下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

黒田育世『ラストパイ』(2005)@草月ホール

黒田育世『ラストパイ』(2005)@草月ホール

公演日時
10/3 Wed 19:00
10/4 Thu 19:00
10/5 Fri 19:00
※上演時間 約40分
※開場は開演の15分前
会 場
草月ホール
※4歳から入場可
日本のコンテンポラリーダンス界を牽引する振付家の黒田育世が、Noism05から振付委嘱され2005年に初演した話題作。
異なるダンスシーンを駈け抜けてきたダンサーらによるドリームチームがDance New Air 2018に集結。伝説の作品が蘇る。
振付・演出:黒田育世
音楽・演奏:松本じろ
出演:菅原小春、小出顕太郎、加賀谷香、熊谷拓明、樋浦 瞳、北村成美、奥山ばらば、関 なみこ、BATIK(伊佐千明、大江麻美子、大熊聡美、政岡由衣子)

照明デザイン:森島都絵(株式会社インプレッション)
音響プラン:牛川紀政
音響オペレート:青谷保之
舞台監督:千葉翔太郎

衣装デザイン:山口小夜子

制作:瀧本麻璃英

初演:Noism05「Triple Bill」2005年7月15日 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

世間的には菅原小春が出演することに話題が集まるだろうし、私も楽しみなのでそれに異論はないが、個人的には北村成美(しげやん)の出演に注目している。黒田と北村のこれまでの活動は自ら率いるBATIKを中心にグループ作品を主体に創作してきた黒田育世に対し、しげやんという得がたいキャラクターを核にソロダンス主体に活動を続けてきた北村は対極的な存在だ。

北村成美プロモーションムービー

=菅原小春ダンスパフォーマンス= #StrongSouls –世界同日開催新アルティミューン発売イベント-

 ただ、この2人には実は共通点も多い。ひとつは2人ともダンスの原点はバレエであり、黒田は谷桃子バレエ団、北村は石井アカデミー・ド・バレエ*1の出身でともに踊りの基礎にバレエを持ち、時期は違うが英国のラバンスクールへの留学経験を持つ。
 近年はともに子供を持ち、育児とダンスを両立。ともに自分の子供を舞台に上げたことがあるというのも共通点で、この2人の活躍はこれから結婚、出産をする女性ダンサーにははげみになっているのではないかと思う。
 「ラストパイ」は2005年7月15日に金森譲率いるNoism05により「Triple Bill」として初演された。残念ながら初演を見られなかったのだが、この作品の元となった黒田育世本人が踊るソロダンス「モニカモニカ」は何度も見たことがある。強烈なリズムを刻む松本じろのギター演奏に合わせて、激しい動きを何度も何度も繰り返していくことで、強い負荷を受けた身体が立ち現れるのを見せていく、という作品だ。
 身体に負荷を与えることでそこから立ち現れる生命のエッジのようなものを見せていくという作品群は2000年代以降のダンス、演劇においてひとつの潮流をなしてきた。この「ラストパイ」は「3年2組」など矢内原美邦のいくつかの作品、多田淳之介の「再生」「RE/PLAY」などとともに代表的な作品だということを今回の再演を観劇して再確認させられた。
 さて、それでは実際の舞台がどうだったのかといえばこれはソロを踊った菅原小春の命を削るような全身全霊をかたむけたダンスには強烈なインパクトがあった。かつてテレビ番組「情熱大陸」で彼女の紹介を見た。その印象ではこのひとはとにかく妥協というものを知らずにダンスに向けて純粋な熱意で飛び込んでいく人なんだなと感じた。そうした意味では自分を追い込んでいくのは彼女のダンスへの取り組みとしてはルーティンだと言ってもよいのだろう。
 だが、いくら妥協をしないといっても普段踊っているような自分の振付作品ではそこに無意識に自分の限界を設けているようなところがあるはずだ。
 黒田の「ラストパイ」はそうした無意識の妥協さえ許容せず、ダンサーをひたすら追い込んでいく作品。この作品における菅原小春はもがき苦しんでいて、スタイリッシュにダンスを切れよく踊れるダンサーというこれまでの彼女のイメージを根底から覆すしている。
 これまで菅原小春が辿り着いたことのない領域だったのではないかと思う。舞台終了後の菅原は何とかカーテンコールには現れたもののふらふらで憔悴しきった様子。いかにこの日の彼女がエネルギーを最後の一滴まで搾り取るかのように全身全霊で踊ったのかというのが伺えた。これを機に菅原がどんなダンス作品を創作していくのかというのが楽しみな舞台でもあった。

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 さて、最初に書いた北村成美だが、アンサンブルの一員として周囲を引っ張っていく役で健在振りを発揮した。このダンスは舞台下手で延々とソロの菅原小春が踊り続けるが、途中から4人のソリスト的なダンサーが出てきて、舞台中央あたりでそれぞれのソロ的なダンスを踊る。さらに中盤以降はBATIKのダンサーらが集団で出てきてこちらは先に出た4人のようにソロの集積ということではなく、群舞として円状の形態を全体として形成しながら、全体として脈動するような動きになっている。実は北村はこのアンサンブルの核をなすような扇の要的な役割を任せられており、ソロではないので一見地味なようではあるが、Noismの初演ではこの部分は井関佐和子が踊ったというから、重要な役割を任せられたといえよう。
 とはいえ、この公演の大きな意義は狭義のコンテンポラリーダンスの外側で活躍してきた優れたダンサーである菅原小春をコンテンポラリーダンスと出会わせたことにあると思う。
観客の一部からこの作品を踊るのにバレエ経験のない菅原小春は作者の黒田や初演の金森譲と比べ、柔軟性やテクニック的な多様性を欠き、不適との指摘を耳にした。私も作品を見始めてからしばらくは動きが意外と直線的なんだなとか、もう少し動きが柔らかいとより映えるのになと思う瞬間はなくはなかった。ところが、この作品においてはそういうことはどうでもいいとまで言えなくても、それほど重要じゃないんだというのが菅原小春の踊りを見続けていると次第に分かってくる。それはある意味、ダンスという形を取った生命の蕩尽といってもいいのだが、踊り続けるということが何度も身体能力の限界にぶち当たり、もがき苦しむなかで立ち現れてくるもの。これこそが黒田自身がいくつもの作品で体現してきたものだし、この作品において菅原が黒田から継承したものなのだ。
 

*1:ちなみに寺田みさこは同バレエ団のプリマである。