下北沢通信

中西理の下北沢通信

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芸劇eyes番外編 vol.3 『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』 弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答@東京芸術劇場

芸劇eyes番外編 vol.3『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答@東京芸術劇場

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芸劇eyes番外編vol.3は演劇ジャーナリストで企画コーディネーターも手掛けている徳永京子氏のキュレーションによるショーケース公演。今では知る人も限られると思うが以前は公募・公開審査をしていたガーディアンガーデン演劇祭というのがあり、新鋭劇団の登竜門的な役割を果たしていた。最近はそういうものがなくなってきているなかで、新鋭劇団を紹介する演劇のショーケースは珍しいため新たな劇団と出会える得難い機会として期待が大きい。
今回のテーマである「弱いい派」というのは最近活躍している若手劇団に徳永氏がよく使っている言葉だが、私にはどうもピンとこないところがある。ただ、選定された劇団(集団)としては3つのうちウンゲツィーファ、コトリ会議は私も最近継続的に注目していた。「弱いい派」というまとめ方はとりあえず置いておくとすればこれらはショーケースで紹介するに足る集団だと思うし、今回が初観劇となった「いいへんじ」にも興味を持った。
 「アングラ演劇」にせよ「静かな演劇」にせよ、ある種の形式(様式性)を問題にしていたわけだが、「弱いい派」には演劇としての形式の一致というのはないのだろうか。今回の3作品を見てみた限りは演劇スタイルはバラバラで共通点は薄く思える。
 いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』は基本的には会話劇だ。精神的障害(症状からすると不安神経症パニック障害か?)を抱える女性が描かれるが、演劇様式としては現代口語演劇に近い。
 薬を切らしたまま医者にも行けずに自宅にこもりきりの女と職場の上司から命令を受けて彼女の自宅を訪問することになった男性の2人が主要登場人物だ。
 出演者は5人でほかにも登場人物は職場の同僚らもいるにはいるのだが、主要な二人のやりとりのみにほぼフォーカスされている。背景のようにしか存在してないが、それでも舞台上に居ることで、二人が完全に孤立して存在しているのではなく、社会がその外側に広がっているということが示されている。
 男は引っ越しを考えて住居探しに悩む、同性カップルの片割れでもあり、女性の悩みが主軸だが、彼の悩みも語られる。そうした登場人物の立ち位置を「弱いい派」に典型的なものと考えると「弱いい派」というネーミングには納得する部分はなくはないのだが、描かれる人物たちに名づけの本質があるとするならば同じようなことは他の2本にはまったく当てはまらない。
 一方、3本目のコトリ会議『おみかんの明かり』にはこの劇団の作品にはよくあることだが、説明もなく頭にアンテナをはやした宇宙人が登場する。舞台中央に川のようなものが流れているという設定で、その向こう側が死者がいる「死の世界」、こちら側は生きているものの世界である。地球人の女を追いかけて宇宙人の女が出てきて、彼岸にいる死者の男に会おうとしている女に対して、「触れたら大爆発を引き起こす」と警告する。このあたりのなんともおかしな奇妙なイメージはコトリ会議特有なもので、基本的に現代社会における日常を描いたいいへんじの劇世界とはあまり共通点を見いだせない。
 ウンゲツィーファ『Uber Boyz』は多層世界というSF的というか漫画的というか、突飛な設定の元に物語が展開されている。面白いと言えば面白いのだが、リアリズムのかけらもないし、ドタバタコメディーのような展開である。不思議なのはこの作品はこれまでに見たウンゲツィーファの作品ともかなりかけ離れた作風であり、それぞれが劇作家や演出家でもある出演者(池田亮(ゆうめい)、金内健樹(盛夏火)、金子鈴幸(コンプソンズ)、黒澤多生(青年団)、中澤陽、本橋龍(ウンゲツィーファ)の共作として作られたようでもあり、「弱いい派」という枠組みに反発して意図的にかけ離れたものを作ったのではないかとの疑いを掛けたくなるような内容でもあった。
 「Uber Boyz」が約100年後の多層化された世界において、自転車を使って荷物を運ぶ人の物語で、アイデアにはSF的な趣向が盛り込まれているが、現代におけるUber Eatsで働く労働者たちのことを下敷きにしていることから、下層労働者についての物語といえなくはないが、それでもこの筋立てを「弱いい派」だと言うのはかなり強引すぎるのではないだろうか。

参加団体・上演作品
いいへんじ
『薬をもらいにいく薬(序章)』

作・演出:中島梓

出演:飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、
遠藤雄斗、小見朋生(譜面絵画)、タナカエミ

声の出演:松浦みる(いいへんじ)、野木青依

音楽:野木青依、Vegetable Record


ウンゲツィーファ
Uber Boyz』

作・演出・出演:池田亮(ゆうめい)、金内健樹(盛夏火)、
金子鈴幸(コンプソンズ)、
黒澤多生(青年団)、中澤陽、
橋龍(ウンゲツィーファ)

音楽:額田大志(ヌトミック/東京塩麹


コトリ会議
『おみかんの明かり』

作・演出:山本正典

出演:牛嶋千佳、三ヶ日晩、原竹志、
まえかつと(以上、コトリ会議)

音源制作:佐藤武

協力:兵庫県立ピッコロ劇団


※五十音順

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