下北沢通信

中西理の下北沢通信

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トヨタコレオグラフィーアワード(1日目)

トヨタコレオグラフィーアワード2006"nextage" *1(1日目)」世田谷パブリックシアター)を見る。

白井剛 Tsuyoshi SHIRAI『質量, slide , & . 』 mass, slide , & .
きたまり Kitamari 『サカリバ』 Beehive
小浜正寛 Masahiro KOHAMA 『親指商事・営業課』 THUMBING ENTERPRISE
康本雅子 Masako YASUMOTO 『メクラんラク』

私にとってのトヨタコレオグラフィーアワードは行きの飛行機のなかで始まっていた*2。前日遅くまで原稿書きをしていたせいで、この日は新幹線ではなく飛行機で行くことにした。それで開演には確実に間に合う(はずの)便に乗り込み、飛行機は定時通りに伊丹を出発。すっかり、落ち着いてサーブされるホットコーヒーを飲んでいると、「豪雨のため、飛行機の着陸が15分程度遅れます」の機内アナウンス。それでも、この時にはあんな悲劇が後々待ち受けているとも思わず「遅れるのか」程度だったのだが……。羽田に近づいたのに飛行機はなかなか着陸態勢に入らない。結局、羽田に着陸したのは定時よりも45分も遅れてのことであった。
 これはちょっと間に合わないかもしれないな。少しお金がかかってもここは仕方がない。バスはやめて直接、タクシーを飛ばして会場に向かおうと決断。以前、飛ばしに飛ばしてもらって、渋谷まで30分ちょっとで着いた記憶があったからだ。ところが、タクシー乗り場が見つからない。気はあせってくる。やっと人に場所を聞いてたどりつくが、なぜかそこにはタクシーがおらず長蛇の列。これだから、東京は嫌なんだ、と思う。それでも私が並んだ直後に次々とタクシーが来て、予想外に早く乗れた。ラッキー、とかすかな可能性に再び光が。「高速を使いますか」の運転手の声になにいってんだよと「もちろん」とこたえる。
 ところが恐るべし東京。高速に乗ってみたものの土曜日で平日よりは空いているはずなのに車は遅々として進まない。渋滞しているのだ。開演まで後、30分ぐらい。これは最悪間に合わないかもしれない。今回は「きたまり」の応援モードで来ていることもあったので、一番最初じゃ「なんのためにわざわざ東京まで来たのか分からない」と思い祈りの気持ちをこめながら、会場に電話して順番を聞いてみる。一番目が白井剛だという。一応、今日上演される作品はびわ湖ホールで見ていたので「不幸中の幸い」とこの時点では思う。これで30分余裕ができた。
 この渋滞を抜けてとばせばその次の上演作品までには間に合うはず、と思い携帯電話をはずして車外を見ると、渋滞がけっこうひどい。運転手に聞いてみる。「どのくらいかかりそうですか」。「××まで45分」「え!」。××の部分はよく聞こえなかったのだが、どうやら都心の手前のようだったので、それって三茶までだと相当かかるってことですよねと聞きなおすと、「1時間半ぐらいかな」と事も無げな答え。それじゃ最初の演目どころか、下手をすりゃ全部終わってしまうじゃないか。一瞬目の前が真っ暗になり、理不尽な怒りが全身にこみ上げてくる。
 仕方ない。最善の努力はしようと「高速を降りて一番近い山手線の駅に向かってください」とただちに方針変更。
ここで運転手が「大森駅ですか」というものだから、「馬鹿、ボケ、コラ。どこが大森駅が山手線なんじゃ。何年運転手やっとるんじゃ」と蹴りを入れてやりたい気分にとらわれるが、そこはぐっとこらえて一言「品川駅まで」。
 結局、この後、品川駅方面に向かう通りも混雑してそうだったので、再び方向転換して大崎駅前で下車。走りに走ってホームになんとかたどり着き、電車に飛び乗る。渋谷駅で乗り換えへとへとになって、三軒茶屋の駅で降り、時計を見るとすでに40分を回っている。「もうだめだ」と思いながらも、エスカレーターを走り、世田谷パブリックシアターにやっとのことでたどり着くと、ロビーに人影がある。やっとのことでギリギリ「きたまり」の上演に間に合い会場にたどり着いたのであった。
 そういうわけでこの日は白井剛『質量, slide , & . 』のこの日の上演は見られなかった。だから、あくまでそれ以外の作品はどうだったのかということで簡単に感想を書く。
