劇みたいなダンス」や「タスク系」などといわれるあまり踊らないダンスが増えているなかで、踊ることの快楽を追求し続けているのがKENTARO!!だが今年はソロ活動に加えて、特筆すべきなのは主宰する東京ELECTROCK STAIRSの舞台の成果の充実ぶりだ。以前はKENTARO!!のソロがないとちょっともたないようなところもあったが、「水平線サイコ」あたりから、カンパニーの個々のメンバーそれぞれの個性が作品に生かされるようになり、ソロ作品にはないデュオ、トリオ、群舞などの魅力も存分に発揮されるようになり、一皮もふた皮も剥けた感があるのだが、なかでもよかったのが「届けて、かいぶつくん」。KENTARO!!はHIPHOPの出身なので、本人の動きのなかにはもちろんそういう要素はないといえばうそになるのだけれど、作品の作り方は全然違っていて、この「届けて、かいぶつくん」の場合にはよくあるコンテンポラリーダンスともHIPHOPとも違って、「わが星」や東京デスロックの作品のダンス的な場面をむしろ彷彿とさせるようなポストゼロ年代的な筆致もあって、そのあたりが興味深かった。
東京ELECTROCK STAIRS「届けて、かいぶつくん」
 
 元々はKENTARO!!同様に踊りを中心に置いた作品を作り続けてきたきたまりだがTAKE A CHANCE PROJECTの一環としてアイホールで上演された「ぼく」は男性ばかりが出演した演劇的な作品だった。「ぼく」は白い正方形のリングのような舞台を客席が4方に囲むような舞台設定。ここに7人の男たちが入れ替わり立ち代わり登場して、それぞれが個人技を繰り広げる遊び場、あるいは闘技場のような空間設定を演出・振付を手掛ける。途中でいくつかセリフに呼応した動き(振付)を設定している場面もあるが、最初のそれぞれの役者「あいさつ」からはじまって、「自己紹介」「子供の時になりたかったもの」など登場する役者たちはだれかの役を演じるというのではなく、「ぼく=自分」のままで舞台に上がり、自分の言葉を発していく。
 注目すべきことはここに登場しているのはいずれも俳優、ダンサーであり、そのうち何人かは自ら集団を率いたり、作・演出、振付も担当するなど舞台に対する計算がきく出演者でもあって、これは一見自分として舞台に上がり「素」の自分を出すようなドキュメンタリー演劇の体裁は装っていても実態はまったく違うのだということだ。出演者は皆「ぼく」として自分として登場し、自分のことを話すが、そこには明らかに自分をどのように演出して演技しようかという計算が感じられて、しかもそれぞれ別々の劇団(カンパニー、個人も)から選ばれた7人だけにそこには対抗意識もあり、それゆえそこでは演技というフィールドを通じてのバトルが展開させ、その「場」におけるそれぞれの個人技が最大の見せ場なのである。「ぼく」が面白いのは即興的な要素を含むといっても完全に何でもやっていいというわけではなくて、それがバトルになりえるようなルールがおそらく場面ごとに設定されていると考えられるところだ。
  ダンスではヒップホップ(ストリート系)のダンスにおけるバトルなどがその代表的な例だが、コンテンポラリーダンスでも複数のダンサーが即興で次々と登場して、魅力を争うような形式の公演は珍しくないが、演劇においてはその手の即興というのは珍しい。それはダンスの動きや楽器の演奏ほどセリフの演技には自由度がないからだ。
 「ぼく」が面白いのは即興的な要素を含むといっても完全に何でもやっていいというわけではなくて、それがバトルになりえるようなルールがおそらく場面ごとに設定されていることだ。冒頭の「あいさつ」の場面でいえばそれぞれが四方の客席に向けて、お辞儀をしてまわるという約束事があり、その仕方はおそらく稽古場で出してきたもののなかで、演出家によって選ばれた(あるいは本人が選んだ)ものを順番にやっていくということをした後、次の「自己紹介」で自分が「何年生まれでどこの出身である」などということを述べていくのだが、2日間の公演を続けて見たところ、ここは最初の場面よりは裁量に任された部分が多いようで、大体の内容や順番は決まっていても登場の順は交代するし、話す内容もセリフのように同じではない。
 ここにそれぞれの役者の駆け引きが成立するわけで、何度も繰り返されるなかで自ずとそれぞれの得意、不得意によって役割分担が決まってくる半面、それをあえて破るようなしかけを誰がどこで繰り出すかのか、それぞれの個性とともに虚々実々の駆け引きが面白い。ここには舞台版プロレスを思わせるような面白さがあった。
殴り合いのような暴力的な身体の接触を展開して活躍するcontact Gonzo。これまで彼らは主として野外やギャラリー空間での活動をしてきたが、アイホールの若手育成企画である「TAKE A CHANCE PROJECT」に参加し、上演した「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」はフィジカルな身体的接触だけではなくて、投石機械などを使った模擬的な「戦争ごっこ」を行い、パフォーマンスとしてこれまでとは違う地平を開いた。

