下北沢通信

中西理の下北沢通信

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日本のコンテンポラリーダンス

 欧米の目から日本のコンテンポラリーダンスを見た時には山海塾(SANKAIJUKU)、勅使川原三郎(SABURO TESIGAWARA)+KARAS、ダムタイプ(Dumb Type)が代表的なイメージとなるかもしれない。だが、現在の日本のコンテンポラリーダンスの全体像を俯瞰して眺めた時、実はこの3つの集団がそれを代表する傾向のものかというとかならずしもそうではない。
 いささか逆説めいた言い方になるが、日本のコンテンポラリーダンスの特色はひとことでこれといえるような特色がないこと。およそ現代において考えられるダンスにおける様式が「いま・ここ」で同時に共存している様式的多様性、なんでもありのカオス状態が日本のコンテンポラリーダンスの特異な状況なのである。
 最近の大きな特徴として東京を中心に既存のダンステクニックとは一線を画した通常の意味でのダンサーとしての経験を持たなかったり、バレエなど欧米において正当とみなされるテクニックを持っていても、それをいっさいださないようなダンスの流行がある。ここでは既存のダンスの枠組み自体を問い直すというような実験性が、60年代のアメリカのポストモダンダンスのような前衛的な身振りにおいてではなく、ポップやキッチュなファッション性をともなってなされている。そうした流れを代表するカンパニー・振付家として、珍しいキノコ舞踊団(伊藤千枝)、康本雅子イデビアン・クルー井手茂太)、ボクデス(小浜正寛)などが挙げられる。
 日本のコンテンポラリーダンスにおけるもう1つの大きな流れは映像・美術・音楽など他分野のアーティストとのコラボレーションによるマルチメディアパフォーマンスのグループである。舞台芸術作品だけではなく、大規模な美術展覧会への映像インスタレーションの展示など分野を超えた活動で注目を集めているニブロール矢内原美邦)がその筆頭といえるが、他にも海外公演でのツアーを中心に作品を発表し、映像・音楽・照明などの高度なスタッフワークとソリッドでアグレッシブなダンスが「日本の今」を感じさせるレニ・バッソ北村明子)、押尾守を思わせるようなメカニカルでいてどこか懐かしさも感じさせる特異なビジュアルワークを見せてくれるBABY-Q(東野祥子)などがいる。こうした集団は明らかにDumb Typeの作り出した流れの元に出発してはいるが、Dumb Typeがどちらかというと美術系の作家のコラボレーションによるアートパフォーマンスの色合いが強いのに対し、これらのカンパニーの作り出す作品はよりダンスパフォーマンスに重点を置いたものとなっている。
 他のアジアの国と比較しても日本のコンテンポラリーダンスは特殊な状況にある。それは日本のコンテンポラリーダンスが日本にもともと存在していた伝統的な舞踊・演劇(歌舞伎・能・日本舞踊)とダンスとしての技法においてまったく切れてたところから発祥していることと関係があるかもしれない。ここが例えば同じアジアの国でも、伝統的民族舞踊と西洋舞踊の融合を志向しているように見える中国、台湾、韓国、インドなどのコンテンポラリーダンスとの大きな違いなのである。
 それではそれはただの輸入品で西洋のダンスの物真似にすぎないのか。ダンスに限らず他の文化、あるいは産業製品においても例え最初の技術ないし、コンセプトを外から取り入れたとしてもそれをいつの間にか換骨奪胎し、日本独自のものに変質させてしまうのが、日本の文化の特徴(例えば一例を挙げればポルトガルから最初に火縄銃を輸入して数十年もたたないうちに日本では銃を完全に国産化、一時は世界の銃の数の半分が日本に存在していたとも言われる)で、それはダンスにおいても変わらない。
 日本のコンテンポラリーダンスとして西洋でもっとも知名度の高い舞踏(BTOH)は西洋人の目に東洋的なもの・伝統的なものと映るかもしれない。しかし、舞踏は土方巽(TATSUMI HIJIKATA)というひとりの天才的なダンサー・振付家の手により生み出されたものだ。低い重心、ゆがんだ身体のありようなどその特徴は日本の伝統舞踊との関係は直接にはない。アメリカのモダンダンス、ドイツの表現主義舞踊などの影響を受けながらも日本において独自の発展をした現代舞踊(GENDAI BUYOU)出身の土方がバレエに代表される西洋舞踊へのアンチテーゼとして構想したオリジナルの現代ダンスなのである。舞踏以外では勅使川原三郎もいずれも西洋のオリジンであるバレエとマイムの技法を学んだ後、それらを換骨奪胎して、世界に類をみないユニークなムーブメントのダンスを独力で生み出した。
