下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

劇団チョコレートケーキ第30回公演『遺産』@すみだパークスタジオ倉

劇団チョコレートケーキ第30回公演『遺産』@すみだパークスタジオ倉

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-私は知っている。あなた方があそこで生きたまま切り刻まれたことを。-

1990年、ある老医師が死の床にあった。その枕元に過去の亡霊が姿を現す。
満州ハルビン市郊外ピンファン。そこで蓄積された『遺産』は決して清算
できない歴史の深い闇である。日本人はこの『遺産』とどう向き合えば
いいのだろうか?

【脚本】古川健(劇団チョコレートケーキ)

【演出】日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)

【出演】
浅井伸治/岡本篤/西尾友樹(以上、劇団チョコレートケーキ)
足立英/佐瀬弘幸/林竜三/原口健太郎(劇団桟敷童子)/日比野線/渡邊りょう(悪い芝居)
李 丹

【劇場】すみだパークスタジオ倉(墨田区横川1-1-10 鈴木興産(株)内)

前回公演「ドキュメンタリー」*1でも取り上げた731部隊の問題を今回の「遺産」でははメインの主題(モチーフ)として取り上げた。劇団チョコレートケーキは昨年「あの記憶の記録」「熱狂」の2本立てでドイツのナチ政権とそれが引き起こしたユダヤ人の虐殺(ジェノサイド)という先の大戦時における負の遺産を舞台化した。かなりよくできた作品ではあったが、現代の日本においてナチ政権やイスラエルを糾弾ないし批判することにおいてある種の「人ごと感」を否定しかねるところがあった。
 今年はドキュメンタリー」で薬害エイズ問題に取り組んだが、医の倫理の問題として実はその背後にあったのが、戦争中に中国で人体実験を行ったとされる731部隊の問題で、今回の舞台ではそれを正面から取り上げた。
 史実を基にはしているが「遺産」はフィクションである。中でも李丹が演じた中国人女性のエピソードは秀逸。作品内だけの固有名の変更などではミドリ十字をグリーン製薬とするなど細かい変更はほどこされているが、歴史的な大きな流れについてはミドリ十字の件を含め事実に基づいたものになっている。
「遺産」が面白いのは731部隊に参加した医師たちを単に旧日本軍の悪辣な行為に加担した極悪人で糾弾すべき人間とだけは描いていないことだ。研究者にとって後に人体実験として糾弾されることになるが、豊富な被験体が自由に得られて、研究のための資金も潤沢にある731部隊は研究のためには理想的な環境であり、私ももともと大学は理系の研究室の出身者であったから、ある種の研究者にとっては研究こそがすべてでほかは全て瑣末事という考え方には確かなリアリティーがあるのも事実なのだ。
  ホームページのあらすじには「旧満州ハルビン市郊外ピンファン。そこで蓄積された『遺産』は決して清算できない歴史の深い闇である」とあり、表題の「遺産」は731部隊という第二次大戦中の旧日本軍の「負の遺産」のことを意味するように書かれている。ところが、舞台の観劇後もう一度考え直してみるとこの「遺産」なる言葉はダブルミーニング、トリプルミーニングと多重の意味合いを持っているように感じられてくる。それでももちろん、第1の意味は冒頭で述べた731部隊う旧日本軍の負の遺産を意味するが、同時に日本の医学界の戦後の躍進を支えた研究成果のいくぶんかは731部隊での研究の「遺産」であり、日本の医学界の中枢にそこで研究に従事した研究者らがそこでの研究の負の部分の責任を負うことなく、居座ったということも意味しているかもしれない。
 そして最後はこの舞台の核となる死に瀕した老研究者が若き医師に残した731部隊での研究の詳細な記録。これも「遺産」ということが出来るのかもしれない。
 この作品についてはいず731部隊のような旧日本軍の罪を明らかにしたから素晴らしいという類の批評もいずれでてくると思われるが、この作品に見るべきところがあるとすれば医の倫理についての厳しい規範を持つはずの優れた研究者がなぜこんな犯罪的な行為に加担していってしまったかについてが描かれていることだと思う。彼らは特別な悪人ではなく普通の人だった。