下北沢通信

中西理の下北沢通信

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演劇とももいろクローバーZ(抜粋)

第2部 演劇とももいろクローバーZ
 「変わりゆくももクロのパフォーマンス」
 「5TH DIMENSIONツアー」の衝撃
 ももいろクローバーZのパフォーマンスは2013年春の「5TH DIMENSIONツアー」を境に「全力パフォーマンス」を超えた新しい段階に入った。それはさまざまな演劇的な仕掛けを取り入れながら、音楽を核にしてある種の世界観を提示していくという総合エンターテインメントへの志向である。端的に言えば「ミュージカル路線」と名づけることも可能かもしれない。
 もっとも、こうした新たな方向性を明確にする以前、かなり初期の段階から「茶番劇」と呼ばれる演劇的な要素がライブ演出の一部として組み込まれていた。それは「全力」と並ぶ、ももクロのもうひとつの大きな売りとなっていた。茶番劇がいったいいつの時点から始まったのかははっきりしない。しかしすでにももいろクローバー時代の代々木公園での野外ステージでのライブに「帰ってきた代々木公園の猫たち」と題するかなり長尺の寸劇をライブに取り入れて、上演しているのをやはり動画サイトなどで目にすることができる。さらに川上アキラの著書「ももクロ流」によればそもそも路上時代に行っていた「代々木公園の猫たち」という茶番劇があったようだ。ももクロは結成当初から茶番劇のDNAを持ち、生まれてきたといってもいいかもしれない。
 ももいろクローバーZになってから最初の大規模なライブとなった「サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは」(2011年8月)でも冒頭部分で戦隊ヒーローショウを模した寸劇がえんえんと続く。寸劇は本人たちさえ登場しないで20分以上が続いた。このアイドルのライブとしては異例の演出に当時すでに賛否両論は激しかったようだ。がっつりライブ愛好派からの厳しい批判を受けても、その後もこうした寸劇を取り入れた演出は続いている。これを単にステージ演出の佐々木敦規氏の個人的な趣味と解釈するのはあまりに軽薄だ。ももクロの目指すパフォーマンスにおいて演劇が最初から重要な要素と想定されているからと考えるべきであろう。
 だが、このことはよく考えれば別に意外というほどのことではないかもしれない。なぜなら、冒頭にも書いたが、ももクロはもともと女優事務所に所属するタレントの卵たちの育成訓練プロジェクトからはじまった。だとすればそのカリキュラムのなかに「歌」「ダンス」と並んで「演技」があったと考えるのはむしろ自然なことだったといえる。
 メンバーも結成初期には「将来の目標は?」と聞かれ「女優になりたい」と全員が答えていたほどだ。でんぱ組.incのプロデューサーを務めるもふくちゃんによればアイドルにおいて「将来の夢は女優」という発言は「じゃあ、今アイドルやってるのは腰掛けかよ。俺達はただの踏み台か」と思わせる意味で「絶対の禁句」らしい。ももクロに関しても早見あかりが女優の道を目指すためにももクロを脱退したことや、妹グループも同様の離脱者を出していることもあってか、最近は以前ほどあからさまに人前で発言することはなくなった。
 ただ、SMAPや嵐の名前を具体的に出し「息の長いグループを目指す」と宣言した時点で、今後は5人それぞれのソロ仕事を増やしていくとした、その活動の内訳に女優ないしそれに類する仕事が重要な役割を占めることはほとんど言わずもがなの大前提ではないかと思う。
 そうした長期構想とおそらくどこかでリンクしているとも思われるが、ライブも最近は第1部で取り上げた「全力パフォーマンス」とはやや異なるコンセプトのライブへと変化を遂げた。大きな転換点を感じさせたのが2013年3月に敢行された「5TH DIMENSIONツアー」だった。当初からの目標だった紅白出場を果たし、今後どんなグループを目指していくのかという注目を受けていた時期。このライブはそうした疑問へのひとつの回答でもあったわけだ。これはももクロの次のステージへの「進化」を主題としたコンセプトアルバム「5TH DIMENSION」の世界観を演出的に作りこんだライブショーによりそのままビジュアル化してしまおうというものだった。それまでのももクロのライブがライブの原義通り、生であることの魅力を前面に打ち出したものであったのに対し、これはひとつの作品としてライブを作りこんだ。
