下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

新聞家公演「屋上庭園」@つつじヶ丘アトリエ

新聞家公演「屋上庭園」@つつじヶ丘アトリエ

2019年4月26日(金)~30日(火・祝)
東京都 つつじヶ丘アトリエ

作:岸田國士
演出:村社祐太朗
出演:横田僚平(並木)、那木慧(三輪)、菊地敦子(三輪の妻)、近藤千紘(並木の妻)

新聞家は言語テクストと発話の関係性について深く考え、試行錯誤している集団。通常は村社祐太朗の会話体とは言いがたい散文体の文章をテキストとして演劇作品に作り上げるが、今回の舞台は岸田國士による会話劇をテキストとして上演に取り組んだ。
 「屋上庭園」の上演はこれまでも複数の劇団で見たことがあったのだが、新聞家による上演はそのどれとも似たところのない独特な上演だった。岸田戯曲は会話劇なので、最近の上演では現代口語演劇のような早さで軽やかに進んでいくことが多いがこの上演はテンポが緩やかで、セリフとセリフの間もかなり長めにとっているため、流れていく時間も緩やかに感じられる。そして、それは発話の柔らかさや今回これが上演されたつつじヶ丘スタジオという空間の醸し出すやはりどこか柔らかな雰囲気とも相まって極めて心地好い時間の流れであった。 
 今回の演出で興味深く感じたのは舞台の窓側に画か置かれたアクリル板の舞台美術(オブジェ)の存在。新聞家の舞台では基本的に俳優は常に正面方向を向き、互いに相対して相手を見て会話することはないのだが、この舞台では正面とただ言うには微妙な姿勢を保ち続け、どういう理屈かは見ている時には図りかねていた部分はあったが、それはある意味セリフの発話とそれを受けとめる俳優の身体に調和も生み出していた。上演後にこの集団ではいつも行われる作者である村社との対話の場で初めて分かったのだが、ハーフミラーに映し出される、鏡の中の人物に向かって話しかける演技をしているということのようだった。それは説明されないと実際には分からないのだが、相対では出せない絶妙の距離感は先に挙げたセリフのテンポとともに「新聞家でしか見られない」感を生み出していたのではないかと思う。
 付け加えたいのはそうした俳優間のそして登場人物間の隔たりのようなものがラストで並木の妻(近藤千紘)が、並木(横田僚平)の背中にぴったりとくっつくという幕切れで、一気に崩れさる演出の鮮やかさだ。ここは見ていて二人の隠れた性的な関係を匂わせるようでスリリングなもので心の中をちょってざわざわとさせ、印象的なものだった。
 
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アクリル板