下北沢通信

中西理の下北沢通信

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劇団あはひ『ソネット』@北千住BUoY

劇団あはひ『ソネット』@北千住BUoY

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2019.08.30(金)- 09.01(日)BUoY (東京公演)
2019.09.14(土)- 09.15(日)みのかも文化の森/美濃加茂市ミュージアム (美濃加茂公演)
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吉田健一は、翻訳は一種の批評である、と書いた。私が演劇において志向しているのは、こんなことかもしれない。つまり、落語や、能や、今回でいえば、シェイクスピアの書き連ねた詩群を、現代の演劇の言語に「翻訳」すること。そしてそれが同時に、それらを批評する言語にもなっていること。
154篇のソネットを通して、彼は誰に対して、なにを語ったのだろうか。
そんなことにはあまり関心がない。
それよりも、テキストそのものが、現代日本に生きる私たちになにを語りかけてくるか。
それだけを見定める。

原典:
『十四行詩抄』W.シェイクスピア著、吉田健一訳(『訳詩集 葡萄酒の色」岩波文庫所収)

上演台本・演出:
大塚健太郎

出演:
上田悠人、東岳澄、古館里奈、松尾敢太郎

 劇団あはひは初観劇。どういう種類の作品を上演するのかの前知識もほとんどなく、シェイクスピアなのに戯曲ではなくて『十四行詩抄(ソネット)』が原作だということを聞き、音楽にのせて詩を群読するようなパフォーマンス的な公演を予測して見にいってみると全然違った。
 早稲田大学のまだ現役の学生たち(3年生)による集団だというが、作演出の大塚健太郎には若さに似合わずセンスのよさを感じ、俳優の演技レベルもかなり高く、最近は低迷気味にみえているかつての名門から出現したひさびさの俊英と感じた。
 形式はモノローグではなく、会話劇である。原作はシェイクスピアの「ソネット」というが吉田健一訳のテクストが原点となっており、ソネットの翻訳以外の吉田健一の著作もこの舞台には引用されて、コラージュされている。冒頭は酒席で偶然顔を会わせた若い男性2人が酒を酌み交わしながら湯豆腐をつまみ、会話を交わす場面から始まるが、これはおそらく、吉田健一のエッセイを下敷きにしている。それに続く場面も下宿での若い男性2人の会話、高校生らしき男女の会話と続くがその話題の端々にはアンドレ・ジッドのこと、オスカー・ワイルドのことなど吉田の著作からとられたらしいモチーフが散りばめられている。
ソネット」で詩の対象とされているという人物が2人いて、それがダーク・レディ(黒い女)とW・H氏なのだが、この舞台ではそのイメージは大学時代に下宿で同居している男と以前付き合っていた女に仮託されている。
 彼らの演劇のスタイル自体は物語の要素は薄く、描かれる世界のディティールが極端に省略されて、俳優だけがそこに置かれるなどポストゼロ年代以降の演劇を経由したものだということが歴然としているが、描かれる対象が妙に古風で現代の学生というよりは時代をタイムスリップしたような学生たちが描かれているのが面白い。
吉田健一の著書なども私のような老人には40年も前の学生時代には読んでいたが、その後再読することもしていないので記憶のなかからは欠落しかけていた。逆にオスカー・ワイルドシェイクスピアは演劇を見始めるよりも以前から愛読していたこともあり、この「ソネット」という作品は個人的になんとも懐かしい記憶を蘇らせるような作品だった。
 舞台を見ながらこういう作品を作るのはどんな古風な文学少年なんだろうかと思いながら舞台を見終わったうえでさらに驚かされたのはTV局プロデューサーの佐久間宣行氏を招いてのアフタートークである。佐久間宣行氏はテレビ東京のプロデューサーだが、最近はラジオDJなど広い活動をしていることで知られていて、私も早見あかり東京03バカリズム劇団ひとりらが出演していた『ウレロ☆未確認少女』以来彼の作品を注目しているのだが、大塚健太郎は何の面識もないのにラジオ放送の出待ちでアフタートークへの参加を直訴するほどの彼の大ファンで笑い(コント)も大好き。結果的に出来上がったものは笑いの要素は皆無だが、この「ソネット」という作品ももともとはコント的な舞台を目指して構想されたというのだ。
 そうした経緯は作品の印象からはかなり思いもよらぬものであるため、そういうことは考えもしなかったがそういう風に言われてみるとこの舞台の人物の組み合わせと登場の形式性はシティーボーイズ東京03のコントと共通点を感じさせられるところもなくもない。終演後、大塚に聞いてみると「この作品にはほとんどないけれど過去の作品には笑いの要素の強い作品もあった」とのことで、作品の様式(スタイル)についてはまだ模索中ということのようだ。
 今回の舞台の印象は「これは演劇ではない」のフェスティバルに参加した先行世代の劇団のような作風を一般の人にも受け入れやすいようにより洗練させたというようなところがあり、これはこれである程度完成されたもののように見えたが、劇団としてはもう少し作風に幅がありそうな様子であり、特に次回公演は本多劇場で予定されているということもありこれは本当に注目だと思った。

葡萄酒の色―吉田健一訳詩集 (1964年)

葡萄酒の色―吉田健一訳詩集 (1964年)