劇団チョコレートケーキ第31回公演『治天ノ君』@東京芸術劇場
激動の明治・昭和に挟まれた『大正時代』。
そこに君臨していた男の記憶は現代からは既に遠い。
暗君であったと語られる悲劇の帝王、大正天皇嘉仁。
しかし、その僅かな足跡は、
人間らしい苦悩と喜びの交じり合った生涯が確かにそこにあったことを物語る。
明治天皇の唯一の皇子でありながら、家族的な愛情に恵まれなかった少年時代。
父との軋轢を乗り越え、自我を確立した皇太子時代。
そして帝王としてあまりに寂しいその引退とその死。今や語られることのない、忘れられた天皇のその人生、その愛とは?
大正天皇を描いた一種の評伝劇といっていいが、重要な副登場人物として昭和天皇が描かれている。サラにいえば先帝として幾度も回想シーンで明治天皇も描かれており、天皇家3代による継承を描き出すことを通じて「天皇制」とは何なのかを考えさせる狙いもあるのかもしれない。
ただ、大正天皇への再評価をすることの中で、なぜ「戦後の欧州王室をモデルにしたような天皇像の先駆け」など評価すべき点もあったその天皇が脳病を患った天皇などのネガティブな評価のもとに否定されていったのか。
この作品はかなり明確にそうした評価への道筋を引いたのは後継となった昭和天皇との見方を明確に提示している。これまで昭和天皇に対して太平洋戦争に対する戦争責任を糾弾するというようなタイプの演劇作品は珍しくはなかった。ただ、この作品のように大正天皇から昭和天皇への継承の前に摂政宮として天皇の職務を代行した行為を一種のクーデターのように論じた作品はあまり例を見なかったのではないか。
今春、昭和天皇から引き継いだ平成天皇が退位、令和天皇か即位。平成天皇が明治天皇以降は異例の退位という手立てで令和天皇に天皇位を引き継いだ。この両者の譲位はまったく別の出来事であり、それぞれにはそれぞれの事情がありはするが、今年この舞台が上演されたことには単なる秀作舞台の再演を越えた意味合いがあるのではないかとも考えさせられた。