下北沢通信

中西理の下北沢通信

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天才なのかアホなのか

きたまりのアンヴィヴァレンツな魅力について

 関西で今もっとも注目すべき若手コリオグラファーの名前を挙げろ、といわれたら、まずなんといってもきたまり=写真右=の名前を挙げざるををえない。それぐらいここ最近の彼女の活躍は際立っている。2005年には京都造形芸術大に在学中の彼女がソロダンサーとしてJCDNの巡回ダンス企画「踊りに行くぜ!!」に参加。2006年は大学を卒業したばかりの史上最年少で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD2006」*1のファイナリストに選定されたのもまだ記憶に新しい。今年も今度はカンパニーのKIKIKIKIKIKIとして「踊りに行くぜ!!」に参加、松山・福岡・茅ヶ崎・広島の全国4都市で公演。9月28−30日には劇研アトリエで初の単独公演で新作「おめでとう」を上演する。今回はそんな彼女の魅力の秘密に迫ってみたい。
それは勘違いからはじまった
 「社会奉仕がしたくて『精華小劇場コトハジメ』という企画のボランティアスタッフ募集というのに応募してみたんです」というのが、「ダンスと出会ったきっかけは」という質問に対するきたまりの返答だ。「意外と遅いんだな」というのが最初の印象。女性のダンサー・振付家の場合、幼少のころからバレエやモダンダンスを習っていてという例が多いので「そうじゃないんだ」というのがまず考えたこと。だが、すぐに気がついた。「社会奉仕がしたくて」ってなんなのだ?
 そうだ。勘違いなのだ(笑い)。ボランティアスタッフ募集をボランティア(社会奉仕)活動のためのスタッフ募集の張り紙と勘違いしていたのである。それでも私も大人。それにはつっこむことなく、あえて気づかぬふりを装い、よくある(こともないか)勘違いと「なぜボランティアに応募したの」と聞いてみた。すると今度はその答えにまったく違う意味で驚かされた。「ネパールに旅行に行って、それで人になにかいいことをしたいと思った」というからだ。
 「ネパールだって?」。意外な展開に驚嘆。再び聞くと「当時はミレニアム(2000年期)が始まる、といろんなところで騒いでいた頃。『ミレニアムの初め(新年)を特別な感じで過ごしたい』『とりあえずどこかに行きたい』と
思い、中学の時の同級生と女の子二人で『ネパールに行こう』ということになったのだ」という。ダンスとの出会いに行き着く前にこの子はいったいどこに連れていくのか。当時まりは服飾の専門学校に通ってたとはいえ、16歳。高校二年生ぐらいだったはずだ。確かに平田オリザも16歳の時に世界一周自転車旅行に出掛けているが、それは例外的な存在(笑い)。「なんかしらんがとんでもないやつかもしらん」。私の脳裏に戦慄が走った。
 もっともそれとともに「ボランティア違い」とも合わせて「この子は本当に大丈夫なのか」の疑問も。それが心のなかに渦巻きながらも次の意外にも真面目な答えには少し感心させられてしまう。この時のネパール行きでは年末年始にかけて二週間ぐらいカトマンズとポカラなどに滞在し、ポーターとガイドの人と一緒にトレッキングして、そのうち一週間は5000mぐらいの高い山にもいったのだが、「その時には現地の人たちだけではなくて、韓国人などいろんな国の人とも一緒で現地にはものごいも多いし、生活環境も境遇も日本とはまったく違う国がこの世界にはあるんだと知ってショックを受けた」というのだ。
 実は当時の彼女は「通っていた服飾専門学校でのファッションの勉強に入学して三カ月ぐらいで興味を持てなくなり、やる気を失いつつあった」という。それがネパールでショックを受けて、「なにかしなくちゃいけない」と思い、それが冒頭の「社会奉仕がしたくて……」の発言につながったわけだ。だがその時点ではもちろん「ダンスをやろうなんてことはこれっぽっちも考えていなかった」。
 未知との遭遇
 ダンスには「全然興味がなかった」というまりだが、勘違いで参加したとはいえ、居心地は悪くなかったようだ。『精華小劇場コトハジメ』で先輩となったスタッフに誘われ、当時、TORII HALLに拠点を置いていた「DANCE BOX」のボランティアスタッフとして、その手伝いをするようになる。後にDANCE BOXのプロデューサー、大谷燠のカンパニー「千日前青空ダンス倶楽部」にダンサーとして参加しているため大谷の直系の弟子と思われており、もちらんそれは間違いではない。ただ、まり自身はダンスと出会ったことに関していえば「BODYSCAPEという企画で由良部正美さんを見て、すごく嬉しかったのがきっかけ」という。実は彼女は服飾に学校に自分の趣味で頭を坊主姿にした仏教僧のイラストをたくさん描いていたのだが「そこでは自分が描いたものがそのまま立体的になって動いているみたいだった」からで、その印象が強烈だったことから、すぐに由良部のワークショップを受けるようになる。これが最初のダンスとの出会いであった。
