下北沢通信

中西理の下北沢通信

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下鴨車窓「冬雷(ふゆのらい)」@こまばアゴラ劇場

下鴨車窓「冬雷(ふゆのらい)」@こまばアゴラ劇場

下鴨車窓の作品は関西在住時代に何度か見ているのだがひさしぶりに見たら大幅に作風が変わっていて驚いた。以前はカフカのような不条理劇というか、物語の舞台がどこの国なのかよく分からない外国のような異世界で、延々と抽象化された不条理な描写が続く作品を何本か見た。
 実はこの作品も冒頭の部分ではなにかこの世のものではないかもしれない荒涼たる世界に登場人物が現れたのかと思ったのだが、舞台は明らかに日本だ。
 まるで異世界のように見えたのはそこが山頂で、以前は山小屋があったのが火事で焼失してしまったために、現在は寒々としたとした風景になっているからだというのが進行とともに分かってくる。
人物それぞれの属性は「姉さん」「○○子(さん)」などと呼び合う日本人家族の通例から最初ははっきりとは分からない。この山に姉弟が何をしにやって来ているのかも不明だが1年前に何かが原因で娘が亡くなり、翌日に法要が営まれる幼い娘が好きだったという思い出の場所に一族が集まってきているのだ。
 亡くなった娘については物語の後半、父母である長姉とその夫が2人だけになって激しくやり合うまでは誰もが話題を避け積極的に話そうとしない。
 この問題は現在のこの夫婦の関係性が破綻寸前になっていることなどに影を落としているが、セリフとしてはっきり語られることがない。「空虚な中心」のように存在しているのだ。
隠蔽された死を「空虚な中心」として描く手法は松田正隆「月の岬」や弘前劇場長谷川孝治の一連の作品群など1990年代の関係性の演劇では典型的な手法といえたが、最近は珍しいかもしれない。
 ただ、過去の「関係性の演劇」の代表作とされている作品群と比較してしまうといやおうなく解像度の低さも感じられる。省筆という手法はあるけれど、やはり単純にここでは娘が亡くなったからうまくいかなくなったということではなくて、この夫婦の心のわだかまりが何に由来するものかということをもう少しきめこまかく書き込まれていたらと少し残念に思ってしまう。
 ただ「娘が好きだった場所だから」というだけでは根拠が薄い。彼らが娘が亡くなった事故現場ではなく、ここに集まるのは何か隠された理由があるはずだ。
 山小屋が焼けたことにも何か理由がある気がする。普段はこの家族ら関係者しか入ってこないところに不審者が侵入して付け火をするのは無理がある。
 山小屋のオーナーは放火犯人として自分の会社で働いていて部下の妹を疑う。それを妹は即座に否定はするがそう考えるには何らかの根拠があるはずだ。亡くなった姪が不審火の原因かとも考えたが、どうにも辻褄が合わない。このことについてはもう少し考えてみたい。
下鴨車窓は京都を本拠としていた(いる)田辺剛の演劇プロデュースユニット。ただ、今回の公演は東京の俳優も含めキャストオーディションを行い、東京や三重に参加メンバーが集まり、創作された作品だという。
 実はこの日アフタートークのゲストだった土田英生はここ3年ぐらいは京都、東京の両方に住居を持ち、仕事のため年に9カ月ぐらいは東京・下北沢に借りている住居の方で暮らしているらしい。
 iakuの横山拓也や悪い芝居の山崎彬も東京・関西の両拠点での活動にシフトしてきているようで、こうした形態で活動する演劇人あるいは劇団は今後増えてくるのかもしれない。そもそも青年団のように地方への拠点の移動を予定している劇団が現れたり、地方のアートセンターでの滞在製作するカンパニーが増えていることも考慮すれば以前と比べれば地方に拠点を残したままで東京でも公演だけではなく、演劇製作も行うということへの壁は薄くなってきているのかもしれない。

脚本・演出:田辺剛


下鴨車窓はふだんは京都を拠点に創作・上演を行っていますが、本作は地域をさまざまな仕方で越えたところでの創作と公演を行う試みとして、東京でのオーディションで決まった俳優らとともに主に都内で創作し3都市を巡演する企画です。海に臨む小さな街で起きた山火事をめぐって、淡々としたリアルさに歪んだ不条理性を滲ますように描かれる男女6人の物語。どうぞご期待ください。


下鴨車窓

劇作家・演出家の田辺剛が主宰する現代演劇の創作ユニット。2004年から前身の劇団から引き継いで活動を京都にて開始した。年に二回ほどの公演を行いさまざまな地域での上演を行っている。2015年には香港・マカオでの海外公演も果たした。こまばアゴラ劇場では『書庫』(2008)、『漂着(island)』(2015)、『渇いた蜃気楼』(2016)に続く四度目の公演となる。

出演
気田睦 横山莉枝子 國松卓 政井卓実 福井菜月(ウミ下着) 篠原彩
スタッフ
[舞台監督]山中秀一
[舞台美術]川上明子
[照明]葛西健一、堀あゆむ
[音響]小早川保隆、下野司
[企画制作]下鴨車窓、三井耶乃ほか