下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

HEADZプレゼンツ「スワン666」作・演出:飴屋法水たち@北千住 BUoY

HEADZプレゼンツ「スワン666」作・演出:飴屋法水たち@北千住 BUoY

2018年6月19日(火)~7月1日(日)
東京都 BUoY

作・演出:飴屋法水たち
美術・音楽:中原昌也
振付:山縣太一
装置群:渋谷清道、飴屋法水
出演:山縣太一、加藤麻季(MARK)、小田尚稔、飴屋法水 / 中原昌也

元テキストがロベルト・ボラーニョという作家の「2666」という小説作品らしいのだが、それだけでなく、女性を襲う男のモノローグやヒヨコを殺した女性の体験談など「暴力」あるいは「性暴力」についての様々なテキストのコラージュのような構成となっている。
  最近はポリティカルコレクトネス(PC)のせいかこのように直線的に暴力の描写に向かう作品はあまり見なくなっている。このため、若い観客には衝撃を与えているようだが、環境を支配するノイズ音楽、聞いていて圧迫感を感じるような絶叫を思わせるセリフ、金属バットを振り回したりといった暴力的趣向といった方向性は以前は他にもあったし、幾分かの既視感は感じざるを得ない。
 まず思い出したのはまだ大阪にいたクロムモリブデン(偶然、先日活動休止を発表)が最初に東京公演として持ってきた「カラビニラダー雪22市街戦ナウ」@神楽坂die platze(1999年11月)だ。実はこの時はまだ東京では無名の劇団だったこともあり、ノイズの劇伴音楽にセリフがまったく聞こえなかったこととそれが神経を逆なでするような音であったこともあって、観客に異常に評判が悪かった記憶があるが、その時に一部の東京のカルトな演劇ファンから飴屋法水の「MMM」を想起させるという評価のされ方をされていて、残念ながら私が飴屋法水を認識したのは特異な作風の現代美術作家としてであって、東京グランギニョルやMMM時代の作品を生で観劇はしていないので詳しい人がいれば教えてほしいのだが、この「スワン666」という作品は最近の飴屋作品の中では一番当時の作品と作風が近いのかもしれない。
 そんな風に考えると東京グランギニョルには後に映画「帝都物語」で加藤を演じて一躍有名になった怪優、嶋田久作がいてそれが大きな役割を果たしていたから、それと同じような役割を山縣太一に期待したのかもしれないと考えさせるものがある。その独特の存在感で山縣はチェルフィッチュの時とはまた違うこの舞台のアクセント役をみごとに果たしていた。
 それ以上に驚かされたのは普段、オーソドックスな会話劇を演出、自らが俳優として出演した舞台でも自然体の演技体を発揮することの多い小田尚稔が妄想に動かされる男の異常性をみごとに演じていたことだ。彼は演出家としても俳優としても確実に新たな引き出しを手に入れたのではないだろうか。
 それにしてもこういう直接的な暴力性を感じる作品は以前は先に挙げたクロムモリブデンだけではなく、ある時期までのBABY-Q(東野祥子)など以前は感じられる集団やパフォーマーがいたか最近はあまり主流になりにくい類のものだ。それがこれほどのポピュラリティーでもって公演できるということには飴屋法水だからこそと思うが、日本の社会におけるアクチャリティーを感じるという意味ではちょうど前日に観劇していた犬飼勝哉「木星のおおよその大きさ」@こまばアゴラ劇場 の方に軍配を上げたくなる。もちろん、この2作品は両極端といってもいいほど違う立ち位置にいるので、ここであえて比較するということはそれほどの意味はないのであるが。