下北沢通信

中西理の下北沢通信

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悪い芝居「罠々」@東京芸術劇場

2017年4月18日(火)〜4月23日(日)全8公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターウエス
作・演出:山崎彬
音楽:岡田太郎
出演:
渡邊りょう 山崎彬 野村麻衣 植田順平 中西柚貴 北岸淳生 畑中華香 長南洸生 東直輝 川人早貴 松尾佑一郎
石塚朱莉NMB48) 緒方晋(The Stone Age)
料金:
前売 一般3,900円 25歳以下3,000円 高校生以下2,000円
当日 一般4,400円 25歳以下3,500円 高校生以下2,500円


 悪い芝居と木ノ下歌舞伎をここ数年関西のイチオシ劇団として推奨してきたのだが、木ノ下歌舞伎が様々な賞の対象となるなど評価を確実なものとしているのに対して、悪い芝居の東京での評価がこの集団、そして劇作家、演出家としての山崎彬の実力と比べてまだまだ低いのがもどかしい。もちろん、2011年度に「駄々の塊です」王子小劇場佐藤佐吉賞の最優秀作品賞を受賞するなど、一部で高い評価をする向きはあるのだが、世間を見る目において悪意に満ちたその作風が、癒やしや共感性を重視する東京のポストゼロ年代演劇の全般的傾向と大きく異なることもあってか、どうも賛否両論となることが多く評価が定まりかねている部分がある。
 「罠々」の表題通りに渡邊りょう演じる主人公が「誰かが仕掛けた罠に嵌められた。そいつに復讐するために戻ってきた」といい十数年ぶりに故郷である小さな町に戻ってくるところから始まる。そしてそこで偶然以前に親友だったという男(山崎彬)と元々は彼らのどちらとも付き合っていた時期があるという女(野村麻衣)と出会うことになる。この3人が主要な登場人物といえばそうなのだが、これとは別にYoutuber(ユーチューバ―)を名乗る女(石塚朱莉)と彼女のマネジャー役の女、彼女をプロデュースするプロデューサー役の男。町に住んでいる謎めいた浮浪者(植田順平)、何十年かぶりに町に戻ってきた元漫才師。焼き肉料理を供応するスナックのマダムと店員、そこの常連客……。さまざまな人物が行きかう群像劇として物語は展開していく。
男が東京で知り合ったという女は誰なのか。女が嵌められたという罠とは何か?冒頭ミステリ風の謎がいくつか提示され、Youtuber(ユーチューバ―)の女と男の元カノの関係とかそれとなく張られた伏線が途中回収されそうになった次の瞬間に一挙に謎解きは崩れ去る。最後には罠には内実があるのかどうかどころか、すべては狂気に陥った男の妄想の中の世界にすぎず男は故郷に戻ってさえいないという解釈までがにおわされてきて、虚構と現実の壁さえ崩れ去っていく……。
 虚構の中の現実、現実の中の虚構というのはこのところの「悪い芝居」の作品に通底する主要モチーフともいえる。作品ごとにそれは姿を変えて現れるのだが、「罠々」でそれを象徴するビジュアルイメージが舞台上で多用される映像だろう。この映像は劇場に入って客席に座ると舞台のアクティングエリア後方の壁にスクリーンのように映し出されているのだが、そこでは劇場の扉を開けてロビー側から劇場内を覗いたような映像がリアルタイムで映写されている。実はこの日は偶然扉の横に置かれた椅子に座っていた女子高生2人組がそのことに気付かぬままにスクリーンに映し出されていたのだが、観客の立場からすればそれはすでに仕込まれた俳優かもしれず、あるいはリアルタイムに見えていた映像がどこかであらかじめ撮影されていたフェイクの映像と差し替えられてつながれているかもしれない。
 開演前の映像はそれだけでそういう虚構/現実の二重性をまとっている。さらに舞台が実際に始まるとYoutuber(ユーチューバ―)というかむしろネットアイドル的存在であるナタデココ石塚朱莉)は舞台上で実際にデジタルカメラスマホによって撮影されているのだが、その映された映像が舞台では舞台上に映写される。ココの存在はこの物語の筋立てにおいてはあくまでワキ筋とでもいうべき副次的な物語に見えるが、この役を実際のアイドルであるNMBの石塚に演じさせている山崎彬の企みが面白い。ココの映像はあたかもドキュメンタリーのように撮られて配信されているが実際にはYoutubeの映像にはそれを演出するプロデューサーがおり、ココはかれが創作した虚構を演じている。ただ、町にやってきた元漫才師と出会った時には自ら配信もしており、その意味で虚構と現実の間を行き来して存在している。もっともそれはココのようなネットアイドルだけがそうなのではなく、アイドルというものはそういうものなのだ。アイドルが持ついわば虚構/現実の二重性をここで提示しながら、その全体を演劇という「虚構」によって現前させる。ところがここでそれを演じているのが虚構/現実の二重性を体現しているアイドルの「石塚朱莉」なのだ。この入れ子のような多重構造が「罠々」という舞台の魅力で、実は「罠々」では本筋である「罠に嵌められた男の物語」の方も虚構と現実の二重構造の多重の入れ子のような構造ではないのだろうかということをこの副筋が暗示しているようにも思われるのだ。
今回ヒロインに抜てきされた野村麻衣をはじめ、今回の悪い芝居では新たに劇団メンバーとなったキャストが数多く出演した。悪い芝居はこれまでももともと学生劇団の延長として所属していた主要なメンバーが相次ぎ離脱し劇団存続の危機を迎えた時期が何度かあったのだが、今回もそれまで主要キャストを務めてきた劇団員が退団。それを新たにオーディションで入団したメンバーで埋めている。ただ、悪い芝居の場合これまでも何度かにわたって主役クラスが相次ぎ退団し、そこを乗り切って劇団としてのグレードをアップしてきた過去もあり、今回も出演して常連になりつつある石塚朱莉をはじめ、今後どういう座組で公演を重ねていくかが楽しみだ。