下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

劇評講座III「意識高い系」のなかの演劇と批評

劇評講座III「意識高い系」のなかの演劇と批評

【日時】2017年12月3日(日)18時~20時(予定)
【場所】座・高円寺地下3階けいこ場3(JR高円寺下車徒歩5分)
【講師】嶋田直哉(シアターアーツ編集長、明治大学准教授)
    (聞き手 野田学 シアターアーツ編集部、明治大学教授)
【会費】AICT日本センター会員無料、一般500円
  ※事前申込不要
  ※終了後懇親会を予定しております。参加自由です。
【主旨】
 「意識高い系」という言葉はそもそも前のめりに就職活動を行う学生を揶揄する言葉として2010年前後から頻繁に目にするようになりました。ネット上で自身を過剰に演出し、空回りなまでに前向きな生活を送る学生を「意識が高い学生(笑)」という表現で使われ出したのがその発祥と言われています。このように使われ出した「意識高い系」はやがてその意味範囲を広げ、学生のみならず、若者、ビジネスマン、主婦に至るまで多くの人を対象に用いられるようになりました。このような風潮を後押ししたのはTwitter, Facebook, InstagramといったSNSツールに他なりません。盛りすぎのプロフィール、人脈自慢、自己啓発セミナーへの執着的な参加、難解なカタカナ語の羅列、スタバ&AirMacなどなどSNSのタイムラインを少しでも眺めればこのような辟易とする投稿を確認することは実に容易なことです。またこのような意識が他人へ優位を示すマウンティングに直結することは明らかなことでしょう。このようななかで注目したいのは以前までは単に「(笑)」で済まされていた「意識高い系」が、最近は「インスタ映え」といった感覚を中心に「一(笑)」に付すことができない権力=圧力を獲得していることです。レストランの盛り付け、レジャーランドの風景などなど半ば強制的に「インスタ映え」の感覚(の実現)が求められてきています。このような現象は芸術の領域においても今後議論される必要があるでしょう。
 今回の劇評講座ではこのような蔓延する「意識高い系」の世界認識のなかに演劇というジャンルがどのように入り込んでいるのか(あるいはいないのか)、また「いいね!」に代表される承認欲求のなかで演劇に対する批評はどのような位置があるのか(あるいはないのか)について考えます。
 現在、SNSが劇団の、そして劇評家の発信ツールにおいて重要な位置にあることは事実です。劇団の情報告知、劇評の速報性など便利なことは多く、実際に弊編集部でもこのメディアを大いに利用しています。それゆえに今後SNSを通じてどのような演劇と批評のありかたが望まれるのかをみなさんとともに考えていきたいと思います。

—嶋田直哉(シアターアーツ編集長、明治大学准教授)

講師:嶋田直哉(しまだ・なおや)

1971年生まれ。シアターアーツ誌編集長。明治大学政治経済学部准教授(日本近代文学)。「語られぬ『言葉』たちのために--野田秀樹『ロープ』を中心に」(『シアターアーツ』34号、2008年3月)にて第12回シアターアーツ賞佳作)。