下北沢通信

中西理の下北沢通信

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連載)平成の舞台芸術回想録第三部(1) 惑星ピスタチオ「破壊ランナー」

連載)平成の舞台芸術回想録第三部(1) 惑星ピスタチオ「破壊ランナー」

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 舞台「弱虫ペダル」などの演出で知られる2・5次元演劇の旗手、西田シャトナー惑星ピスタチオ時代(1993年初演)に上演した同劇団の代表作が「破壊ランナー」=写真は演劇情報誌Jamci1994年4月号の惑星ピスタチオ特集=である。
 西暦2700年代、人々は生身の人間が超音速で走るプロスポーツソニックラン」に熱狂していた。世界中のサーキットで、プロランナーたちがデッドヒートを繰り広げている中、デビュー以来負け知らずの連続世界チャンピオン、豹二郎ダイアモンドがいた。果たして、豹二郎を抜くランナーは現れるのか――。レースの背後でかつてない陰謀が動き出していた。
 「破壊ランナー」は遠い未来を舞台に新スポーツを巡る選手たちの激しいバトルを描き出す。こういうものは現在ならCGやマッピング技術を活用して、舞台上で展開することも可能だが、本来演劇にはあまり得手ではない主題(モチーフ)だ。しかし、惑星ピスタチオは独自の身体表現を駆使して生身の俳優だけでこの壮大な活劇を描き切った。
 惑星ピスタチオ神戸大学の学生劇団に所属していた腹筋善之介西田シャトナー平和堂ミラノ保村大和らによって1989年に結成、現在人気俳優としてしられる佐々木蔵之介の所属劇団であったことでも知られる。
 座長は腹筋善之介だが、主要な作品の作・演出を務めたのが西田シャトナーであった。80年代の小劇場ブームが去った後、ほとんどの劇団が動員を伸ばすのに苦労するなか、抜群の人気を誇り、「白血球ライダー」による東京進出以来、わずか1~2年の間に新宿シアターアップルなどの大劇場進出を果たし、年間数万人の動員を達成。「奇跡の劇団」と呼ばれることもあった。
 実は「弱虫ペダル」のレース場面*1はこの惑星ピスタチオ時代に西田らが編み出したパワーマイム、カメラワーク、スイッチプレイなどの独特の身体表現技法を駆使して作られたものである。試行錯誤のうえで作られたそうした独自の表現手法が方法論として確立したのが、この「破壊ランナー」といってもいい。
 パワーマイムとは小道具などを一切使わず、パントマイムと膨大な説明科白を駆使して場面描写や登場人物の心情を表現する手法である。当時は腹筋善之介保村大和が個人技を駆使して行うギャグシーンなどと誤解されることもあったが、本来はパフォーマーによる集団演技で観客の想像力を喚起させ、舞台上にスペクタクル映画の1シーンのような壮大な情景を浮かび上がらせる手法で、これはそのまま現在の「弱虫ペダル」の自転車競技シーンなどにも活用されている。
 スイッチプレイはそれまでの俳優=役の人物という演劇の固定観念を打ち破り、ひとりの俳優が複数の役を演じたり、逆にひとつの役が次々と複数の俳優に演じ継がれていく手法。チェルフィッチュ以降は役と俳優の分離は普通のこととなり、ままごと「あゆみ」のようなひとりの女性の一生を何人もの俳優で演じる作品も生まれたが、惑星ピスタチオはそうした演劇手法の先駆でもあった。
 一方、カメラワークはSF映画などによく使われたカメラの移動撮影による映像のような効果を演劇で実現する方法論であり、それまでの演劇ではほとんど見たことがないような発想であった。
 こうした手法ひとつにしても西田の演劇手法は「なにもない空間」*2を俳優の身体ひとつで何かに見せていくという演劇本来の魅力に溢れたものであり、先に挙げたカメラワーク、スイッチプレイなどと合わせて、演劇的実験精神において最前線にあると私は考えていた。
 ところが当時は注目が娯楽性の高さに集まっていたためか、その実験性や前衛性が批評の対象となることはほとんどなく*3、特に東京の批評家筋からは不当に低い評価しか受けていなかったことは今でも残念で仕方がない。
 あるいは現在の「弱虫ペダル」に至ってもその人気と比較して、そうした批評的評価はあまり聞かないのだが、例えば英国のテアトル・ド・コンプリシテやフランスのフィリップ・ジャンティ・カンパニーなどの身体表現的な集団を評価するのであればそうした側面からのこの集団の評価があまりされなかったのは不当な出来事だったと現在でも考えている*4
 惑星ピスタチオと同時代に平田オリザ青年団)が「東京ノート」で岸田戯曲賞を受賞。日本の現代演劇は現代口語演劇、群像会話劇へと大きく傾いていくが、惑星ピスタチオが当時試みた手法に近い身体表現はチェルフィッチュ以降現れた若手劇団により再度試みられることになった。
 実は10月17日にYoutube惑星ピスタチオ「破壊ランナー」(1995年版)の映像(上記で掲載)が無料公開されることになった。今こそチェルフィッチュ、ままごとなどを見た眼で若い演劇ファンにも惑星ピスタチオを再確認してほしい。
simokitazawa.hatenablog.com
「演劇の新潮流2 ポストゼロ年代へ向けて 第6回 惑星ピスタチオ西田シャトナー
d.hatena.ne.jp

平成の舞台芸術回想録第一部・第二部
simokitazawa.hatenablog.com

*1:
舞台『弱虫ペダル』インターハイ篇 The Second Order ダイジェスト映像

*2:

なにもない空間 (晶文選書)

なにもない空間 (晶文選書)

*3:ネット上の目撃談で1995年の新宿シアターTOPSでの公演に野田秀樹が英国の演出家と来ていたとの証言もあり、現場の注目はそうでもなかったのかもしれない。

*4:西田の演出手法が輸出されて、ブロードウエーやウエストエンドに逆進出し、向こうの批評家が評価した時初めて、日本での評価があるのかもしれない。2・5次元演劇は潜在的にはそういうポテンシャルを持っていると思う。