これは最初、ある種のゲームとして疑似戦争行為をするのかと思ったら実はそうではなくて、出演者の即興性は維持しながらも大体の流れは構成されていて、それで一見遊びのようにバカバカしい行動の連鎖を通じて本当の戦争の現実のようなものが透けて見えてくる。つまり「Musutafa United V.S.FC Super Kanja」という作品は暴力やフィジカルな接触というようなこれまでのcontact Gonzoが手掛けてきたコンセプトはある程度継続しながら、これまでのパフォーマンスがパフォーマンス自体で完結していたのに対し現実に対してフックをかけるようなところが増えてきている。この作品自体は個別の戦時的課題を取り上げたようなものではないが、どうしても後半の投石器のような飛ぶ道具が次々と登場して圧倒的な破壊力で敵を無力化させていくようなところを見せつけられるとどうしてもイスラエルパレスチナの問題とかアフガニスタンにおける米国とかいった具体的な戦闘行為を二重写しで連想せざるをえない。そこがこれまでのcontact Gonzoのパフォーマンスとは全然違っていた。
 黒子沙菜恵と宮北裕美。関西ではベテランの部類に入るダンサー・振付家ではあるが、これまで音楽家、美術家など他分野のアーティストとのコラボレーションを中心に単独での活動が多かった2人が初めて共同制作により製作したのが「服をきるように さらっと振付て踊る」だった。
 ソロ活動では例えば宮北は最近、音楽家の鈴木昭男(サウンドアーティスト)とのセッション、空っぽ「ぽんぽこりん♪」を京都で月1のペースで開催するなど即興パフォーマンスが多いし、舞台美術家・演出家のサカイヒロトとの共同制作による3部作を連続上演したばかりの黒子も即興で踊ることが多いのは同じ。だが、今回は表題の通りにすべて「振付」であり、一見シンプルに見えながらも、単純に「音に合わせて即興で踊ってみました」というような場面はない。
 この舞台では手だれの踊り手である2人が培ってきた手管を次々に見せてくれるなかで、自然と「コンテンポラリーダンスってなになのだろう」と観客に考えさせるような仕掛けになっている。それぞれの場面がいったいどんな手法に基づいて作られているのか、その方法に対する2人のアプローチにはどんな違いがあるのかなど、思わず考えさせられることになった。それでいて、ダンス自体が「これは実験です」などという風に堅苦しくはならないのはやはり2人が魅力的なダンサーだからだろう。一見ラフで素朴にも見えるけれど実は緻密。しかも、可能性にあふれ、ビートルズで言えば「ホワイトアルバム」を彷彿とさせるような公演。ぜひとも再演してほしい舞台だった。 

*1:2006年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20061229

*2:2007年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20080102

*3:2008年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20090111

*4:2009年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20091224

*5:2010年ダンスベストアクトhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20101229/p1

*6:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20110907

*7:実は濡れ衣で本当ではないらしい

*8:KENTARO!!インタビューhttp://www.cinra.net/interview/2011/05/16/000000.php?page=1