 舞踏は日本のコンテンポラリーダンスのなかでも依然として大きな流れを形成しているが、なかでも始祖というべき土方が去り、大野一雄(KAZUO OHNO)も老齢のために公演活動が困難になっているなかで、彼らと並ぶ第一世代でありながら、世界中の公演活動を積極的におこない、そのエネルギッシュな活動ぶりが異彩をはなっているのが、笠井叡Akira Kasai)である。
 先ほど土方という天才がひとりで作り上げたと書いたことには反するようだが、笠井は土方の弟子ではなく、舞踏創世記から土方とはまた異なるアプローチでダンスにとりくんできた。その作品は静かで非常にゆっくりとした動き、足は地面についたまま低い重心で踊るなどといった「舞踏」といわれたときに連想するような動きとはまったく違う激しい動きである。オイリュトロミーの影響や独自に生み出された呼吸法など独自のメソッドもあるが、なんといっても特筆すべきは年をへても衰えないそのエネルギー。勅使川原三郎の例を見ても、ダンサーの表現は年齢とともに成熟していくのが普通だが、ことこの人に関しては年を感じさせないそのアバンギャルドな軽みに脱帽せざるをえない。
 舞踏系では山海塾や白虎社、大駱駝艦といった土方直系の弟子であった第2世代に続き、第3、第4の世代の活躍も目立つ。白虎社出身で京都に本拠を置くMassami Yurabeもそのひとりだが、即興色の強いソロダンスを得意とする彼の特色は通常舞踏が持つグロテスク。奇怪といったイメージとは一線を画し、流れるようなエレガントな動きの連鎖をそのダンスにおいて生み出していくことだ。
 舞踏出身ではありながら、現在はともに舞踏の伝統的なスタイルからはやや離れてバレエダンサーに振り付けるなど、勅使川原に続く日本のコンテンポラリーダンスの代表的な振付家・ダンサーと見なされているのが、伊藤キム(Kim Itoh)、山崎広太(Kota Yamazaki)。ともに自分のカンパニーでの振付も行いながら、ソロダンサーとしても卓越した個性を見せてくれるという共通点を持つ。
 伊藤は自らの活動のみでなく、カンパニーでダンサーとして活動していた白井剛(TSUYOSHI SIRAI)、黒田育世(IKUYO KURODA)が自らのカンパニーを設立して独立、ともに国内外の振付賞を相次ぎ受賞するなど若手有望株に成長するなど、日本のコンテンポラリーダンス全体の底上げにも貢献している。しかも、彼らは伊藤のスタイルを踏襲するわけではなく、例えば黒田の場合はバレエ団所属のバレエダンサーでもあるということから、伊藤から受け継いだ舞踏的要素とバレエの動きをミクスチャーした激しい動きの群舞で独自性を見せたり、白井の率いる発条トは映像・音楽などを駆使したマルチメディア系の作品で高い評価を受けるなど、舞踏の枠組みからは離れたものとなっている。
 山崎広太もまずそのソロダンサーとしての爆発的な身体能力の高さが魅力であるが、舞踏に加え、バレエや最近ではアフリカのカンパニーとの交流によって、アフリカンダンスの動きも取り入れるような柔軟性を持っている。
 一方、フランスなど海外のアーティストとの交流や海外の留学経験により、欧米流のスタイルを踏襲しながらも、そこに独自のテイストを付加した作品を創作しているグループもあり、今回のフェスティバル参加カンパニーであるMonochrome Circus(坂本公成)、Ludens(岩淵多喜子)、J.A.M. Dance Theatre(相原マユコ)らが挙げられる。
 京都在住でありながらフランスを拠点に作品を製作しているヤザキタケシやイリ・キリアンの弟子筋でNDT出身の金森穣もその活動に注目しなければならない振付家である。これらの振付家の特色はMonochrome Circusはコンタクトインプロビゼーション、金森穣はコンテンポラリーバレエと欧米流の技法を踏襲しながらも、日本人特有の表現の繊細性において欧州やアメリカのダンスとは違う個性を見せていることだ。
 特にMonochrome Circusは出前ダンスの「収穫祭」というコミュニティーアートとダンスの中間形態の新たな表現のありかたを模索。最近ではDumb Typeの照明家、藤本隆行とのコラボレーションやフランスの振付家、Didier Théronへの作品の委嘱など単独のカンパニーとしての枠組みを超えた多彩な活動を展開しており、そのボーダレスな活動形態が今後どのような舞台成果を生み出すのか注目している。



a.. Ludens
b.. Monochrome Circus
c.. J.A.M. Dance Theatre
d.. Miho Konai
e.. Cross-Section
f.. Akira Kasai
g.. Kota Yamazaki
h.. Kim Itoh
i.. Massami Yurabe