 「5TH DIMENSIONツアー」は舞台芸術(パフォーミングアーツ)的な要素の強い第1部とこれまで通りの全力ライブの第2部との2部構成になっている。第1部は冒頭の「Neo STARGATE」から始まり、「進化」を主題にしたコンセプトに沿ってアルバムの曲順に沿ってライブは進行していく。衣装の着替え時間をかねて曲と曲の間には数カ所石川ゆみ振付によるダンス群舞が挿入されて、ももクロによる歌とダンサーらのダンスが交互に舞台で披露される。セリフこそないが、全体として一編のダンスミュージカルのように構成されるく。「5TH DIMENSIONツアー」は悔やんでも悔やみきれないことにすべての公演のチケットを申し込みながらいずれも落選。実際のライブを生で見ることはできなかった。そのため、上演当時大騒ぎとなったツアーの内容は想像しながら指をくわえてネット上の感想を見ていることしかできなかった。しかし、DVDに収録された作品を見てびっくりした。ももクロのパフォーマンスだけでなく、途中に挟み込まれたダンサーによるパフォーマンスから衣装、照明、ザイロバンドによる客席演出まで非常に完成度が高い。これを実際に見ていたら文句なくその年に見たパフォーマンスのなかでベストアクトに挙げただろうと思われる出来栄えだった。
 「5TH DIMENSION」は「5次元」という意味。最初の曲が「Neo STARGATE」から始まる。オルフの「カルミナ・ブラーナ」をそのまま前奏に使った「Neo STARGATE」は到底アイドルの楽曲とは思えないような壮大さを誇る。表題の「Neo STARGATE」の「スターゲート(STARGATE)」とは「星界の門」。映画「2001年宇宙の旅」の後半に出てくる。異世界とつながる宇宙に開いたホールのような存在の装置のことだ。映画「2001年〜」の中で主人公のボーマン船長はスターゲートを抜けて謎めいた空間をさまよった挙句、スターチャイルドという高次の存在に進化する。「スターチャイルド」というのは当時ももクロが所属していたキングレコードのレーベルの名称でもある。ももクロの所属事務所はスターダストプロモーションでもある。ここではスターダスト(星屑)のような存在だった少女たちがスターチャイルドへ、そしてそれ以上に高次の存在(つまりスターということだ)に成長していくというももクロ自身の物語が重ねあわされている。
 さらに言えば「Neo STARGATE」並びにその続編となる「BIRTH O BIRTH」のPVに登場する宇宙船の外観や船内の回廊部分の白を基調にしたビジュアルは明らかに映画を模している。アルバム全体のキーコンセプトもすでにシングルに収録済みだった曲も含めて「宇宙」「進化」「旅」といった「2001年〜」を連想させるイメージで統一されている。ライブもこれまでの色別を極力排したやはり白を基調にした衣装をはじめ、そうしたアルバムの色合いをそのまま反映したものだった。単なる音楽ライブというよりも楽曲を基調としながらも「ももクロが宇宙の旅を続けながら、次第に高い次元へと成長(進化)を続けていく」という物語を綴っていく一種の音楽劇の体裁をとっている。
 この路線は2013年秋の「ももいろクローバーZ JAPAN TOUR 2013『GOUNN』」(GOUUNツアー)にも引き継がれた。こちらはなんとかひさしぶりにチケットを確保して、福岡公演(13年10月14日福岡マリンメッセ)を見ることができた。路線は引き継がれたと言ったが、新曲を駆使した「5TH DIMENSIONツアー」とは異なり、これまでもライブで歌われたももクロの既存曲16曲を「輪廻転生」の主題に従い「輪」「廻」「転」「生」の4つのパートに振り分けて配し、最後に表題曲の「GOUNN」を置くという構成だった。「5TH DIMENSION」ツアーと同じく、演出の都合上、本編の間はサイリウムやペンライトなどの使用が制限され、メンバーのMCを一切はさまず、衣装交換の間はパフォーマーによる群舞(石川ゆみ振付)が披露された。久米明のナレーションとともに、僧侶や仏像が登場する演出がなされ新曲としてリリースされた「GOUNN」のコンセプトである仏教的な世界観が提示された。
