下北沢通信

中西理の下北沢通信

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映画「女の中にある他人」(日本映画専門チャンネル)

映画「女の中にある他人」成瀬巳喜男監督)を見る。
 スカパーの日本映画専門チャンネル成瀬巳喜男監督の特集をやっていて、今まで見てなかった作品のうち上記の3本を見た。成瀬巳喜男は好きな監督でこれまでも映画館の上映や
テレビでの放映があるたびに少しづつ見てきたのだが、これまで見た作品は「浮雲」「山の音」「流れる」「乱れる」「乱れ雲」といった代表的な作品ばかりだったため、この3本を見てこの人はいろんな引き出しを持っている作家だったのだということを再認識させてもらい興味深かった。
 特にびっくりしたのは「女の中にある他人」(1966年)。なんと原作は英国のミステリ作家、エドワード・アタイアの「細い線」なのである。原作はだいぶ以前に早川ミステリ文庫で読んだ記憶はあるのだが、こんな小説を成瀬が映画化してたんだということは今回初めて知ってちょっと驚かされた。もっとも、撮影された時代には多少のずれはあるのだろうが、黒澤明の「天国と地獄」(63年)も原作は「キングの身代金」だから、当時の日本映画で海外ミステリの原作というのはいま現在想像するほどには珍しいことではなかったのかもしれない。
 とはいえ、内容は原作のようなミステリサスペンスというよりは殺人を犯して苦しむ主人公の良心の呵責と夫の犯罪を知らされる妻の葛藤に重点が置かれたいかにも成瀬調に変更が加えられたもので、原作の内容は読んだといってももはやおぼろげにしか思い出せないのだが、企んだ完全犯罪が捜査陣がたどる細い糸によって崩れていくという物語とは全然違うものになっていて、ミステリとしての興味よりは人間の怖さに焦点は置かれている。特にすばらしかったのは新珠美千代の演技。監督による演出ももちろんあるだろうが、この人の目の表情が一変することで女の怖さをその一瞬で見せてみせた演技は宝塚出身ということもあり若いころはお嬢さん女優、年を重ねてからも良家の奥さんの役柄が多かったこの人の印象を大きく変えてしまうものだった。