下北沢通信

中西理の下北沢通信

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有安杏果ソロライブ「ココロノセンリツ 〜Feel a heartbeat〜 Vol.1」@大阪・オリックス劇場

 アイドルグループ、ももいろクローバーZのメンバーである有安杏果のソロライブ3都市ツアーでこの日は愛知に次ぐ大阪の2日目。ツアーでは全5ステージのうち4ステージ目となり、後は東京国際フォーラムでのツアーファイナルを残すのみとなる。ツアーだとネタばれを気にする人がいるが、私はミステリ劇やシベリア少女鉄道のような仕掛けの内容がわかってしまうものについては配慮するが、観劇やライブのレポートにそういう配慮は不必要だと考えている。配慮していると中身に踏み込んだ分析ができないし、そういうことに必要以上に配慮して表面をなぞったような隔靴掻痒の文章を書いても意味がないと考えているからだ(なので以下ネタばれをきにする人は読まないでほしい)
ライブはトータルでよかったがアンコール、緊張感から解き放たれて自由に音楽を楽しむ境地になった時、彼女がどんなパフォーマンスを展開できるのか分かったのが最大の収穫だ。まだ可能性の一部を見せただけな気がするがそれでもその自在なパフォ力に戦慄した。
→(以下ネタばれあり)







 自分の幼少期からのさまざまな体験に焦点を当てて、これまでを振り返っての総括を主題とした有安杏果ソロライブ「ココロノセンリツ 〜Feel a heartbeat〜 Vol.0」「ココロノセンリツ 〜Feel a heartbeat〜 Vol.0・5」に対して今回の「vol.1」は文字通りに「いま・ここ」での杏果の心情を歌とダンスと演奏でファンというか劇場にやってきたオーディエンスに伝えようという内容で、文字通りに杏果のここからが本当のスタートだという気概が感じられるライブだった。まず、最大の特徴はセットリストを参照してもらえば分かるとおりにこのツアーが完全に初披露である新曲4曲を含め、自分のソロ曲を除けばももクロ曲もフォーク村などで手掛けてきたようなカバー曲もすべて排除し、すべてを自分のソロ曲で固めたライブとしたことだ。
 そのことは以前からそういうこだわりを明らかにしていたから予想はされていたものの、これまでのソロコンで鉄板だった「ゴリラパンチ」のセルフカバーやコール&リスポンスが最高に盛り上がる「To Be With You」のような曲もセットリストから外れていたのにはファンの間にも「もっと盛り上がりたかった」という声も聞かれるなど賛否両論があったようだ。私個人としては杏果の強い意志は感じ取れるから「ももクロ曲やらない」は理解できるものの、カバー曲についてはストイックすぎないかと思った。ビートルズだってカバー曲も歌っていて、しかもそれをレコーディングしたりと、あたかもオリジナルのように歌っている。だから、そこまで完全オリジナル曲にこだわらなくてもいいのではないかと思っているのだが、楽曲製作を手掛けるようになった時から「すべてオリジナル」というのはひとつの到達点としてこだわりがあり、今回はこれが必要だったのであろう。
今回のライブの目玉のひとつはドラムだけではなくて、杏果がさまざまな楽器の演奏に挑戦したこと。なかでもびっくりさせられたのはライブ冒頭、1曲目がピアノソロの弾き語りでいきなり長い間、杏果の代名詞的な曲でもあり、ライブの終盤に歌われるのが定番だった「ありがとうのプレゼント(ありプレ)」を1曲目に持ってきて、歌ったことだ。幼少の時からピアノを習っていたという詩織とは違い、杏果の場合はこのライブのために初めて弾くのを練習し、わずか1年ぐらいの経験ということもあり、ピアノ演奏自体はまだまだ稚拙さを感じさせる部分もあったし、本人の緊張感も伝わってきて、会場全体が固唾を呑んで見守るという感じだった。ただ、本人が弾くピアノだけというアレンジは今まで何度となく歌われたこの歌にこれまでとは違う新たな魅力を付け加え、新鮮さがあったかもしれない。さらに言えばこの時は分かっていなかったのだが、ライブを最後まで見るとこの歌をここに置いたもうひとつの狙いも浮かび上がってきて、「そうだったのか」と思わず膝をうったのである。
 2曲目は「実は最初に作った歌」という「ハムスター」。そして次の「feel a heartbeat」では今度はエレキギターの演奏を見せてくれた。こちらはまだ稚拙だったピアノ演奏と比べ、フォーク村などでの経験が生かされていて堂々たる演奏ぶりだ。
 続いて今回4曲新たに発表する予定の新曲のうち最初の1曲との紹介で、風味堂提供の「遠吠え」が披露された。この曲では歌う時の表情ひとつとってもこれまでにない大人っぽい杏果が見られる。演出的にも赤いライトの照明で正面から杏果を照らしだしクールでスタイリッシュな感覚を醸し出す。こういうのはももクロのパフォーマンスではちょっとないパフォーマンスのあり方で、世代的に私は中森明菜工藤静香を思い出したのだが、杏果の表現の幅がここまで広がってきたことを頼もしく感じた。
 ドラム演奏はもはや杏果の武器のひとつだから、どこかで演奏が入ることは予想していたが、それが在日ファンクの提供曲である「教育」であったのにも驚いた。ドラム演奏の技術的ハードルとしては相当高い難曲といってもいいと思うのだが、ドラムに関してはもはやまったく危なげがない。オリジナル曲はソロコン以外では披露しないという杏果だが、これはももクロ曲といってもいいし、ももクロのライブやフォーク村でも演奏してほしい。というか演奏し続ければ杏果のそしてももクロの凄さが分かりやすく届く1曲になるんじゃないかと思った。