 この2つのツアーはともに演劇的な要素が強いとはいえ、逆にそれまであったような茶番劇的な演劇要素は極力排し、ももクロのメンバーは歌・ダンス以外の部分で演技をするということがなくなっている。このため、音楽を中心に展開する音楽・ダンスショーの趣きが強いが、ミュージカルにも近年は全編ABBAのヒット曲を使った「マンマ・ミーア!」や全編クイーンの音楽を使用した「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」などジュークボックス・ミュージカルと呼ばれるジャンルがあり、前述のようなヒット作を生み出している。ももクロのツアーはこれらのミュージカルまで形式的にはあと一歩ともいえるほどに近づいている。実際に観劇した(あえてこの言葉を使う)「GOUUNツアー」はある演劇雑誌の「今年の収穫」で「ジャンルを問わず今年もっとも刺激的だったパフォーマンス」に選んだのだが、私の目にはこの2つのツアーのあり方は将来より本格的なミュージカルをももクロを中心としたキャスティングにより上演するための布石に感じたのだ。
 ただ、アイドルとミュージカルというと少なくとも単独のライブなどでは集客の難しくなったアイドルが目先を変えるための企画や逆に人気アイドルが客寄せパンダ的にキャスティングされることも少なくなく、興業的には成立しても演劇表現としてはそれほど見るべき価値のない公演が多いのも確かだ。ももクロの場合、現時点でそういうものに参加するのは時間の無駄なので、もし企画に参加するとすれば公演自体にも価値があり、彼女たちの成長にとっても意味のある公演への参加でないと意味がない。
 演劇評論家としてももクロの将来のために遠からぬ未来に一緒に仕事をしてもらいたい2人の演出家がいる。1人目が劇団☆新感線いのうえひでのりである。いのうえとの仕事を熱望するのは以前からももクロ劇団☆新感線には似た者同士の匂いを感じていたからだ。新感線には座長・いのうえひでのりによるコント系芝居「おポンチ路線」、座付作家・中島かずきが書き下ろす時代活劇「いのうえ歌舞伎」、音楽劇の色が強い「新感線R」など多岐に渡る作品群がある。最近はジャニーズ系や二枚目若手男優、歌舞伎俳優などを多彩なゲストを迎えての時代活劇「いのうえ歌舞伎」が中心だが、「おポンチ路線」の舞台にはももクロの茶番劇とよく似たB級の味わいを感じる。さらにハードロックなどを生かした音楽性やアニメ、漫画を下敷きにしたパロディ精神、格闘技好きなところなどそのほかにもももクロとシンクロしていくところが数多く見られる。
 ももクロの大箱ライブにおいて、先述したように茶番劇は大きな要素を占めるが、総合演出の佐々木敦規のショーマンシップの高さを認めながらも、舞台芸術を見慣れた目からするとやはり現在のももクロの公演において茶番劇に代表される演劇的な趣向のクオリティーが一番の問題点に映る。佐々木はやはり映像畑の人間であり、ここは誰か演劇の専門家を入れることでテコ入れする必要がある。
 ところがももクロの茶番劇の持っているインチキくささやバカバカしさはやはり魅力でもあって、ここをはき違えてただ完成度の高さを求めても虻蜂取らずになりかねない。そこでこうした風味を生かしながら全体のエンタメとしての質を大幅に向上させる切り札となりそうなのがいのうえだと考えるからだ。もっとも、いのうえは通常は1カ月以上の稽古期間をかける完全主義者であり、しかも演出家としても超売れっ子の存在であるから、実現は簡単なことではないが、20年以上も新感線の舞台を見続けてきたものとしては「ももクロ劇団☆新感線」の強力タッグマッチはぜひ一度見てみたい風景なのである。(以上抜粋)