下北沢通信

中西理の下北沢通信

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きたまり/KIKIKIKIKIKI『老花夜想(ノクターン)』@東京芸術劇場シアターウエスト

きたまり/KIKIKIKIKIKI『老花夜想ノクターン)』@東京芸術劇場シアターウエス

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関西から東京に転居してから10年近くの時を経たが、関西時代からそのダンサー・振付家としての才能に一目置いていたのがきたまり(KIKIKIKIKIKI)である。首都圏での活動の機会が限られていることもあり、まだまだ東京では実力に比べると知名度は低い*1と思うので、その作品が東京芸術祭という場で人の目に触れるのは喜ばしい出来事なのである。

舞台上にいるきたまりの存在感は特別なもので、この人でなくては出せない魅力に溢れたものだった。コロナ禍ということもあり、完全に満席とはいえないが、それでも東京のある程度以上に大きな劇場で、おそらく彼女のことを初めて見る観客も多い中でそのパフォーマンスを見てもらうことができたということの意味は小さくないと思う。
ただ、彼女が自らを見せる作品の枠組みとして太田省吾の初期作品である『老花夜想ノクターン)』を見せたということには賛否も含めて議論の余地はあったと思う。きたまりは京都造形芸術大学(当時)の太田の教え子であり、木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一やKUNIOの杉原邦生*2と同様に同校舞台芸術専攻出身者のトップランナー的な位置にはいるが、一歩では舞踏系の複数のダンサー・振付家の指導も受けてきた側面もあり、演劇の演出家で太田省吾作品にも何度となく取り組んできた杉原邦生とは異なり、これまでは太田省吾とは距離を置いてきた。
 太田省吾は「水の駅」など台詞のない沈黙劇の作者として知られているから、きたまりがこれまで手掛けてきたダンス作品からすれば「小町風伝」や「水の駅」「砂の駅」などの方が距離が近い気がするのだが、それをあえて「老花夜想ノクターン)」を持ってきたのが興味深い*3ところだ。

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 例年通り終了後ロビーなどで作者自身と声をかわせる状態であればその辺も聴いてみたいところだが、コロナ禍の現状ではそれもできないので推測するしかないが、原作の物語に登場する老いた娼婦などの人物造形がきたまりがこれまで培って舞踏系の身体メソッドと相性がよいように思われたからではないか。事実、舞台を見ても舞台で老女から少女、幼女までを自在に演じ分けることができるきたまりの演者としての適性は今回の作品を魅力的に演じるにはそれなりに適していたともいえるだろう。
 ただ、今回の出演はきたまりとやはり舞踏系の出自であるダンサーの竹ち代毬也の二人だけ。これで原作に描かれていた十二人の登場人物を演じ分けていたらしいが、和楽器の合奏と山道太郎(義太夫)、下村よう子*4のよる歌舞劇的な歌詞付きの言葉による助けがあっても、筋立てとして全体を追うことは困難と言わざるを得なかった。完全に演劇としての筋立てをそのまま再現することはなくてもかまわないが、きたまり、竹ち代毬也の身体所作は舞踊として踊っているという抽象性よりも身振り手振りで何かを演じているという性格が強いものであったが、ゆえにそれは何なのかが分からないというのはかなりのフラストレーションを伴い、再演をするのであれば工夫の余地はあるところだと思う。


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原作:太田省吾 
振付・演出:きたまり

出演: きたまり 竹ち代毬也 下村よう子(唄)
演奏: やまみちやえ 望月庸子 望月実加子 望月左太晃郎* 藤舎呂近* 堅田 崇 富澤優夏
声:山道太郎

*1:横浜ソロデュオコンペティショングランプリ受賞やトヨタコリオグラフィーアワードファイナリストなど相応の実績はあるのだが。

*2:特に杉原邦生は今年も世田谷パブリックシアターの「更地」とさいたま芸術劇場の「水の駅」と2本の太田作品上演が予定されている。

*3:インタビュー記事によれば大学在学時代からこの戯曲には興味があったようだ。

*4:www.youtube.com