下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団プロデュース公演「馬留徳三郎の一日」@座・高円寺

青年団プロデュース公演「馬留徳三郎の一日」@座・高円寺

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 平田オリザ演出による自作以外の戯曲上演での青年団プロデュース。この公演の枠組みを考えた時、どうしても松田正隆と組んだ「月の岬」*1から始まる連作のことを思い出してしまう。 
 「月の岬」を連想した理由はある。地方の田舎といっていい場所を舞台にした群像会話劇であること。そして、そこでは狭い世界の中でなかば閉じたように暮らしている人々が描かれている。「月の岬」はまだ主人公の兄妹のうち兄のほうが近くの学校に勤務する教師であったため、最低限の社会とのつながりは描写されるが、こちらは典型的な閉ざされた村で起こった出来事だ。
 ここでこの作品はもうひとりの作家の描く作品とも共通点を感じさせることに気が付いた。こちらも青年団の作家としては先輩にあたる松井周である。松井もこれまでいくつもの作品で閉ざされた村のような閉鎖空間で起こる出来事を描き出してきた。
 ただ、この作品にはこうした先行作品とモチーフや構造において類似があるからこそ、しかし決定的に違うという印象を抱かせるのだ。それはこの作品からは松田、松井作品に隠蔽されて潜んでいる深い闇のようなものがあまり感じられないことだ。
 作家の資質の違いと言ってしまえばそれまでのこと。だが、これはいったいどういうことなのだろうと芝居を見ながら考え続けていた。
 「闇」が「物語の中核にあり、すべての出来事の根底にあるが、直接、顕わには描かれないもの」という風に捉えれば、実はそれはこの物語にもある。この家に住む老夫婦、馬留徳三郎と妻のミネを中心に展開するが、彼らの間には息子、雅文の存在だ。
 彼から電話がかかってきて、「部下が訪ねるからよろしく頼む」と伝言があり、見知らぬ男が訪ねてくる。これが物語の冒頭近くだ。
 話題は出てくるが一度も登場しない息子、雅文。彼が作品の「不在の中心」だ。芝居の進行に伴いこの息子は過去のある時点でもうすでに死んでおり、この訪ねてきた男はお金を騙しとろうとして現れたいわゆる「オレオレ詐欺」的な詐欺師の一味ではないかというのが、次第に分かってくる。
 ここで息子がいつか帰ってくるのを待って暮らしている老夫婦にとって息子が過去のいつかの時点で亡くなったのだとすればそれは決定的に重要な出来事のはずだが、それをなかったことにして暮らしている老夫婦は息子を生きているかのように振るまっているが、ここを訪ねるほかの老人たちもそのことに触れはしてもどのようになど核心的な事実に触れることはない。
 やってきた詐欺師らしい若い男ら少数を除くと出てくる人物全員が認知症的な記憶障害を患っている高齢者か、そうではないがそういう人たちに適当に話を合わせて暮らしている老人ばかり。彼らの話は時にかみ合わず、時に食い違うが、誰ひとりとしてそれをはっきりさせることはなく、曖昧模糊としたまま物語は進んでいく。
 平田の演出はこうした描写に寓話性を持たせるようなことはなく、割とリアルなタッチなのだが、認知症を思わせる描写が続くからといって、この作品が老老介護など現実に根差した問題を描こうとしているのかというとどうもそうではないようなのだ。詐欺師の男はいつのまにかこの家に一種の共犯関係として疑似家族として暮らし始める。その前に父親はロシアのスパイだと名乗り、男もそれを受け入れるが、父親の方がぼけてそういうことを言い出したのを詐欺師の男がそれを利用してこの家に居座っているのか、それとも父親はもちろん嘘をついているが、詐欺師もそれを真に受けるふりをしているのか。さらには自らボケたふりをしていると自ら話す母親が本当にボケているのか。この物語で起こっていることの輪郭が後半になればなるほどぼやけてくるように見えるのはそうした出来事のすべてが非決定のまま描写されているからだ。
 
   
 

尼崎市第7回「近松賞」受賞作品 東京公演
座・高円寺 秋の劇場01/日本劇作家協会プログラム

作:髙山さなえ 演出:平田オリザ


山深い田舎の集落。馬留徳三郎と妻のミネは二人でここに住んでいた。
近所の認知症の年寄りや、介護施設から逃げて来る老人達が馬留家に集まり、仲良く助け合いながら生活していた。
ある夏の日、徳三郎の息子、雅文から久しぶりに電話がかかって来た。
仕事でトラブルがあり、部下が間もなく馬留家に訪れると言うーー。
とある小さな集落の、何気ない日常が、人間の心をあぶり出す。


作:髙山さなえ

1977年長野県生まれ。
信州大学人文学部非言語コミュニケーションコース(現・芸術コミュニケーションコース)卒業。2001年青年団・演出部入団。以降、若手自主企画にて劇作家・演出家として活動。2003年青年団リンク髙山植物園旗揚げ。作・演出を担当。2010年母校である信州大学人文学部芸術コミュニケーションコースにて非常勤講師を務める。2018年に第7回近松門左衛門賞を受賞。

演出:平田オリザ

1962年東京都生まれ。
劇作家、演出家。こまばアゴラ劇場芸術総監督、劇団「青年団」主宰。城崎国際アートセンター芸術監督、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学 COI 研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐。2021年4月開学予定の兵庫県立の国際観光芸術専門職大学(仮称・開学設置構想中)学長候補。 1982年に劇団「青年団」結成。「現代口語演劇理論」を提唱し、1990年代以降の演劇に大きな影響を与える。近年はフランスを中心に各国との国際共同製作作品を多数上演している。


出演

田村勝彦(文学座) 羽場睦子(フリー) 猪股俊明(フリー) 山内健司 山村崇子 能島瑞穂 海津 忠 折原アキラ

声の出演=永井秀樹

スタッフ

舞台美術:杉山 至
舞台監督:中西隆雄、小川陽子
照明:三嶋聖子
音響:櫻内憧海
衣裳:正金 彩
衣裳補佐:原田つむぎ
演出助手:野宮有姫
フライヤーデザイン:京(central p.p.)
制作:有上麻衣
制作助手:河野 遥