下北沢通信

中西理の下北沢通信

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デス電所「音速漂流歌劇団」@精華小劇場

デス電所「音速漂流歌劇団(精華小劇場)を観劇。
 デス電所を見るのはずいぶんひさしぶりである。5年前に東京から大阪に引っ越してきた時にデス電所という劇団が面白いというのを複数の人から聞いて、それから数回連続して見た*1のだが、どうも自分にはピンとこないな、というのがあってしばらく見逃していた。最近、またとみに評判が高くなってきているので、ひさびさに出掛けてみることにした。
 すぐに気がついたのは以前から見ると格段に役者の技量がアップしているというか、うまくなっていた*2ことだ。オリジナルの音楽を含め、スピード感に溢れた舞台の展開などセンスのよさを感じさせるところも随所にあって、若干、後半長すぎるんじゃないかと思うところはあったものの十分楽しむことができたし、評判がいいというのもそれなりにうなずけた。
 ただ、ここからはレビューというよりは個人的な感想として聞いてもらいたいのだが、どうも評判を直接聞いているほかの人のように今の段階でデス電所の今回の舞台を手放しで絶賛する気にならないのも確かなのだ。これはもう何回かこの集団の舞台を続けて見てみないと簡単には断言できないのではあるが、舞台はそれなりによく出来てはいるものの、この集団にしかない持ち味という意味ではまだ自らのスタイルを確立したとはいえず、いまだ模索中なのではないかと思ってしまったからだ。
 今回のデス電所の舞台を見ていて気になったのは舞台美術や映像の使い方に代表されるような演出の一部*3において少年王者舘、主題のモチーフの扱い方*4においてクロムモリブデンの影響がかなり、もろにといっていいほど色濃く感じられ、そこのところがまず気になった。この2劇団はどちらも私がかなり以前から継続的に見ていて、非常に高い評価をしている劇団だけに作・演出の竹内佑がやはりこの2劇団(というか、作り手である天野天街青木秀樹)が好きなんだなというのはよく分かるのだが、2人から影響された要素を自分なりに処理しようとして、それが未消化になったために(意図的に真似をしたという風には思わないのだけれど)異質であるテイストの組み合わせが新しい個性を生むというとこまでいかないで、それぞれから影響を受けた要素が生のままで見えてしまう結果になった。
 ただ、実はここまで書いたことには自分でも書きながら矛盾を感じているところはある。デス電所の今回の舞台は少年王者舘クロムモリブデンに似ていると書いたのだが、この2集団は決して似ているわけではない。ということは、おそらく、両方に似ていると思われるのはひとつの独自性(オリジナリティー)であり、そういう劇団は他にあるわけじゃないし、もっと極端なことをいえば多くの人気劇団がそれなりにフォロワーを出しているなかで、少年王者舘クロムモリブデンはそうした追随者を出さない孤高の存在という点でも非常に特殊な存在であり、デス電所にテイストにおいて上記の2劇団との共通する要素を見出すことができるとしたら、それはそれで珍重すべきことではないのか……。
 実はそういう風にも思いながらも、引っかかっているのは以前に見たデス電所の舞台がナイロン100℃大人計画を連想させるところがあったことで、今回の舞台ではそういうところはほとんどなかったのであるが、そのせいもあって、普通以上に舞台のなかの既存の劇団の影響を感じさせられる部分が気になったのだ。
 もっとも、今回の舞台は以前に見たこの劇団の舞台とは相当にテイストが違っていて、正直言ってこれだけを見たのでは今回が偶然そうなのか、あるいはある意図を持って確信犯として今回のようなスタイルに変貌してきているのかが分かりかねるところもあった。
 「自らのスタイルを確立したとはいえず、いまだ模索中なのではないか」と書いたことには肯定的、否定的、2つの意味があって、それだけに今後こうした模索から、ぽこりと全く新しい地平が生まれてくるかもという期待もできなくはないわけだ。
 それゆえ、今回は否定的に読み取れる書き方をしたけれども、この集団は関西演劇界における特異な位置からも以前、注目していかなければいけない気になる存在であるのは間違いない。おそらく、今回こんな印象を持ったのはすでに関西では注目されている集団であるにもかかわらず、既存の舞台と似た要素が目に付くことがなくなるほどの表現としての強度をこの集団が出し切れてないことへの物足りなさがあったからかもしれない。次回公演はどうなのかを期待して待ちたい。

*1:『ジャパン』 @ ウイングフィールド、『WORLDS END SAYONARA』 @ 芸術創造館、『輪廻は斬りつける』 @ 神戸アートビレッジセンター

*2:以前見た印象では演出は台詞の間とかを普通とはちょっとずれた形で設定して、ある種の異化効果や笑いに結び付けようとしているようにみえるのに出演者の技量がともなわずそこからまた微妙にずれるので、非常に聞いていて気持ちの悪いものになっていた

*3:目に付くものだけを挙げても、舞台装置の扉が突然開いてそこに映像がノイズ音とともに映し出される。文字盤を使っての言葉遊び。同じ台詞が無限ループしていく場面。時間の流れが戻って同じシーンが繰り返される場面、など

*4:オタクカルチャーへの傾注。サイコ犯、少年犯罪へのこだわり、など