下北沢通信

中西理の下北沢通信

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大竹野正典氏が逝去

 くじら企画の大竹野正典氏が亡くなった。突然の訃報に驚かされるとともにその早すぎる死になんともいえない気分になった。彼の死についてはpiperの後藤ひろひと氏が追悼文をウエブ日記*1に書いていて、その無念の思いは私も同感するところが多かった。

大竹野正典 プロフィール

1960年 9月17日 生 (大阪市

1981年 横浜放送映画専門学院(現「日本映画学校」)シナリオ科 研究課程卒
1982年 犬の事ム所 設立
1989年 「夜が掴む」テアトロインキャビン戯曲賞佳作
1990年 「改善版・笑箪笥」スペースゼロ大賞
1990年 「Kのトランク」スペースゼロ最優秀作品賞
1992年 「リボルバー」プラネットステーション企画公演参加
1993年 「トーフの心臓」扇町アクトトライアル参加
1993年 「密会」スペースゼロ大賞特別賞
1994年 「サラサーテの盤」OMS提携公演
1996年 「動物園物語」(作:エドワードオールビー)神戸フラワープロジェクト参加
1997年  第16回「ドアの向こうの薔薇」を最後に 犬の事ム所 散会

1997年  くじら企画 設立
2004年 「夜、ナク、鳥」OMS戯曲賞佳作

22日の早朝9時半からは葬儀が祐照寺 諸福不動尊大阪府大東市諸福6丁目2番30号)で行われるようだが、私は残念ながら前日が深夜までの仕事で出かけて参列できそうにない。葬儀には私が行かなくても彼を愛した演劇人たちが大勢駆けつけるであろうから、代わりに「会社員大竹野正典」ではなく、「劇作家・演出家大竹野正典」の業績について簡単に振り返ることで手向け(たむけ)の言葉としたい。
 大竹野の舞台を最初に見たのは犬の事ム所「トーフの心臓」(1993年、扇町ミュージアムスクエア)だっただろうか。実は残念ながらそれがどういう舞台であったのかがあまり思い出せないのだが、次に見た「密会」(1993年、スペースゼロ)は衝撃的な舞台であった。テアトロインキャビン戯曲賞佳作を受賞した「夜が掴む」と並んで犬の事ム所時代の大竹野の代表作といってもいい作品であろう。その年のベストアクト第1位、90年代の関西演劇を代表する伝説的な好舞台であった。「密会」は安部公房の小説「密会」を原作とした舞台だが、この小説の世界に大竹野の得意とする事件ものの趣向として、川俣軍司による東京深川の通り魔殺人事件を取り込んだ異色作で、川俣を演じた秋月雁の鬼気せまる演技と安部公房の小説に登場する「馬」を象徴的な存在ではなく、2人の俳優が演じる二人羽織で表現して場内を大爆笑の渦に巻き込んだ珍妙きわまる演出が忘れ難い印象を残した。
 当時はいずれも無名に近かったがとにかくヘンテコな舞台を作るので、これはオオバケするんじゃないかと注目していた劇作家が4人いた。その4人というのが後藤ひろひと(遊気舎=当時)、西田シャトナー惑星ピスタチオ=当時)、大竹野正典(犬の事ム所=当時)、青木秀樹クロムモリブデン)だった。ブレークという意味では後藤、西田と大竹野は明暗を分かった形ではあるが、いまでもこの4人が関西でもっともヘンテコな芝居を作ってきた人たちであることは変わりない。
 なかでも犬の事ム所は実際に起こった犯罪事件などのシリアスな題材を芝居にしながらも先に挙げた秋月雁をはじめ戎屋海老、九谷保元ら関西を代表する奇優・怪優を揃え、彼らが舞台狭しと自由奔放に遊び回る、先に挙げた二人羽織の演出をはじめ、ハチャメチャ、破天荒なパワーを感じさせる内容で、事件ものを扱うことの類似から「笑える山崎哲」とも評され、ついに実現することはなかったけれど、私にとっては長い間、「東京の知人に一度は見せたい劇団ナンバー1であった」。
 97年に犬の事ム所を散会(解散)し、くじら企画を立ち上げて以降は同じく犯罪事件などに材を取りながらもその作風を変化させ、今度は成熟の味を見せていく。くじら企画旗揚げ後も「サヨナフ」(ピストル連続射殺事件)、「流浪の手記」(風流夢譚事件)と昭和史に残る事件を取り上げてきた。本人に直接聞いて確かめたわけではないので確認はできないけれど、横浜放送映画専門学院時代に薫陶を受け、「楢山節行」などの撮影を手伝った今村昌平の影響が大きかったのではないかと考えており、大竹野の事件ものの原点は「復讐するは我にあり」にあるのではないかと常々考えていたのだが、いつも本人を目の前にすると聞きそこなってしまい、ついに聞きそびれたまま逝ってしまった。
 同じく事件を取り上げてはいるが大竹野の作風は「夜、ナク、鳥」(2003年)あたりからまた少し毛色が変わった。以前の大竹野作品では結果的に犯罪を起こすことになる主人公は多くは現代社会に対して違和感を感じている人間で多かれ少なかれ、作者である大竹野の分身のような存在であることが多かった。それはくじら企画になってからの「サヨナフ」などでもそうだったのだが、「夜、ナク、鳥」あたりになると事件を通じて人間の心の持つ暗闇のようなものに迫ろうという意図が強く感じられることで、その分以前だったらあった遊びのような要素はほとんどなくなって、純粋に事件と対峙することで、犯人の心に潜む謎に迫ろうとした。さらにくじら企画になってからは最初は犬の事ム所を支えた男優中心の芝居を何本か書き、「いったいどこが違うんだ」と思わせたものの、「サヨナフ」に主演し少年時代の永山則夫を演じて忘れ難い演技を見せた川田陽子をはじめ、女優陣の魅力を前面に押し出した芝居作りに変化していったことも大竹野の近作の特徴であった。
 「夜、ナク、鳥」は看護師らによる連続保険金殺人事件を主題としたもので、この舞台ではなさけなく影の薄い男たちに対して、女たちが存在感を示した。岸田戯曲賞の最終候補に挙がり惜しくも受賞を逃したが、次の年のOMS戯曲賞佳作を受賞することになった。その翌年にはやはり平成事件史三部作と題してくじら企画「海のホタル」*2を上演。そのいずれもがその年のベストアクトに選んだほどの好舞台であった。