下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団『東京ノート』(2回目)@吉祥寺シアター

青年団東京ノート』(2回目)@吉祥寺シアター

 平田オリザはセリフのない部分の演出はそれほど細かくはしていないという話を青年団の俳優から聞いた記憶があるのだが、もしそうだとするとあの微妙な表情にはいかなる意味合いがあるんだろう。そんなことを感じさせる女優の演技が光った。 
 それは中村真央の演技だ。実はきょうまでは気がつかなかった。というのは当該の場面の直前に有名な元家庭教師(佐藤滋)とかつての教え子(南風盛もえ)の場面がある。そこで教え子が「実は妊娠していた。赤ちゃんができた」との衝撃的な告白をする場面があるからだ。有名なと書いたのは平田自身が自作について解説する際によく取り上げる場面だからで、告白の後、少し間をおいて「嘘」と否定するのだが、これは本当は妊娠はあったのかどうなのかについて、観客の見方が分かれるようになっている。今回の「東京ノート」での南風盛もえの演技はなかなか見事なものであったとは思うが、ここでは南風は舞台に背中を向けていてその表情はうかがい知ることができない。
 中村真央演じる女性は教え子が帰った後、入れ替わるように舞台に現れる。この作品には何組ものカップルが登場するが、実はこの二人の関係だけがはっきりとしない。教え子が彼が結婚しているかどうかを聞くと結婚はしたと答えるが、一緒にいた女性は妻ではないと答えるからだ。
 つまり、ここではもしこの二人が恋人関係にあるとすれば不倫なのかもという関係も暗示されるが、女性に対する男性の態度を見ていると好意はあるが、まだ付き合ってはいないようでもある。会話の端々からこうした隠れた関係性が読み取れていくのは平田演劇の真骨頂だが、感心させられたのは先ほど言及した場面での中村の演技だ。
 この場面で中村演じる女性は美術館はひとりで来るものだったと話し、それは連れがいると絵の感想を言い合わないければすまないような義務感が生じるからだと説明する。
 この後、二人はフェルメールのことや何やかやを話しはじめて、男は女性の言葉を覆すかのように「それでも二人で来てよかった。なぜなら話ができるからだ」と伝える。この前後で女性が奇妙なことを言い始める。それは「私が美術館に来たくなるのは男の人に振られた時だ」というようなことなのだが、その直後にはっとしたように「きょうは違うけど」というのだ。
 以前は一連の流れとしてスムースに流れているように感じて、ここに違和感を感じることはなかったが、きょう気が付いたのはこのあることを言ってから、直後に前言を否定するという一連の流れがその前の妊娠がらみの会話の流れとそっくりだということに気が付いたからだ。
 前と違うのはこちらは二人が横に並んでいるので互いの細かい表情は見ることができないが、観客は細かな表情の変化を見ていることができることだ。
 そして、ここで中村の表情を詳しく観察してみていると「私が美術館に来たくなるのは男の人に振られた時だ」というセリフの時に伏目がちになり、悲しみの感情表現が一瞬見て取れた気がしたからだ。
 おそらく、失恋は本当であり、それにもかかわらず男を美術館に誘ったのは彼に対してそれなりに好意があるからではないか。
 ところが、この後の彼の態度はやや皮肉である。美術館の庭にはアカシアの木があり、それを見ながら帰ろうと誘うのだが、それはここで再会した家庭教師時代の教え子に別れた時に大学の校庭にあったアカシアのことを覚えていてと言われたからなのだった。
 つまり、ここでこの二人の思いはすでにしてすれ違っていて、行く末が思いやられる感じなのだが、以上のことを踏まえたうえで、もう一度教え子の告白のことを考え直してみると、妊娠は事実だったのではないかの思いが強くなる。そういう形でこの二つの場面はつながっているのではないかと思ったのである。

山内健司 松田弘子 秋山建一 小林 智 兵藤公美 能島瑞穂 大竹 直 長野 海 堀夏子 鄭亜美 中村真生 井上みなみ 佐藤 滋 前原瑞樹 中藤奨 永山由里恵 藤谷みき 木村トモアキ 多田直人 南風盛もえ
スタッフ
舞台美術:杉山 至 
舞台美術アシスタント:濱崎賢二 
舞台監督:武吉浩二(campana) 
舞台監督補佐:海津 忠
演出助手:陳 彦君 
照明:富山貴之 
照明補佐:三嶋聖子 井坂 浩
音響:泉田雄太 櫻内憧海
字幕:西本 彩
衣裳:正金 彩 
通訳:齋藤晴香 
城崎食事:森 友樹(急な坂スタジオ) 佐藤亜里紗(boxes Inc.) 
宣伝美術:工藤規雄+渡辺佳奈子 太田裕子
宣伝写真:佐藤孝仁
宣伝美術スタイリスト:山口友里
撮影協力:千葉県立富津公園 千葉県君津土木事務所
制作:太田久美子 西尾祥子(sistema) 有上麻衣 金澤昭