 それまで、クラブとライブ通いにはまっていたサブカル系少女が思わぬものと出会いそこから彼女のダンス遍歴がはじまる。当時のまりは17歳。スタッフの中ではもちろん最年少だ。その後、当時、精華小学校でやられていたワークショップを次から次にへと受けることになる。「竹の内淳のワークショップでは身体を動かすのもいいなと思うようになり、続けて後に京都造形大学でも教えをこうことになる山田せつ子、そして京都の花嵐のワークショップも受けた」と語る。つまり、山田せつ子にも大学以前から関係は持っていたわけだ。
 これらのワークショップは自分から受けたものだが、千日前青空ダンス倶楽部は「大谷さんのボランティアスタッフ向けのワークショップというのがあって状況が分からないままずっと受けていた。そしたらいつの間にか別に自分で希望したわけじゃないのにお前もメンバーだということにいつの間にかなっていた」と笑う。しかし、千日前に入ったことはやはり彼女にとってはいろんな意味で大きかった。
 「デビューはびわ湖夏のフェスティバルだったのだが、その後、10月に京都造形芸術大学の大階段で踊るということがあり、その時にこの大学に舞台芸術コースがあることも知り、ぜひ入りたいと思い急いで願書を書いた」。そしてこの大学に入ったことはコリオグラファーになるということに関しては大きかったようだ。まりの場合、千日前青空ダンス倶楽部では妹分的な存在で群舞よりもソロを振り当てられることが多く、「人の稽古を見ている時間が多くて、それで自然と自分が踊るだけではなく、人に振り付けたくなった」。しかし、そうは思ってもまりの若さではそういうチャンスを与えられることは少ないが京都造形芸術大学には学生が自らの手で作品を実際に創作する機会が数多く与えられるカリキュラムになっており「そういう現場を実際に与えられたのが大きかった」と強調する。
 舞踏の天才少女?
 ダンスのジャンルのなかで舞踏はほかのダンスジャンルとは異なり、それほど年少のころから経験を積んでいる例は少ない。きたまりの場合、幼少とまではいわないが、16歳ぐらいで舞踏と出会い、ワークショップを通じてそれを若い時から実践してきた。しかも、通常は舞踏はひとつのメソッドにかかわるカンパニーに入団してしまったらほかの経験はあまりできないのが普通なのに「千日前青空ダンス倶楽部」という海外公演も行うカンパニーに所属してその振付を受けながら、大学やワークショップではほかの系列の振付家の指導*2も受ける。いわば傍からみると舞踏版「虎の穴」のような英才教育を受けた特異な経歴を持っている。
 「確かにほとんど舞踏しか訓練していないし、そう言われるのは分かるが、最初は舞踏という言葉も知らなかったし、今でも舞踏ということはあまり意識していない」と言う。しかし、「身体の作り方を教えられたのは由良部さんだし、大谷さんにはどういう風に見せていくのか、その見せ方を教えられた。大谷さんの振りつける身体の形が好き。みかけはすごく重要。みかけのよって、身体の形で違うだけで舞台の印象が全然違うのが臣白い」と話す。舞踏というある意味巨大な存在とどのように対峙していくのかというのは今はまだそういう意識はあまりないようで、今後の課題ということになるのであろう。
 身体に関しては「できたら今まで見たことがないものが見たい」ときたまり。これは実はダンスを始めるずっと前からそうで、「昔から、3カ月ぐらいストリート系のファッションで通したら次は全然違うものといろんなファッションを身に着けるのが好きだった」と振り返る。特に奇抜な格好が好きで当時周囲でエンジェラーと呼ばれていた「卓矢エンジェル」というブランドに嵌っていた。それで服飾の学校に入ったのだが、入ってみて気がついたのは自分で装うのは好きだったが、服自体を作るのが好きなわけではなかったこと。
 ただ、基本的な好みは今でもあって「自分にとってダンサーに振りつけるのはデザインみたいなもの。身体を使ってするデザインだと思っている」「ダンサーの身体のありようによってそれぞれのリアリティーが異なる。私の振付にユニゾンが少ないのは身体のあり方がそれぞれ違うダンサーを(既製服のように)同じ振付にはできないからだ」と自らの振付論を展開する。まりによれば「作品をつくる作業を実際に現場で始める前に作品についての大枠のイメージはあるけれど、それは3割程度。ダンサーの身体を見ながら作っていくのが半分以上となる」。
 「その意味ではダンサーの人選は大事。ダンサーはテクニックとかではなく、顔と身体の見かけが実際に変わっているダンサーが好き」「見ていて本人は普通に踊っているつもりなんだけれど、どこかゆがんでいるような形で好き」なのだと打ち明ける。
個人が見えるものを


