下北沢通信

中西理の下北沢通信

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WI'RE「ホシノナイソラノナイホシ」(Aプロ、Bプロ)

 WI'RE「ホシノナイソラノナイホシ」(Aプロ、Bプロ)(ウイングフィールド)を観劇。
 出演(basic)後藤七重、三好淑子(advanced)帰山玲子、小中太
ウイング再演大博覧會2003の最後を飾るのはWI'REのサカイヒロトが2000年に上演した舞台の再演。キャスト、演出の違うAプロ、Bプロの2本を交互に上演する2本立て公演となっており、この日は初演のオリジナルキャストで初演に準じた演出である後藤七重、三好淑子組(basic)とそれとはまったく趣きを変えた新演出版の帰山玲子、小中太組(advanced)の2本を立て続けに見た。
 初演は見てないのでこの芝居を見たのは今回が初めてだが、これまで見たサカイヒロトの舞台のなかでは一番面白かった。再演の企画などでなぜこの時期にこの作品を再演する必要があるのだろうかと見た後、頭をひねってしまうような企画が多いなかで、この公演は今この公演をやりたいという意味がよく伝わってくる舞台で、集団にとっても有意義な舞台だったのではないか。
 いろんなものが部屋中に散らばっているちょっと乱雑な部屋。幕開きにアキラ(後藤七重、小中太)が部屋に戻ってくると部屋には毛布に丸まった不審な人物が眠っている。侵入者に驚き、襲い掛かるとそれは姉ミョウ(三好淑子、帰山玲子)であった。ずいぶん、長い間会っていなかった姉と妹の再会からはじまるこの芝居はこの後、エキセントリックで我がまま、非常識、自分勝手な姉に勝手に部屋に入り込まれた妹が振り回され、なんとか姉を帰したい妹、帰ろうとしない姉というコメディタッチとも思わせるシチュエーションで進行していく。
 ふたりの会話が進行していくうちにこの2人には猫アレルギーだった姉が2人の幼馴染が飼っていた近所の猫を殺してしまい、そのために妹のアキラがいじめにあって引越しをしなければならかったなどの暗い過去があったことが分かってくる。こうした一種病的な人物が登場するのはサカイらしいところで、こうしたエピソードはブラックな味わいを漂わせていながらもおそらく神戸の連続殺傷事件などの昨今の状況を反映させており、大人計画の「Heaven's Sign」なども彷彿とさせるところがある。
 ところがある瞬間に舞台が暗転して、ふたたび明るくなると状況は一変。どうやらいままでの姉妹の会話というのはアキラがネットの自分のサイトに書き綴っている嘘の日記に書かれていることのようだということが分かってくるからだ。
 ここでこの舞台は一挙にメタシアターへの様相を強め、「舞台上における現実」と「ネット上の虚構」が交互に進行していくのだが、すべて虚構であったはずの姉が昔起こったとされていた猫殺しの罪を責める妹に対し反撃に出るあたりで、虚実の間に引かれていたはずの幕のようなものが壊れ、地と図にきれいに分けられていた構造の境界線が消え、なにが過去に本当に起こったことでなにが虚構なのかの腑分けがあいまいになっていく。
 実はこうした構造は情けないことに違う演出で2度この舞台を見て初めて気がついたこともあって、最初はそこまでははっきりとは分からなかった。どうやら、少なくとも虚構の世界においても姉はだいぶ以前に自殺していて、妹はそこにはいない虚構の存在と木霊のように自問自答しているのだということが分かってくるのだが、ことここにおいては戯曲の構造上地の文に当たると思われていた妹の記述自体もなにが本当に起きたことで、なにが狂気の産物なのかがはっきりしない、「ドグラマグラ」のような精神を病んだ人間による一人称描写のようなものへと変貌していくからだ。
 この辺りが厳密にどうなっているのかについては今回の戯曲をあたってみないとはっきりしたことが言いにくい状況なのだが、この世界が崩壊していくような感覚を舞台で再現してみせたサカイの才気(そしてある意味狂気)には端倪すべかざるものがあると思わされた。
 初演を見てはいないのだが、実ははこのサイト(http://haritora.net/look.cgi?script=1077&full=no)に初演時の戯曲が掲載されていたので目を通してみると初演時の戯曲の台詞と構造を生かしながらも今回の舞台でサカイは相当戯曲を書き換えているようだ。