下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

異分野のダンスの邂逅。鈴木ユキオ、加賀谷香が主演、黒田育世作品が再演。黒田育世・再演譚「病める舞姫」「春の祭典」@KAAT

黒田育世・再演譚「病める舞姫」「春の祭典」@KAAT

f:id:simokitazawa:20220310210256j:plain

「再演譚」とはいえどちらも初演では黒田育世自らが踊っていた役柄を鈴木ユキオ(「病める舞姫)、加賀谷香(春の祭典)という日本を代表するようなダンサーが担っての再構築となった。
 黒田育世はバレエ(谷桃子バレエ団)出身で伊藤キム率いる「輝く未来」にもダンサーとして所属していた時期があり、「輝く未来」自体は舞踏のカンパニーとはいえないが、間接的とはいえ舞踏との接点も持っている。鈴木ユキオはコンテンポラリーダンスが主としての活動領域だが、室伏鴻のカンパニーに参加していた時期もかなり長く、その身体メソッドの中核をなすのは舞踏的な身体メソッドといえるだろう。
 「病める舞姫」は日本の舞踏の始祖といっていい、土方巽の作品を下敷きにしたソロ作品*1で、未見とはいえ黒田自身による上演は舞踏とはいえないような作品であったと思われるものの振付は黒田によるものをほぼそのまま鈴木ユキオがなぞって再現しているようだが、鈴木の舞踏的な身体メソッドのもとにそれが再現されると土方巽の上演自体を直接の参照項としてはいなくとも、どことなく「土方巽的なるもの」*2の空気感が漂ってくるのが面白い。
 一方、春の祭典はBATIKレパートリーズ「春の祭典」@森下スタジオとして初演された*3ものを見ていて、それを2015年のダンスベストアクト1位に選んでいたのだが、その当時は忙しかったためか観劇レビューなどは残っておらず、1位に選んだことも忘れてしまっていた。人を鳥に例えるということはこの作品以前にもしていたが、グロテスクを持ち味のひとつとする彼女の作品のなかでも親子を描きながらも子供が親鳥を食い尽くしてしまう親を食い尽くす子供の鳥たちをBATIKのダンサー激しい群舞の動きで表現した黒田版「春の祭典」は生死と生き続けていくために神(自然)にささげられる供犠を主題(モチーフ)としたこの作品の中でもその生々しさに圧倒された。
 作品は二部構成で一部は初演では黒田育世自身が踊ったソロから始まるが、今回はこれを加賀谷香が踊った。ひとめ見てかなりのキャリアがあるダンサーだというのは分かり、群舞を担当するBATIKの他のダンサーとは貫禄の違いがあり、親と子というこの作品のモチーフにもよくあった配役。黒田作品は初めてであるかと勘違いしていたが、調べてみると黒田育世『ラストパイ』@草月ホール(2018年)にも出演していたことが分かったのだけれど、その時はその作品でソロを演じた菅原小春が強烈なオーラを発していたことととアンサンブルの要役として、黒田作品にはそれまでなかったような異質感を見せていた北村成美の存在もありいいダンサーだったはずなのに加賀谷香の印象はそれほど強くなかった。
 もっとも、今回の「春の祭典」を見てみて、さらに「1991年よりアルビン・エイリーカンパニー出身のデビッド・ボーエンのもとで、モダンダンス、ジャズダンスを学び、埼玉国際創作舞踊コンクールにて特別賞受賞」などという彼女のキャリアから判断すると、菅原のような生粋のソロダンサーというよりは作品の中でまかされたポジションで力を発揮するタイプの踊り手で、前回はアンサンブルに溶けこんでいたからという事情もあったのかもしれない。
 「春の祭典」はニジンスキーの振付によるバレエ・リュスの上演を筆頭にモーリス・ベジャールピナ・バウシュ*4ら稀代の振付家が取り組んでいる作品。日本では白河直子のソロと宙吊り技法が話題になったH・アール・カオス*5版(大島早紀子振付)などがよく知られているが、今回黒田ではなく加賀谷香が踊り、レパートリー化されたことで今後再演が続けば国内における「春の祭典」上演史においてはカオスの上演と肩を並べるような成果となっていくのではないかと思わせるところがあった。
 コンテンポラリーダンスには振付家本人が自作自演、あるいはメソッドを共有するカンパニーが上演することでの世界観が統一され演じられるという魅力があるのだが、同じ振付で踊ってもそれぞれの踊り手の身体はそれぞれの体験してきたダンス経歴を背負って舞台に立っているようなところもある。冒頭にも書いたが、今回の企画には振付×ダンサーにおいて、バレエ(黒田育世)×舞踏(鈴木ユキオ)とバレエ・舞踏(黒田育世)×モダンダンス(加賀谷香)とそれぞれ異分野のダンスが舞台上で邂逅することで新たな魅力が立ち現れてくるようにも感じた。
 

演出・振付 黒田育世による「再演譚」。黒田育世のソロ作品である「病める舞姫」を鈴木ユキオが挑み加賀谷香をゲストに迎えBATIKダンサーと「春の祭典」との見応えあるダブルビル公演!

演出・振付 黒田育世


<病める舞姫

出演 鈴木ユキオ

春の祭典

出演 加賀谷香、BATIK(大江麻美子、大熊聡美☆、岡田玲奈、片山夏波☆、熊谷理沙、相良知邑★、武田晶帆、政岡由衣子、三田真央★)
☆:10,12日のみ出演
★:11,13日のみ出演