下北沢通信

中西理の下北沢通信

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燐光群「スタッフ・ハプンズ」@ウイングフィールド

燐光群「スタッフ・ハプンズ」(ウイングフィールド)を観劇。
 英国の劇作家、デイヴィッド・ヘアーの戯曲「STUFF HAPPENS」(英National Theatre2004年初演)を燐光群坂手洋二が演出。これがドキュメンタリー演劇っていうことなの? 確かにテキストは事実にもとずいているかもしれないが、ラムズフェルド、チェイニー=悪の権化、コリン・パウエル=善意の人、トニー・ブレア=アホというステレオタイプな構図が見えみえであまりにも事実関係を単純化しすぎてるんじゃないの。ドキュメントってそういうことじゃないだろうと思った。
 この舞台にはジョージ・W・ブッシュ、ブレア、シラクら当時の各国首脳が実名で登場して、演説など公的に知られている発言についてはその時にした発言のままが舞台上で再現される。「イラク戦争は、なぜ起きたか。2003年夏、大量破壊兵器は見つからなかった。ワシントン、ヨーロッパ、国連で、各国首脳の思惑が交錯する。真実は、誰の手にあるのか。「大義なき開戦」の裏面を明らかにする、鮮烈のポリティカル・フィクション」というのが劇団サイトに掲載されていた売り文句なのだけれど、よくも悪くもそれだけって感じなのだ。見ていてイラク戦争当時の時系列の復習にはなったけれど、この程度のことはなにも舞台にしなくてもテレビ番組でもできるでしょと思い、がっかりさせられた。
 面白いところはないではないが、それはむしろ、当時の英国のリベラルがどういう風にイラク問題を見ていたのかということが分かるということだ。だが、それはなにも演劇じゃなくてもと思うのだ。そういうところは同じ燐光群が上演したドキュメント演劇の傑作だった「CRV」に比べたら、足元にもおよばないところだ。やはり、ドキュメント演劇というのは声高に主張するのではなく、事実をして語らしめるというところがないとと思う。
 もっとも立場は全然違うけれどマイケル・ムーア監督の「華氏911」なんかを見た時にも同じようなことを感じた。アングロサクソンの国の共通の単純な分かりやすさ好みってあるのかもしれない。少なくとも、よくも悪くもドイツ人、フランス人はドキュメンタリーをこんな風に作らないことは確かだと思う。 
 もっとも、見ていてちょっと思ったのはこれだけブレアを虚仮にしていることから考えて、ひょっとしてこれはドキュメント演劇などではなくて、政治風刺コメディ、それなのに真面目な坂手洋二が勘違いしたから、こんな風になってしまったのだろうかということ。それだったら、モンティパイソンに代表されるようにブラックなコメディが好きな国だからと一瞬納得しかけたのだが、現地でどんな風に上演されていたかが気になって少しネットを調べてこんなレビュー*1を見つけたので読んでみる限り、どうもそうじゃないみたいだ。それを考えた時にはまさかNational Theatreで初演だとは思ってなかったのだが、National Theatreではさすがにそれはないだろうと私も思う。
 ただ、National Theatreでの上演だというのを聞いて「えっ」と思ったこともないではない。日英の国情の違いにもなるし、向こうの制度上のことも分からないから勘違いもあるかもしれないが、National Theatreといえば日本に置き換えれば新国立劇場みたいなものだろう。日本で小泉純一郎首相をこれだけ虚仮にした芝居を新国立劇場が上演することって果たしてありえるだろうか。小泉本人がなにも言わなかったとしても、周りがおもんばかって*2、この舞台のようにすべての登場人物が実名で登場するような舞台自体が上演されることもありえないだろうと思う。
 もうひとつ興味を抱いたのはブレアは果たしてこの舞台を見たんだろうかってこと。英国で例えばこの舞台自体をブレアが直接批判したりすればそれこそ上演してる方にとっては「飛んで火にいる夏の虫」だし、私はどうせそういう人間ですって自ら宣言したも同然だから、それはできないことだと思うけれど*3、まあ見にはこなかったろうなと思う。この舞台を見に来て、それを冷静に笑いとばせるような人間であればこんなことになってなかった気がするし、百歩ゆずって、それは国際政治の世界の問題だから選択の余地がなく仕方ないにしても、少なくともそれぐらいに度量のある人間だと国民に思われていたら、こんな芝居を書かれたりはしてないだろう(笑い)。歴史上の人物だが、これがチャーチルだったら、わざわざ見にきたうえでなにかしゃれの利いた活字になるようなコメントを残して、逆にイメージアップを計るぐらいのことをしそうだ。さて、我らの小泉純一郎はどうか。チャーチルとは全然違う意味でだが、あの人の場合はもし新国立劇場で小泉が実名で登場して虚仮にされている芝居がヒットし話題になってると仮定すればあの人は絶対にそういう好機は逃さずにやって来ると思う。それで男があがるかどうかは別にして(笑い)。

*1:http://www.playnote.net/archives/000249.html

*2:いわゆる自粛というやつですね

*3:少なくともこの舞台に関しては密室での会話は別にして公的な発言はすべて現実の再現というのは名誉毀損の訴訟になりうることも一応念頭に置いているかもしれない