 最後に自分の作品についての簡単な解説ならびに紹介をしてもらった。まずはトヨタにも選ばれ、その改訂版が「踊りにいくぜ!!」でも今後上演されることになつている「サカリバ」。これはまりによれば「最初に作った時にはなかば勢いで作ったが、再演の時になって初めてどういうものを作りたいのかがはっきりしてきた」という。それは「振付をしたり作品にした時にダンサーが個人として見えるものが作りたい」ということでそれは最初はそれほど明確ではなかったのが再演を繰り返すうちにはっきりしてきた。「描きたいのは人と人とのつながりだ」という。
 デビュー作ともいえる「女の子と男の子」*3では私の中に最初から絵があってそれを立体にしてみせた。今から考えるとこれは自分のなかにあるものしかなく、個々のパフォーマーの持っていた個人の可能性を掘り起こすということはできていなかった」と反省する。

 それゆえ今後予定している「サカリバ」の再演では「ダンサーが入れ替わったのが大きく、同じところでも違う身体があれば違う風に見えるはず」。音楽をオリジナルなものとしてまったく変えてしまったとうのも大きくて、(ワーク・イン・プログレスなどで)今までの作品と切り離してもいいと主催者側から言われたので、「これは同じベッドと花などは出てくるけれど実質は限りなく新作に近い」と断言する。
 一方、新作の「おめでとう」は「単純に言えば最初は喜びに満ち溢れたダンスを作りたいというのがあった」。祝いの場というシチュエーションでは以前に結婚というモチーフをやった「プロポーズ」という作品*4を作ったけれど「今度は結婚というリアリティーが私の中でそれほどなくなっているため、もう少し広がりのあるのがいいと思った」という。表題である「おめでとう」という言葉。「子供が産まれたり、入学したり、卒業したり。節目、それまでの生活に終止符を打つ。ポジティブな言葉のようだけれど、一瞬。その一瞬に一緒を投げかけてしまう残酷さもあってそれが面白いと思いたった」。「これまでKIKIKIKIKIKIの公演では男性のダンサーを入れることはなかった。男性と女性では身体も筋肉も違うし、それが面白い」「最近ではKIKIKIKIKIKIというカンパニーのあり方についていろんな身体と出会いたいという気持ちが強くなっていて、今回、男性のダンサーをいれたのはそういうこともある。女性カンパニーを作りたいわけではない」と言い切る。そういう新展開も含めて今後どんな作品が登場するか楽しみだ。
 個人的にも今後は多忙なスケジュールが続きそう。11月、12月にはダンサーとして韓国に渡り韓国人振付家の作品を踊るほか、来年4月には京都造形芸術大学のOB劇団である木ノ下歌舞伎に参加してきたまり版の「娘道成寺」の振付・演出も予定している。今後も彼女の活動には目が離せない。 
  

