下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

フェスティバル「これは演劇ではない」@こまばアゴラ劇場(後半・1回目)オフィスマウンテン

フェスティバル「これは演劇ではない」@こまばアゴラ劇場(後半・1回目)オフィスマウンテン

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企画プロデュース:綾門優季/カゲヤマ気象台/額田大志
オフィスマウンテン『海底で履く靴には紐がない ダブバージョン』 作・演出・振付:山縣太一
カゲヤマ気象台『幸福な島の誕生』 作・演出:カゲヤマ気象台
     キヨスヨネスク、西山真来=青年団、日和下駄
モメラス『28時01分』 作・演出:松村翔子

前半(すでに終了)
 青年団リンク キュイ『プライベート』 作:綾門優季 演出:橋本 清(ブルーノプロデュース)
ヌトミック『ネバーマインド』 構成・演出・音楽:額田大志
新聞家『遺影』 作・演出:村社祐太朗

  もともとチェルフィッチュの俳優として知られる存在であった山縣太一、松村翔子はそれぞれが作演出として作家活動を開始して以降、その活動がどのようなものであるのかということに対して、注目し続けていた。それに対してカゲヤマ気象台はその戯曲「シティIII」が昨年のAAF戯曲賞を受賞したという程度の知識がある程度で今回が初めての観劇となった。オフィスマウンテン(山縣太一)の作品について「演劇なのかどうか」「それが何なのか」とについて論議が起こりそうなのが山縣太一の舞台であると思うと書いたが、そういう意味でいうとすでに作品を見たことがあった他の5作家に対して、一番どんな作品であるかが謎めいていたのがカゲヤマ気象台『幸福な島の誕生』であった。
 言語テキストをセリフとして語る際に相当に癖のあるフレージングを駆使したのが、新聞家であったが、新聞家とはまたまったく異なるセリフ回しながら聞きとろうと構えてもそれがなかなか難しいセリフ術を駆使しているように見えたのがカゲヤマ気象台であった。さらにこの作品には3人の俳優(キヨスヨネスク、西山真来=青年団、日和下駄)が登場するのだが、いずれの俳優の発話もセリフがぶつぶつに切れたり、ぼそぼそと聞きとりにくくなったりとフレージングのスタイルには個別の違いがありあがら通常の会話劇の発話とは明らかに異なるものとなっているのが面白い。これはどういうことかというとここでは一定の様式に基づいてセリフ回しが細かく演出されているのではないということなのだ。似たものを見た記憶はあまりないのだけれど、文章の途中を切断する手法をとっていた地点の初期のセリフ回しと少し類似性が感じられたかもしれない。
 もっとも語られることの内容は時に具体性を欠き、断片的でもあり、それが通常の演劇の筋立てのような脈絡を追うのにはかなり困難な仕掛けになっている。実は断片的にのみセリフを聞き取っていたために終了後、戯曲を購入して呼んでみるといくつかの重要な情報を聞き逃して内容を誤読していた部分があったことが分かった。作品は東京・茗荷谷のガストから始まるが、私はまず茗荷谷という固有名を聞き逃したために途中で出てくるラーメン(特に「サッポロ一番」という名前)から北海道・札幌の話と勘違いしながら見ており、途中で車で3人が被災地に車で旅をするというところで、最初の場所が東京だというのに気がついたのだが、その後も被災地の話というのは場所は特定されてはいないものの東日本大震災の被災地である東北のどこかだと考えていた。
作者のカゲヤマ気象台は故郷という町を山間部に措定したり、5年前という記述が出てくるなど東日本大震災ではないという風に読み取れるようにしたということだったが、それは無理じゃないかとも思ったのである。