下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

演劇集団アクト青山による坂口安吾「輸血」の上演

演劇集団アクト青山による坂口安吾の「輸血」の上演

f:id:simokitazawa:20180702130909j:plain
 演劇集団アクト青山が無頼派の小説家として知られる坂口安吾の戯曲「輸血」を上演する。同劇団は俳優・美術評論家として知られる渥美国泰が創設。劇団兼俳優養成の拠点として活動してきたが、渥美の没後、2009年からは俳優・演出家の小西優司が受け継ぎ、活動を継続してきた。通常の上演演目としては小西優司の作演出によるオリジナルのほか、 森本薫、チェーホフテネシー・ウィリアムズなど内外の古典がレパートリーの中心だが、今回珍しくこれまで上演例がほとんどなかった坂口安吾の「輸血」を上演することになった。
 坂口安吾平田オリザの新作「日本文学盛衰史」にも織田作之助太宰治と一緒に「無頼派トリオ」と名乗って登場。織田作之助太宰治坂口安吾の3人は並び称せられることも多いが太宰治は最近でも悪い芝居の山崎彬の脚色・演出で「グッド・バイ」が上演された。織田作之助にも名作「夫婦善哉」をはじめ舞台化作品は珍しくない。これに対し坂口安吾野田秀樹による脚色上演が有名な「桜の森の満開の下*1のほか、ここ1年程度の期間でも「白痴」「戦争と一人の女」など舞台化は少なくないのだが、他の2人と比較すると演劇とのかかわりは薄い。しかもこれらはすべて小説作品を脚色し舞台に上げたものだ。舞台の上演どころか坂口安吾が戯曲を書いていたのも実は初耳だったため、「いったいどんな作品なのだろう」との好奇心を抱いたのだ。そもそも無頼派のライバルと目された織田作之助が多数の戯曲を執筆。太宰治も同人誌時代の数本に加え、晩年に「冬の花火」「春の枯葉」と2本の戯曲を執筆、「冬の花火」は新生新派による上演が、GHQ(連合国軍総司令部)により中止となったこともあり、生前に上演されたことはなかったが、その後何度も実際に上演されている。「春の枯葉」も1947年、東京工業大学の学生(演出・吉本隆明)により上演され、翌年には俳優座第1回創作劇研究会で千田是也の演出により上演されている。
 これに対し「輸血」が坂口安吾の戯曲だといっても生前に2作しか戯曲を書いてはいないなかで「麓」は未完。最後まで書き上げられたのはこの1作だけだ。しかも「おそらく坂口安吾の生前には上演されておらず、その後の上演記録などを探しても演劇集団円が上演したことがある程度」(小西優司)という。そうした事情もあり、「それはいったいどんな作品なのか」との好奇心があり、アクト青山が「輸血」を上演する会場となる劇団アトリエまでリハーサルを見に行出掛けた。
 ところが実際に舞台を見に行ってみるこ、これが想像した以上に奇妙な舞台なのであった。筋立てとしては嫁いだ妹夫婦と母親が姉夫婦の元にやってくるところから物語が始まり、一見家庭劇的な道具立てなのだが、それだけでは説明がつきにくい奇妙な登場人物が登場したり、おかしな要素が盛り込まれていてなかなか一筋縄ではいかないような舞台なのだ。実際に舞台の通し稽古を見た印象ではウェルメイドの会話劇というよりは以前見た転位・21を思わせるような不条理劇じみた不可解さがあり、それは若干台詞回しなどの問題もあるのかもしれぬとは考えはしたが、坂口安吾の戯曲にもともと存在している登場人物同士の妙にかみ合わないさまが反映されたものともいえ、そこにこの舞台の面白さの一端は感じられた。
 ただ、それ以上に不可解なことがこの舞台には登場する。冒頭場面から舞台上手手前では2人の男が将棋を指しているのだが、これが何者かが判然としない。より正確にいえばひとりは「姉と妹のマンナカ」の弟だということが次第にわかってくるが、もうひとりの人物が誰なのかがよく分からないのだ。「飛行機はそうはいかんな。記憶をただるうちにツイラクする」「オレの頭はプロペラの音でにぶったなア。飛行機をおりて7年目だが、耳の底にまだプロペラの音がつまっていやがる」などと飛行機にかかわるようなことばかり話すので、一応、飛行士だった人と認識はする。しかし、よく見ているとこの人の会話は周囲とつじつまがなんとなく合うようでいながらあっておらず、実際にそういう人物がいるのか、それとも坂口安吾がそこに何かの意味合いを託したいわば「座敷わらし」的な想像上の象徴的存在なのがよく分からなくなってくるのだ。
 とはいえ、この「飛行士」なる不思議な人物がいなかったとしてどういうことになるかと考えてみると作品としてはこの人物の存在は大きな役割を果たしているというのが分かる。彼がいなければこの「輸血」は別れ話が起こっている妹夫婦をなんとかなだめようとして母親が姉夫婦の家にやってくるが、結局、自分は夫と別れたい妹が自分が井戸に跳びこんだという狂言を起こして、どさくさにまぎれて夫をひとりで東京に帰してしまう、という単純きわまりない話に成り果ててしまうからだ。
 もうひとつこの芝居で目立つのはこの話では登場する女性たちはどこまでもたくましくて元気なのに対し、男たちはバイタリティーがまったくなく、存在が希薄なことだ。妹は会っていきなり兄に「イクジなし男の天国か」などとあざけりの言葉を投げかけるし、主人も出て来てもしばらく気づかれないほど存在感がない。そして、妹の夫である木田さんにいたっては舞台上にいるのはいるものの最後までただの一言のセリフも発しないのだ。無口な登場人物もいるにはいるだろうが、ここまでくれば坂口安吾が木田さんの沈黙に象徴的な意味合いを託していることは間違いないだろう。
 ここからはさらに突っ込んだ私の私見にすぎないけれど、饒舌だけど何者かも分からない「飛行士」と妹の夫という本来この芝居のなかで重要な人物であるはずなのに一言も発しない「木田さん」とは対照的でありながら1対の存在で、この芝居における男性たちこそが家父長制に代表されるような戦前の日本の価値観を象徴する存在として描かれているのではないかと思われてきた。このあたりは直接的に描かれるわけではないが、いまでは逆に分かりにくくなってしまった戦後すぐという時代の空気感がうかがわれるようなところがあり、興味深い。
 とはいえ、この戯曲をそのまま現代に上演するとなるといくつかの意味での困難な問題があることも確かだ。もっとも大きいのは表題にもなってしまっているから避けようがないのだが「輸血」という言葉にこめている意味合いの問題。この作品における「輸血」の意味は子供と親は血がつながっているのが、近ごろだんだん血がつながらなくなったので、それを輸血して血のつながりを取り戻そうというような現代人の目から見たら科学的にまったく意味が通らないことを話していて、そういう「血のつながり」の「回復」のようなことが主題となっている。これは比喩だとしても遺伝子的なことと、血液型的なことの関係の意味を完全に取り違えているし、例え話としても通じにくいということがあるかもしれない。
 さらにいえばセリフに現在なら差別的表現に当たるから使えないような語彙がいくつも含まれていて、それだけなら当時は使われていたということで注釈つきで使うことも不可能ではないけれど、前述の比喩的表現と組み合わさると現代に上演されるテキストとしては取り扱いが難しい部分もこの戯曲には含まれていそうで、おそらくそういう部分がこの戯曲がこれまであまり上演されてこなかった理由のひとつかもしれない。このようにハードルが決して低いとはいえない作業をどのように捌いてみせるかというのも演出家の腕前の見せどころともいえる。本番がますます楽しみになった。

