下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

ヌトミック『ネバーマインド』@こまばアゴラ劇場(フェスティバル「これは演劇ではない」)

ヌトミック『ネバーマインド』@こまばアゴラ劇場

ヌトミック『ネバーマインド』
構成・演出・音楽:額田大志
出演:河野遥、額田大志、深澤しほ、福原冠(範宙遊泳)、+小田朋美(ミュージシャン、この日のゲスト)

ヌトミック『ネバーマインド』はいわゆる前衛演劇のような小難しげさを見せずにエンターテインメント(娯楽)作品の色合いを見せながら「これは演劇ではない」というフェスティバルの名称にもっとも忠実に演劇/非演劇の境界線に揺さぶりをかけるような作品だった。
 作品は全体として三幕構成。それぞれが「演劇である」という要素と対応しながら、全く異なる形式を見せていくのが興味深い。第1幕では河野遥、額田大志、深澤しほ、福原冠(範宙遊泳)の4人が登場。長い杖のようなものを左右に振りながら
河野遥が1、2、3、4……と数字をカウントしていくとそれに合わせて残りのメンバーが縄跳び、ボールを使っての鞠つき、紙風船を手で突きながら河野が振る杖を飛び越える、というタスク(仕事)をそれぞれこなす。
 作業は一見簡単にも見えるが続けて行うことはかなりの労力を要す。カウントは次第に増えてはいくが、10カウントごとに一区切りとなっているために例えば18、19までいったとしても誰かひとりででも失敗すると元(10)に戻ってしまう。
 失敗したときにかける掛け声が「ネバーマインド」*1でこれが公演の表題にもなっているのだが、失敗のたびごとに「ネバー、ネバー、ネバーマインド」などとひとつづつ「ネバー」の数が増えていく。
 口で説明するとややこやしいようだが、ルールはきわめて単純だ。ただ、タスクの難しさとかかり続ける身体負荷により次第にパフォーマーが疲弊してくることでの困難さが絶妙なバランスになっており、スラップスティックなおかしさが醸し出されていく。
 一定のルールのもとに身体に負荷をかけていくことで体に立ち現れるものを見せる多田淳之介の「再生」に近いようなところがある。この場合、ルール上許されたことは自由にできるが、それ以外の細かい演出などはなく、ルールが演出であり戯曲でもある。さらにいえば無限に思われる繰り返しでパフォーマーが追い詰められるところを見せるが、それが笑いに転化してしていくところなどは少年王者舘でよくやられるループ演出なども連想させた。
  一転して、第二部では日替わりのゲストが招き入れられ、司会役の福原冠とともにクイズショー的なトークが繰り広げられる。このクイズが面白いのは質問が単に知識を問う問題ではなくて、例えば100万円拾った時に警察にとどけるか、とどけないかというようなどっちが絶対的に正しいとも言いがたいような質問を問いながらも片方の回答には拍手、もうひとつの回答には「ネバーマインド」と深澤しほが答え、「ネバーマインド」と答えるとその問題だけではなくて、ある段階のクイズの全てが最初からやり直しになるという仕掛けになっている。
 回答者がある問題について、主催側が正答とはしないもの(つまり「ネバーマインド」とされているもの)にこだわり続けると永遠にループしてしまい終わらないような構造となっているのだ。ゲストに対するいじめやバラエティーの乗りだなどの感想もあったが、それが暴力なら私たちの世界でさまざまな権力により行使されている同調圧力的なものに対するメタファーと捉えることができる。回答者はこの仕掛けに気がつき、あるいは観客からの無言、有言の圧力に負けて、途中からある程度自分自身の意見を曲げて迎合せざるをえないことになるのだが、それでも自分の回答にこだわるゲストのための空気穴として、客席の意見に回答を委ねる、電話で誰かに聞いてアドバイスを求めるなどの抜け道などが用意されている。
 ここでされる質問には軽いものではありながらも政治的な意図が感じられるものもあり、回答者に自由に選ばせているように見せかけながらも巧妙に作者の想定する答えに誘導していくような仕掛けがここにはあり、それは演劇における演出のあり方などとの共通項を感じさせるところがある。その意味でここではゲストは自由に行動しているように見えたり、作り手の意図に気がつきそれに逆らったりしてみるのだが、それ自体が演出家である額田大志の意図通りに動かされているようでもあるので、そこが「演劇といえる」のかもしれない。
 第三幕は音楽の演奏がなされるから、音楽家でもあり*2、音楽と演劇の2つの領域における活動をしている額田大志の活動としては音楽の領域に属することを披露しているように見える。ところが実はこれが二度以上見てみるとはっきり分かるのだが、3つの幕のうちでもっとも高度に演劇であり、演劇そのものであることが分かる。というのは3人の演奏者は演奏の途中で失敗したり、ふざけたりして指揮者に止められたりするのだが、こうしたことの全てが平田オリザの演出がそうであるように細部にいたるまで演出され、その演出に従って演じられているのだということが分かるからだ。

Nirvana - Smells Like Teen Spirit
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歌詞カードなくこれが直筆原稿というのだが。
lyrics.linkpalette.com*3

*1:ネバーマインドは「気にするな」という意味の英語だが、批評家の伏見瞬さんのツイッターでの指摘によるとアメリカ合衆国のロックバンド、ニルヴァーナのセカンド・アルバム『ネヴァーマインド』(Nevermind)から取られているのではないかとのことだ。気になって購入した戯曲で確認したら最後に演奏された曲がアルバム収録曲の「Smells Like Teen Spirit」だった。

*2:ここでは実際に額田がサクソフォーンを演奏する。ほかはギターが福原冠、アコーディオンが河野遥

*3:壁にプロジェクターで映し出されていた歌詞と全然違う気がするのだが、私の勘違いかしら。誰か分かる人いれば教えてほしい