下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

無隣館若手自主企画 vol.24 升味企画「あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに」@アトリエ春風舎

無隣館若手自主企画 vol.24 升味企画「あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに」@アトリエ春風舎

作・演出:升味加耀
演劇部の夏合宿は三泊四日。生憎全日嵐が続く。メグの初めての彼氏・「あさだくん」は美人の転校生・「よるかわさん」といい感じ。親友のユキは、新しい友達・サーちゃんと仲良くなって、ちょっとだけ変わった。顧問の鯉沼先生は前にもまして無表情でタバコを吸っている。変わり者の黒澤先輩は百物語をしようとうるさい。一年前に爆死した中村先輩のことを、みんなどこかで気にしている。おかしなことが何度も起こる。毎日起きて、寝る。けど、どれもほんとな感じがしない。まっくらな夜が続くようでいつまでたっても「あさ」が来ないと思ったらどうやら太陽は消えてしまってそれはもう、ずいぶん前のことらしい。



升味加耀  Masumi Kayo
1994.9.30 東京都生まれ。2017年より無隣館三期演出部所属。2013年以降、早稲田大学学内・外で主に作・演出として活動。2015年演劇学を学ぶためベルリン自由大学留学。2016年ベルリンにて主宰ユニット「果てとチーク」を旗揚げ。大きな世界とちっぽけな人々の絶望的に変わらない状況をせっせと描きつつも、精神と肉体が健やかな生活を送れるよう努力している。

出演
黒澤多生
鯉沼トキ
名古屋愛
堀紗織
(以上、無隣館)
鴨居千奈
スタッフ
舞台美術:鬼木美佳(無隣館)
照明:井坂浩(青年団
照明操作:石神静香
音響:櫻内憧海(無隣館/お布団)
音響操作:鬼木美佳(無隣館)
映像:升味加耀(無隣館)
映像操作:山下恵実(無隣館)
舞台監督:黒澤多生(無隣館)
宣伝美術:間宮きりん
制作:半澤裕彦(無隣館)
制作助手:山下恵実(無隣館)
制作補佐:有上麻衣(青年団
総合プロデューサー:平田オリザ
技術協力:大池容子(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

無隣館がただの養成所ではなく、若き才能の宝庫であることはすでに1期2期を見てきた経験からはっきり分かっていることではあるが、第3期も同様に侮れない。いきなり、1期の綾門優季を髣髴とさせるアンファンテリブルが出てきた。升味加耀という女性作家の舞台を少し見ただけでそんなことを痛感した。
 以前、ポツドール三浦大輔の作風を「松尾スズキ的な主題を平田オリザの手法で描いた」*1と書いたことがあったが、三浦とはまったく異なる作風ながらも升味加耀の舞台にも同じような印象を受けた。もっとも男性女性の差違は大きく、
松尾フォロワーの名前を出すならむしろ本谷有希子の名を挙げるべきなのかもしれないのだが、強調しておきたいのはこの2人に匹敵しうる才能のきらめきを感じたということだ。
今回の舞台の演技スタイルは平田オリザ流の群像会話劇(現代口語演劇)に近い。劇場に入ると非常にリアルにしつらえられたセットがあり、長方形の舞台空間のうち、奥に畳敷きの部屋、手前側に狭い方形の中庭のような空間がある。客席は長方形の舞台空間の短い辺とそこから直角に奥に続く、2方向に配置されているが、舞台の最中に手前の庭側で会話がなされている時に奥でも同時多発の会話がされると奥の会話の内容は手前の観客にはほとんど聞こえないというつくりになっている。
 ネット上の感想では会話が聞こえくく発声がなっていないなどと批判している人がいたが、もちろん、これは意図的なものだ。聞こえない会話は聞こえなくてもかまわないということがこの舞台では確信犯として作られているからだ。
 直接の影響関係はどう考えてもないと思われるが、ポツドール三浦大輔も2002年の「男の夢」では大音響のカラオケのなかでの会話劇、「ANIMAL」では河川敷の高架下で大音量でかかる音楽の下での群像劇を上演。いずれも多くの観客からセリフがまったく聞こえないとの苦情が出たのを思い出したが、設定から言ってもどちらもセリフが聞こえないのは当たり前。むしろ、聞こえないのが当然でむしろそういうものとして上演しているのは明白なのになぜどういう意図でこういう風にしているのかを考えるのではなく、セリフが聞こえないということに対して、苦情をいうのだろうと考えたのだが、今回そういう意見が再び散見されたのを見て、ポツドールの上演から20年近い年月が経過したのにいまだにそういう認識だということに逆に呆然とさせられた。
 とはいえ、セリフが聞こえないというのは升味企画にとってそれほど大きな問題というわけではない。升味加耀の舞台の特徴は舞台上では直接は触れられることのない隠された部分にどうもこの舞台の核心はあるようなのだが、それはあくまでも断片的な記述から想像されるだけで浮かび上がるのはおぼろげな輪郭だけではっきりしたことは分からないということなのだ。
 この物語の中心人物は演劇部の女子高生3人組なのだが、そこに微妙な陰を落としているのが、前年にこの合宿で謎の爆死を遂げた中村先輩。一応、主人公的な役割を割り当てられているメグはあさだ君と付き合っているのだが、もともとは中村先輩と付き合っていて、いまは少しだけ中村先輩に似ているかもしれない転校生の「よるかわさん」ともいい関係にあるらしい。
 物語の進行にともないどうやら中村先輩の謎の死がいろんな出来事とつながっているようなのだが、それは途中までは伏せられていて明らかになることはない。この物語では大団円を迎える終盤近くに隠されていたいろんな事実関係が一気に明らかになっていくという怒涛の展開となる。
 3人娘のうちの一人である転校生、サーちゃんは実は中村先輩の妹で、この合宿に参加したのはその謎を探る目的もあったらしいこと。
 あさだくんというのは実はとんでもない人間で、彼女である中村先輩やメグ以外にもさまざまな人間と性的関係を結んでおり、顧問の鯉沼先生やメグの親友のユキとも関係があったこと。
 しかも、メグとの関係は酔った彼女を意識のない状態でレイプしていたらしいこと。鯉沼先生もレイプされていたらしいこと。
そしてこの物語は最後まで解明されないいくつも謎を残して終わりを迎える。百物語の途中で離れに出掛けたサーちゃんはどうなってしまったのか。サーちゃんがいなくなった後、出現した中村さんは彼女の霊なのか、それともサーちゃんなのか。あさだくんに忘れられないように命を絶つの言葉も本当なのか。メグが彼女を殺したんじゃないかとの疑いも完全に否定はされない。黒澤先輩の携帯にあった写真はあさだによるメグのレイプ写真というように解釈したのだがそれで本当にいいのか。まっくらな夜が続き、「あさ」が来ないというのはメグらの心象風景の象徴のようでもあるが、一方で「百物語」が終わってないからともされており、いかなる解釈が可能なのか。
 この作品については解明できないでいる疑問をまだ考え続けているのだが、次の公演も絶対に行きたいと思った。
 ただ次回作品ではドイツ留学時代の経験が生きるポストドラマ演劇的な作品をやってみたいとも語っていて、個人的にはこの作品のような作品が見たいのだけれど、再びこちらの方に戻ってくるのであれば次回作も別の期待をして見ようと思う。