テアトロ・スタジョーネ(夏)
『輸血』
作:坂口安吾 演出:小西優司


【あらすじ】
「詩も音楽も冷蔵庫も同じように実用的なもんなんだがなア。」 姉夫婦の元を訪ねて来た母と妹夫婦。 どうやら、妹夫婦の離婚問題で来たらしい。 かしましい母と姉妹。 駆け落ち同然の弟と彼女。 空気のような旦那たち。 なぜか居る飛行士。 家族とは?世間とは?愛とは? 『無頼派』の代表、坂口安吾が描く家族の物語。



【会場】
演劇集団アクト青山アトリエ
世田谷区北烏山7-5-9

【日程】
2018年7月4日(水)から7月8日(日)
4日(水) 14:30【A型】 / 19:30【B型】
5日(木) 14:30【B型】 / 19:30【A型】
6日(金) 14:30【A型】 / 19:30【B型】
7日(土) 13:00【B型】 / 18:00【A型】
8日(日) 13:00【A型】 / 18:00【B型】

*開場は開演の30分前となります
*開演後のご入場はご遠慮頂いています
*開演は事情により5分程度遅れる場合があります


★=烏山関係者無料公演

【料金】
¥ 2,000円

*早着割がご利用いただけます。(300円引き)
開演10分前までに受付を済ませてくださったお客様が対象です。
*回数券(ペンドラーリ)の発売がございます。
6枚綴りで、10200円(税込)
※早着割との併用は出来ません。御了承下さい。

*全席自由席
*開演5分前までにご連絡がないとキャンセルになる場合がございます。
*開演後のご入場はご遠慮頂いております。

【出演】


小野晋太朗 チームA型 / チームB型
よしざわちか チームA型 / チームB型
山辺恵 チームB型
寺井美聡 チームA型 / チームB型
倉島聡 チームA型 / チームB型
やまなか浩子 チームA型
額田礼子 チームB型
桃木正尚 チームA型 / チームB型
安斎真琴 チームA型
寺井美聡 チームA型 / チームB型
小西優司 チームA型 / チームB型
佐古達哉 チームA型 / チームB型
出田君江 チームA型 / チームB型


【お問い合わせ】
info@act-aoyama.com

【ご予約】
https://www.quartet-online.net/ticket/ango

【アクセス】
京王線千歳烏山駅より徒歩20分
千歳烏山駅前より小田急バス「吉祥寺行き」にて「ときわ橋」下車1分。
吉祥寺駅より小田急バス千歳烏山行き」にて「ときわ橋」下車1分。
www.act-aoyama.com


演劇集団アクト青山
主宰 小西優司
090-6002-2905