下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

「幕が上がる」プロジェクトの終着駅 青年団第78回公演『銀河鉄道の夜』@さいたま市 プラザノースホール

青年団第78回公演『銀河鉄道の夜』@さいたま市 プラザノースホール

原作:宮沢賢治
作・演出:平田オリザ

「銀河ステーション――。」
―星まつりの夜、一人寂しく夜空を見上げるジョバンニの耳に突如響く車掌の声。親友カンパネルラとともに"本当の幸せ"を求めて様々な星座を旅し、二人の旅の行き着く先は―

出演
井上みなみ 富田真喜 小林亮子 中村真生 鄭亜美
スタッフ
舞台美術:杉山 至
照明:西本 彩
映像:ワタナベカズキ
映像操作:島田曜蔵
衣裳:有賀千鶴 正金 彩
舞台監督:河村竜也
制作:有上麻衣


映画『幕が上がる』劇中劇とその稽古 銀河鉄道の夜 2

ももクロが主演した映画と舞台の「幕が上がる」。その中で高校演劇部の部員役を演じた彼女らが演じたのがこの平田オリザ版の「銀河鉄道の夜」だった。もっともこの作品は映画公開以降に青年団の手により、上演されたことはなく、私は2012年頃にももクロに注目するずっと以前から平田オリザの舞台は見ているが、「銀河鉄道の夜」については今回が初の観劇となった。
通常の劇評で言えば平田オリザがこの宮沢賢治の有名な童話にどのような思いをこめて子供向けの童話劇として上演する事にしたのかなどの疑問を解き明かすところから、書くべきなのであろうが、今回は偶然にも映画、演劇版でカンパネルラ役を演じた有安杏果ももクロを卒業して日もあまり経っていない時点での上演だったこともあり、いろんな思いがこみあげてきて、冷静に受け取ることが難しかった。
「幕が上がる」プロジェクトと書いたのには理由がある。平田オリザが小説「幕が上がる」のは欧州ツアーをやるための子供向け作品として「銀河鉄道の夜」を創作した直後で、小説の中で主人公の高校生たちが上演することになるのが「銀河鉄道の夜」で、その意味で平田オリザ版「銀河鉄道の夜」と小説「幕が上がる」は前者がなければ後者はなかった、あるいはまったく異なるものとなっていたという意味で親子のようなものだといってもいいかもしれない。
 そして次の章は「幕が上がる」を原作に映画かドラマを作って、一般の人に演劇について啓蒙できないかと考えていた平田とかねてから平田の演劇に私淑していた人気映画監督、本広克行の出会いである。実は平田はドキュメンタリー映画「演劇1」「演劇2」の神戸での上映会でのアフタートークでアイドルを主演させて自らが書いた小説「幕が上がる」を映画に出来ないかなどと語っていて、その時はおそらく具体的なイメージがあったわけではないと思うが、たぶんぼんやりイメージしていたのはAKB48グループだと思われる。
 それで本広監督とどこかで会った時にその話をしたことがあって、今度はそれからしばらくたってももクロトーク企画に監督が呼ばれた。それはももクロの川上アキラマネジャーが以前に担当していたタレントが本広監督の映画に出た際にその撮影を見たことがあり、監督のことを好ましく思っていた。そのため将来はメンバーに本格的な演技の勉強をさせようとも思っていたこともあり、本広監督を呼ぶことにしたのだ。
 一方で、こちらがどの段階でどのような意思決定が誰の手によってなされたかはっきりしないのだが、ももクロ主演の映画「幕が上がる」を撮影するだけではなく、同時にそれをドキュメンタリーにした「幕が上がる その前に」も制作。
 それだけにはとどまらず今度は舞台版「幕が上がる」も制作上演するとともに、平田オリザ脚本の「転校生」を本広監督が演出して上演したのも大きな意味で「幕が上がる」プロジェクトの一環だったといってもいいかもしれない。
 そして、このプロジェクトは実は「幕が上がる その後に」とでもいうべき続編も準備され、喜安浩平によるシナリオもほぼあがっていたらしいが、計画は頓挫した。それというのもプロジェクトが失敗したからではなく、大成功しすぎたためだ。演劇部の後輩役で出演していた芳根京子NHKの朝ドラ「べっぴんさん」のヒロインに抜擢されたほか、吉岡里帆も2015年下半期の「あさが来た」の出演で注目を浴び、伊藤沙莉ももクロ百田夏菜子がやはり朝ドラの重要な役柄で出演と後に続いた。さらにいえば黒木華ムロツヨシも超売れっ子となっており、キャストが再結集することさえ、絶望的なのだ。
 とはいえ、完全に続編の可能性が閉ざしたのは「幕が上がる」で夏菜子に次ぐ主要キャストである中西悦子役を演じた有安杏果ももクロ卒業だった。台版「幕が上がる」のラストはこの日の「銀河鉄道の夜」と同じジョバンニとカンパネルラの別れの場面なのだが、「幕が上がる」では有安杏果演じる中西悦子が玉井詩織のジョバンニと別れて「いつか、どこかで」」の言葉を残して天上へと消えていった。この日の舞台にはもちろん杏果はいなかったけれどやはり映画、舞台の「幕が上がる」で印象的な役割を果たした井上みなみがジョバンニを演じ、カンパネルラは天上へと消えていった。そして、その消えていくカンパネルラの姿は舞台版の杏果の演技と二重写しになり、それは1月21日にももクロを卒業、私たちの目の前から消えていった杏果の姿と重ならざるを得ない。私たちが「いつかどこかで」彼女と会える日は来るのだろうか?