下北沢通信

中西理の下北沢通信

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平田オリザ・演劇展vol.6 青年団『忠臣蔵・OL編』Cチーム@こまばアゴラ劇場

平田オリザ・演劇展vol.6 青年団忠臣蔵・OL編』Cチーム@こまばアゴラ劇場

忠臣蔵・OL編』※A〜Cの3通りのチームで上演します。
【A】天明留理子 村田牧子 鈴木智香子 長野 海 中村真生 西山真来 立蔵葉子
【B】森内美由紀 黒木絵美花 石橋亜希子 田原礼子 川隅奈保子 永山由里恵 岩井由紀子
【C】松田弘子 村田牧子 村井まどか 本田けい 申 瑞季 南波 圭 立蔵葉子


「だからさ、こう討ち入り目指してく過程で、だんだん武士道的になっていけばいいんじゃないの、みんなが。」
平和ボケした赤穂浪士たちのもとに、突如届いたお家取り潰しの知らせ。
その時、彼らは何を思い、どのように決断したのか?
私たちに最も馴染み深い忠義話の討ち入り決断を、日本人の意思決定の過程から描いた、アウトローな『忠臣蔵』2バージョン。
*上演時間: 各約60分


 平田オリザ・演劇展では例えば柳家花禄のために落語として書き下ろした脚本をもとにした『ヤルタ会談』や三重県の劇団向けに書き下ろした『コントロール・オフィサー』のようにもともと平田が外部向けに書き下ろした作品を平田自らが演出、青年団の俳優を配役して上演したものが多い。『忠臣蔵』もそうした1本でもともとは静岡県清水市(現在は静岡市)の野外劇として宮城聰が演出、大石内蔵助花組芝居加納幸和が演じて、市民参加の野外劇として上演された。
 その後、この台本は宮城聰の手で再びSPAC公演として上演されているが、その後は平田の手で青年団のレパートリーとしても上演されるようになっている。「武士編」「OL編」のほか、全員がセーラー服姿の女子高生を演じる「修学旅行編」などもあったが、今回は前述の2編を上演した。
 「忠臣蔵・OL編」では赤穂事件の冒頭、浅野匠の切腹吉良上野介の刃傷沙汰が伝えられた後、藩として今度どのように振る舞うのかについての赤穂での話し合いが取り上げられる。「武士編」でもそれは実際の史実よりもかなり現代の出来事のような調子でそれは語られたが、OL編はさらにその上をいき、赤穂での出来事はまるで不祥事によって倒産する会社の女子社員たち(OL)が今後の善処策を話し合うかのようなタッチで描かれていくのだ。
 古典であるシェイクスピアの現代化で、テキストはそのままであたかもそれが現代や近代の出来事のごとくに舞台装置、衣装などを含めた演出により描くという手法がある。一方で筋立てを生かしながらも戯曲自体を翻案してしまうという上演もある。
忠臣蔵」は歌舞伎・文楽で知られる「仮名手本忠臣蔵」を原テキストとはしているもののそれも赤穂事件として知られる実際に起きた出来事を基にして作られたテキストというのにすぎず、「忠臣蔵」として知られる物語には鶴屋南北の「東海道四谷怪談」をはじめとする無数のサブテキスト群がある。平田オリザ版「忠臣蔵」もそうしたものの1つで、松の廊下の刃傷から討ち入り、切腹などを含めた事件全体の流れの中で、平田はドラマチックな討ち入りの場面ではなく、事件後の場内での評議の場を選んで、そこでいかにも日本的な意思決定のあり方とそれをリードする大石内蔵助の欧米の人が考えるそれとは全く異なるリーダーのあり方を描いた。そして、この「OL編」ではそれをあたかも現在も職場の中で日常的な出来事として起こっていることのように描き出して、その輪郭をいっそうくっきりしたものとして提示した。
 ここでの大石は積極的に自分の意思を通すわけではないけれど、「篭城だ、討ち入りだ」などと藩内が揉めているときにさりげなく、最初からそういう選択肢が取られる可能性はほとんどない「城をまくらに切腹」という意見を出していって、篭城派の意見をつぶしてしまう。
 その進め方はきわめて巧みであり、部下たちは強制されたという意識も持たないうちに「自由参加型の討ち入り」という選択肢に誘導されてしまう。
それは有能な指導者ともいえるが、非常に危険な扇動者ということも見なせるかもしれない。
 余談だが自転車キンクリートSTORE「例の件だけど、」という芝居があって、こちらは討ち入りがあってその沙汰を幕府が下す際に切腹を命ずるべきかどうかというので幕府の幹部連中が右往左往するという物語で、偶然にも「忠臣蔵」本編のクライマックスである吉良邸討ち入りを挟んで、作劇巧者の平田オリザ飯島早苗がそれぞれ組織での日本的意思決定のありさまを主題に作品を書いているというのは興味深いことではないだろうか。
  この日はAキャストの公演で松田弘子が大石役を演じたが、今回は3通りのキャストになっており他の配役でもぜひ見てみたいと思った。