下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

演劇集団アクト青山 テアトロ・スタジョーネ(夏)「輸血」(作:坂口安吾 演出:小西優司)@演劇集団アクト青山アトリエ

演劇集団アクト青山 テアトロ・スタジョーネ(夏)「輸血」(作:坂口安吾 演出:小西優司)@演劇集団アクト青山アトリエ

【あらすじ】
「詩も音楽も冷蔵庫も同じように実用的なもんなんだがなア。」 姉夫婦の元を訪ねて来た母と妹夫婦。 どうやら、妹夫婦の離婚問題で来たらしい。 かしましい母と姉妹。 駆け落ち同然の弟と彼女。 空気のような旦那たち。 なぜか居る飛行士。 家族とは?世間とは?愛とは? 『無頼派』の代表、坂口安吾が描く家族の物語。



【会場】
演劇集団アクト青山アトリエ
世田谷区北烏山7-5-9

【日程】
2018年7月4日(水)から7月8日(日)
4日(水) 14:30【A型】 / 19:30【B型】
5日(木) 14:30【B型】 / 19:30【A型】
6日(金) 14:30【A型】 / 19:30【B型】
7日(土) 13:00【B型】 / 18:00【A型】
8日(日) 13:00【A型】 / 18:00【B型】

*開場は開演の30分前となります
*開演後のご入場はご遠慮頂いています
*開演は事情により5分程度遅れる場合があります


★=烏山関係者無料公演

【料金】
¥ 2,000円

*早着割がご利用いただけます。(300円引き)
開演10分前までに受付を済ませてくださったお客様が対象です。
*回数券(ペンドラーリ)の発売がございます。
6枚綴りで、10200円(税込)
※早着割との併用は出来ません。御了承下さい。

*全席自由席
*開演5分前までにご連絡がないとキャンセルになる場合がございます。
*開演後のご入場はご遠慮頂いております。

【出演】


小野晋太朗 チームA型 / チームB型
よしざわちか チームA型 / チームB型
山辺恵 チームB型
寺井美聡 チームA型 / チームB型
倉島聡 チームA型 / チームB型
やまなか浩子 チームA型
額田礼子 チームB型
桃木正尚 チームA型 / チームB型
安斎真琴 チームA型
寺井美聡 チームA型 / チームB型
小西優司 チームA型 / チームB型
佐古達哉 チームA型 / チームB型
出田君江 チームA型 / チームB型


【お問い合わせ】
info@act-aoyama.com

【ご予約】
https://www.quartet-online.net/ticket/ango

【アクセス】
京王線千歳烏山駅より徒歩20分
千歳烏山駅前より小田急バス「吉祥寺行き」にて「ときわ橋」下車1分。
吉祥寺駅より小田急バス千歳烏山行き」にて「ときわ橋」下車1分。
演劇集団アクト青山
主宰 小西優司
090-6002-2905

 坂口安吾の戯曲による舞台「輸血」を北烏山のアクト青山アトリエて観劇した。そして観劇後の最初の印象はやはり不可解な芝居だということだった。不可解などと書くと単なる失敗作とかつまらないと否定的なことだけを捉える人も出てきそうだが、そうではない。この舞台は面白かったとか、感動したのような単純な感想が持ちにくいのだが、それはそういうよくある物語の類型には当てはまらないような複雑な内実を持っているからだ。 
 実はこの舞台は制作段階のものを一度見ていて、「飛行士」という謎のキャラクターの存在や登場する男たちの存在感のなさと逆に女性たちの逞しさに戦前の家父長制的な男性優位主義への批判めいた主張をこめたのかもと受け取った。ところが今回ちゃんと本番の舞台を見てみて、そうした要素は原テクストのなかにないわけではないし、演出や演技によってそういう解釈の方向に寄せていけるのも確かだが、今回の舞台を見て感じたことからすればこの作品はそんな単純な解釈に還元されるようなものではなく、それでは割り切れないような部分を内包していると感じた。
 舞台に出てくるいろんな事実はそれをそのままそう受け取ることもできるが、それだけではなく、何かを表象したいがためのメタファーなのかと考えさせるような要素にも満ちている。前回稽古を見た時に気になったのはどういう存在なのかよく分からないのに最初から舞台に出ていて、饒舌な「飛行士」のことが気になり、戦前の家父長制的な男性優位主義への批判などという解釈もそこから生まれてきた。
 今回は本来はこの舞台の中心にいるべきなのにもかかわらず舞台上で一言のセリフも発せずに沈黙を貫き「不在の中心」を体現している妹の夫の存在であった。特に演劇集団アクト青山の上演では最初に登場してきた時から壁の方を向いたままで動かないでいるという演出で、いるのだけれどもいない、という感じをことさらに強調されたものとなっていた。
坂口安吾の「輸血」が面白いのは、一見群像会話劇のように描かれているのだが、実際にはそれぞれが発する言葉は相手には届いているとはいえず、それぞれがモノローグ(独白)を繰り返し、それが積み重なって全体が構築されていることだ。そして、今回の小西優司の演出はそうしたテキストの特異な構造を可視化することで浮き彫りにするもので、そこが興味深かったといえる。
 具体的には冒頭のシーンから各登場人物はリアルに登場するというのではなく、舞台奥から数人ずつが様式的な所作を伴って登場。舞台上は上手に将棋盤のある場所、中央にちゃぶ台、その奥の酒瓶などが置かれている離れのような空間、下手の壁際には妹の夫が壁を向いて座っているなど、あらかじめゾーニングされたスペースに分かれていて、そこに幾何学的に配置されている。
 しかも、それぞれのセリフはそれが話しかけられていると想定される相手の方に向けてはなされるのはセンターゾーンでの母親と娘2人の3人、あるいは後半はそれに兄の相手役の女性、染ちゃんを加えた4人だけであり、その他の大部分のセリフはその人物だけが顔をピンスポットで照らされて語るモノローグ(独り事)のような感じなのだ。
  特に「飛行士」のセリフはほとんど誰にも届いていないし、兄と姉の夫のそれは女たちに向けてそれが発せられる時にはほぼ相手にされていない。こうしたなかでこれだけは唯一はっきりと感じ取れるのは男たちの情けなさと存在感の薄さだ。最初はこれを家父長制など戦前への批判的な視線とも考えたのだが、どうもそういうわけでもないようだ。ただ、これが自分自身への自戒の念も含めて、戦後すぐである当時の時代の空気を映していることは間違いないのではないか。
 実家から田舎の姉の家にかけおちしてきた弟にしても、かつてはこの家の跡継ぎとして大切にされていたのだろうし、それは妹の夫にしても、姉の夫にしてもそうなんだろうと思う。それがここまで所在無い存在となっているのは当然敗戦ということがあるわけだし、「飛行士」が何度も飛行機はツイラクしたと繰り返すのはやはりそういう意味合いを示すためなのであろうと思う。