下北沢通信

中西理の下北沢通信

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 高村薫レディ・ジョーカー毎日新聞社)を読了。
 これは面白かった。ミステリとしても小説としても合田3部作(「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー」)の中で一番読みごたえがある。ただ、冷静になって考えてみると、これはビール会社の話に変えてはいるけれども「グリコ・森永事件」を下敷きにしていて、要するに小説としてというよりミステリとして面白い部分は結局、実際に起こって被害者も出た事件のことだから不謹慎な言い方になってしまうが、「グリコ・森永事件」が事件として面白かったから、それを素材にした小説も面白い、のではなかったのだろうかと思えてくる。例えば身代金の受け渡しの3回目の場面で誤認逮捕をしてしまうところなど、ツイストに利いた犯行といいたちところだが、これって実際に起こったことだからなあ。それは裏をかえせばこの事件が日本の事件史に残る凄い事件だったということなのだけれど。
 合田雄一郎が登場するものの、事件の広がりが大きすぎることからして、合田の存在はほかの2作品に比べて大きいとはいえない。むしろ、「レディ・ジョーカー」と名乗ることになる犯人たちそれぞれの個性的な描写や日之出ビールの社長をはじめとする役員たち、事件に迫っていく新聞記者らの群像が克明に描かれていて、これが事件の進展に従い大河の流れのように同時進行的に描かれていく、全体小説的プロットがうまい。
 ただ、ひとつ補足しておくと「グリコ・森永事件」と書いたけれど厳密にいうとこれは実際に起こった事件のうち前半の「グリコ事件」についての小説となっている。
 「グリコ事件」を主題にした小説としてもうひとつ気にいらないのは合田が東京の刑事のためか、舞台を東京に移したことで、そのため、犯人たちが脅迫状で関西弁を使わないこと。やはり、実際の挑戦状のあの人を食ったような悪趣味なユーモアがここにはないのが物足りないのである。まあ、著者は「グリコ事件」の枠組みを借りて、それに巻き込まれていった人間の生き様を描きたかったのであって、事件自体を描こうとしたわけではないというのは理解できるので、この辺は批判にはならないということは分かってはいるのだけれど‥‥‥。