下北沢通信

中西理の下北沢通信

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オフィスコットーネプロデュース 『さなぎの教室』@下北沢駅前劇場

フィスコットーネプロデュース 『さなぎの教室』@下北沢駅前劇場

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綿貫 凜(プロデューサー)からのメッセージ

第4弾は、大竹野正典作「夜、ナク、鳥」
*1と同様、2002年に発覚した4人の女性看護師による連続保険金殺人事件をモチーフに、九州・宮崎を舞台に、より閉鎖的な人間関係から彼女たちが犯行に至るまで、またその後の心理描写を緻密に描く新作です。(綿貫 凜/プロデューサー)

●8/29~9/9◎駅前劇場
作・演出◇松本哲也
プロデューサー◇綿貫 凜
出演◇佐藤みゆき 吉本菜穂子 今藤洋子 古屋隆太 朝倉伸二 小野健太郎(Studio Life) 新納敏正 松本哲也

〈料金〉各種あり指定席¥4,000~4,500 シード(U25)¥3,000
〈お問い合わせ〉オフィスコットーネ 070-6663-1030

http://www5d.biglobe.ne.jp/~cottone/ootakeno10/sanagi.html
 


 福岡県久留米市で起こった複数の看護師の手による連続保険金殺人事件*2が題材。大竹野正典はこの事件をモデルに「夜、ナク、鳥」*3を書いたが、今回は宮崎県出身で普段、宮崎弁による会話劇で知られる小松台東の松本哲也が同じ事件を新作舞台に仕立てた。
 事件の主犯格であるヨシダ役を作演出の松本哲也が自ら演じ忘れがたいインパクトを残した。実はその役を演じるはずだった女優が急遽降板となったための苦肉の策だったらしいのだが、結果的には男である松本がヨシダを演じたことで、彼女の周囲の人間を強引に自分のペースに巻き込んでいくなんともいえない不気味さが浮き彫りになったといえる。いささか変な表現だが災い転じて福をなすの一例だと思う。
 同じ事件をモデルにしているというだけではなく、この「さなぎの教室」は明らかに「夜、ナク、鳥」そのものを下敷きにしている。一番分かりやすいのは死んでいるのに妻のもとに出てくる夫の存在だ。ただ、この部分は大竹野正典版では奈良の鹿を猟銃で撃って食べてしまったなどコミカルではあるが、荒唐無稽な話になっているのが、今回は古屋隆太(青年団)が飄々と演じるからこれが回想シーンなのか、幽霊なのか、妻の妄想なのかが渾然一体となってよく分からなくなっている。
 舞台を宮崎市周辺に設定し直し、宮崎方言をセリフとして多用することなどもあり、現実に起こった事件との距離感は「さなぎの教室」の方が近くみえる。これは実は大竹野の作品は事件の裁判途中の時期で書かれたのに対し、今回は実際の判決がおりた後で執筆しているということもあるかもしれない。ただ、事実と作品との違いについていえば大竹野作品では4人の女性のうちの1人は治験コーディネーターだったのが、今回は全員が元看護師ということになっている。これは4人を看護学校の同級生という設定にする必要があったからかもしれない。
 芝居にはいくつか不可解な謎も残る。気にかかるのは表題がなぜ「さなぎの教室」なのかということである。4人が看護学校の同級生であったという設定が看護師の卵=蝶か蛾になる前のさなぎという意味を持たせているのだとは思うのだが、大竹野の「夜、ナク、鳥」がナイチンゲール(小夜啼鳥)→フローレンス・ナイチンゲール→看護師と分かりやすいの対して、今回の表題は少し考えさせるような内容となっている。看護学校ではさなぎだった4人が羽化した後、蝶になるのか、蛾になるのか、それともそれ以外のもっと醜悪なものになるのかは誰にも分からないという意味なのだろうか。