 まず、個人的にはこの日(というか今回のトヨタコレオグラフィーアワード観劇)の目的でもあったきたまり「サカリバ」。この作品は京都造形芸術大学の初演を見た人の評判はよかったのだが、その時は見ることができず、再演となった伊丹アイホールでの上演では全体に散漫な印象で明らかに出来がよくなかった。
 それゆえ、この日の上演がどうなるかと心配していたのだが、アイホールと比べれば格段に完成度が上がりきちんと仕上がっていた。ただ、その分、ムーブメントの処理において、舞踏的なところとそうでない動きのアマルガムだったのが、舞踏的な身体所作の比率が増して、おとなしくまとまってしまった印象。空間的にも世田谷パブリックシアターの広い空間をなんとか生かそうと頑張ってはいたのだが、経験不足からやや拡散してしまった。
 彼女ならではの「きもかわいい」系のテイストは健在だが、もう少し若さを生かして、奔放にはじけるところがあればより面白かったのにとも思う。女性ならではのどろどろしたところを見せながらも、それがひとりよがりにはならないような客観性を持っているのはこの若さの作り手としてはやはり特筆すべきことだと思うが、今回の作品で賞ということになるとちょっとインパクト不足なことも確かではある。それでも今回の彼女の作品に対しての東京のダンス関係者の評価が異常に低いことには今回も違和感を感じた。
 小浜正寛(ボクデス&チーム眼鏡)「親指商事・営業課」はグループ作品ということでどうなるんだろうとの期待で見たのだが、よくも悪くも相変わらずの小浜正寛の世界である。コントオムニバス風の構成でいろんなアイデアを繰り出して楽しませてはもらったが、これがひとまとまりの作品として受け取るところができるかというと疑問が残る。さらにいえば昨年のチェルフィッチュの時にコレオグラフ(振付)とはなにかということが問題になったわけであるが、ボクデスに関していえば作品としての評価以上にこの作品を振付として評価できるかどうかということになると、振付の概念を相当拡張したとしても、この作品が評価に値すべき点があるとすると、それぞれのシーンにおける「動き」以外のアイデアの部分であって、あるいは「動き」自体ではなくて、そこでの特定の振付(あるいはムーブメント)をそのシーンにどういう風に絡ませていくのかというアイデアが面白い*3のであって、これを選んだ選考委員には申し訳ないが、はたしてこのコンペティションの対象となりうるものかどうか自体が作品が面白いか、面白くないかとは別の次元で懐疑的にならざるをえない。
 レベルは違うが康本雅子「メクラんラク」 にも同じ疑問を感じた。ダンサー・パフォーマーとしての康本雅子は確かに魅力的で、トヨタコレオグラフィーアワードがダンサーに対する賞であるとすればこの日は間違いなく彼女が受賞した、と思う。ただ、構成とか振付といった面で考えると、彼女にそういう客観性があるのかについて大きな疑問が感じられる。最後の方のくるくると回るところなど確かにダンサーとしての、そしてダンスとしての魅力に溢れていて、とてもいいダンスではあるのだが、全体の流れということで見るとこの日はどうもうまくつながっていない、流れていない印象が感じられた。それとやはりソロダンスであって、彼女のダンスには残念ながら、この日は見られなかったが以前見た白井剛の作品のように、装置や道具、照明、音響なども含めたダンス以外のさまざまな要素をうまく使いこなして、ソロダンスでありながら、振付・演出において計算されつくした空間構成を行っているというある種の客観性が康本雅子のダンスにはない。そのダンスの魅力は独特の動きも含めて、ほぼすべてが彼女の属人的な魅力によっているもので、この作品をたとえ技術のあるダンサーだったとしても、ほかのだれかが踊ったのでは全然面白くないんじゃないかと思わせるところがある。もっともそれは彼女が自分以外のダンサーに「振付」をした作品を見ていないと、彼女が自分のダンスにおけるムーブメントの面白さをどこまで客観的に把握しているのかがはっきりとは分からないのだが、少なくともこの作品においては「そういう風に思わせてしまう」というのが致命的だと思う。
 以上の結果からこの日は白井剛を見ていたら違ったかも、との感を抱きながらも、どちらかというと消去法的にオーディエンス賞にはきたまりに投票した。
 
 

*1:http://www.toyota.co.jp/jp/community_care/domestic/mecenat/tca/2006/03.html

*2:あるいはある意味終わっていたともいえる(笑い)

*3:プロレスのパロディの場面など典型的にそうだ