 
  
 
  

ダンサー・振付家・演出家・KIKIKIKIKIKI主宰 1983年生まれ。舞踏家・由良部正美の元で踊り始めた後、2001年から05年まで「千日前青空ダンス倶楽部」のダンサー(芸名・すずめ)として国内外の公演に参加。 大学在学中の 03年カンパニー「KIKIKIKIKIKI」を設立。以後すべての作品で構成・演出・振付を手がける。06年京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科卒業。 同年に「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD2006」ファイナリストとしてノミネート、「THE KING OF DANCERS2006」に出場・即興ソロダンスで優勝。
http://www.kitamari.com/

公演予定
京都芸術センター制作支援事業/アトリエ劇研協力公演
KIKIKIKIKIKI新作ダンス公演
『おめでとう』
振付・演出
きたまり
出演
花本ゆか 佐藤侑里 住友星未
京極朋彦 竹内英明 きたまり
スタッフ
照明/高原文江 音響/土井新二朗 美術/黒田政秀 衣装/園部典子
舞台監督/川島玲子 制作/斎藤努 楽曲提供/Pao
日時(2007年)
9月27日(金)19:00
9月28日(土)15:00/19:00
9月29日(日)15:00
会場
アトリエ劇研
チケット料金
前売 2,000円/当日 2,500円(日時指定・全席自由)
チケット取扱い
◎京都芸術センターチケット窓口(10時〜20時)直接販売のみ
◎JCDNダンスリザーブ http://dance.jcdn.org
◎KIKIKIKIKIKIウェブサイト【→予約ページへ】
お問い合わせ
E-mail:ki6@kitamari.com
TEL:090-1969-0827

JCDN巡回公演「踊りに行くぜ!! vol.8」http://www.jcdn.org/odoriniikuze/07/
松山(10月2、3日)、福岡(10月7日)、茅ヶ崎(11月10日)、広島(11月17、18日)に参加。

「サカリバ007」
 
振付・演出:きたまり
出演:野渕杏子、花本ゆか、山上恵理、きたまり
音楽:,G  美術:黒田政秀  衣装:園部典子
京都芸術センター制作支援事業

作品コメント  
ここにいる。ここで起こる開放的な時間、ここで流れる閉鎖的な時間、破裂するほどの感情や氾濫する情報の渦の中、あさましくここにいる。

プロフィール
03年に京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中のきたまりを中心に活動開始。以後ダンサー個々の特異な身体フォルムから湧き上がる独自の身体言語の世界観を追求し、実験的に作品の上演を重ねる。06年大学卒業を期にカンパニーとして本格始動。『サカリバ』(初演:04年)にて、主宰きたまりが06年「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD」ファイナリストとなる。同作にて07年KDP参加、新ダンサーと音楽に,G(カマジー)を迎え刺激たっぷり生まれ変わり、再デビュー致します。<京都ダンスプロダクション(KDP)選出>


(文責・中西理)

*1:TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD2006の感想http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060729

*2:大谷燠は元北方舞踏派で土方巽直系、由良部正美は東方舞踏会(白虎社)、京都造形芸術大学では山田せつ子は笠井叡、岩下徹は山海塾である

*3:「改訂版 女の子と男の子」のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20040405

*4:「プロポーズ」のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20051224