 次の「Drive Drive」はタオル回し曲でもこの2曲で盛り上がるブロックをまず作り、次の新曲に繋いでいく。こうした曲と曲のつなぎ方がこのライブはよく考えらぬかれていて、さらに1曲1曲のアレンジにも曲の入り方、つながり方も含めて細かな工夫が重ねられている。ライブというと次々にとにかく曲を歌っていけばいいんだろうという作り方のライブが多い中で、この後、舞台の後半に多用される映像(写真)やアニメーションを含め「作品としてのライブコンサート」を杏果が強いこだわりを持っているのはももクロでの経験もあるだろうが、それ以上に1枚1枚の写真をただ見せるというだけではなく、どういう順番で何を取り上げ全体を構成していくのかという大学の写真学科で学んだのであろう写真の思考法が影響を与えているのかもしれない。この日もロビーに展示してあった卒業制作の写真作品の表題も「心の旋律」*1だったのではないか。1枚1枚、1曲1曲をと構成要素は違っても作品作りという意味では杏果にとってはライブも写真展示も同じなのかもしれない。
新曲の2曲「ヒカリの声」「色えんぴつ」は一見希望に満ちて明るい曲調の「ヒカリ〜」と内省的で暗い感じがある「色えんぴつ」は対照的ではあるが、ともに赤裸々に「いま」のそして「これまで」の杏果の心情を吐露するような歌詞で自ら意味づけた今回のライブのテーマである「成長」を象徴するような曲ということもいえる。いずれにせよももクロの曲にはこれまでなかったような私的な心境を綴ったものでもあり、
杏果がソロ活動の柱として曲づくりにも積極的に取り組むのはこういうももクロではできなかったことをやりたいとの思いが強いのかもしれない。特に「色えんぴつ」には歌と一緒に曲に合わせて製作したと思われるオリジナルのアニメーションもついていて、アニメを製作したアーティストが誰なのかは分からないが、アーティストが曲のイメージで自由に製作したというようなものではなく、おそらくひょっとしたらイメージを伝えるのに絵コンテのようなものさえ書いたかもしれないと思ったほど、アニメと曲でひとつの作品と言ってもいいほどの完成度の高さとなっていて、これをそのままNHKの「みんなの歌」とかで流してもらいたいと思ったほどの出来栄えだった。
 「裸」「小さな勇気」という既存曲もより丁寧に歌を伝えようとしており成長を感じた。再び驚かされたのは「ペダル」をアコースティックギター1本での弾き語りで披露したことだが、それに合わせて曲調もアレンジしたのか歌い方をそれまでの音源や過去のソロコンとはまるで変えていたこと。歌い方に関していえばそれまで歌い方をボイストレーナーが全面的に指導していてそれに従って歌っていたのを新曲については自分で歌い方を決めたと当日パンフに書いていたので、新曲ではないけれどこの曲も歌い方を自分で変えたのかも知れない。ただ、少し気になったのはギター1本の弾き語りだったせいか歌い方がボブ・ディランジョーン・バエズを思わせるフォーク調だったことだ。それはまあいいのだが、もっと気に掛かったのは「ペダル」は本間昭光編曲の曲。本間さんはももクロに取って恩人のひとりなので大事にしなくちゃいけない人だと思うのだが、まだ音源さえ発売されていないのに別アレンジでライブをしてしまうのはどうなんだろうと老婆心から思ってしまったが、ライブの完成度を高めていくという目的の前にそういうことは杏果にとってはどうでもいいのかもしれないとこんなところからも彼女の作品としてのライブへの思い入れの強さを感じたのだった。
ここからの3曲は「TRAVEL FANTASISTA(新曲)」「Catch Up」「愛されたくて」と軽快な曲想の歌が続き、盛り上がりのなかで本編のクライマックスに雪崩れ込んでいくが、特に注目したのはOfficial髭男dismの提供曲である「TRAVEL FANTASISTA」であろう。Official髭男dismといういかついバンド名ではあるが、一言で言ってこのバンドの作る楽曲は洒落ていてポップだ。方向性は違うのだけれどもvol.0で「Drive Drive」を提供した[Alexandros]といい、このOfficial髭男dismといい杏果の好む音楽性が少し分かる気がした。自らが手がける楽曲については当日パンフに「一般受けして売れる曲もポップな曲も書けない」というような内容のことを書いていたのだが、「好きな音楽のタイプ」については前にラジオ番組で「私が真夜中に聴く曲」という主題で選曲していたように洗練された音楽性の男性バンドが好きなようだし、今振り返ってみれば「コーヒーとシロップ/Official髭男dism」もその中に入っていた。

選曲テーマ:私が真夜中に聴く曲
M1:洗面所/aiko
M2:ABCDC/クリープハイプ
M3:残月/→Pia-no-jaC←
M4:CANDY/Mr Children
M5:有心論RADWIMPS
M6:ストレンジカメレオン/the pillows
M7:C.h.a.o.s.m.y.t.h./ONE OK ROCK
M8:コーヒーとシロップ/Official髭男dism


コーヒーとシロップ/Official髭男dism 
「TRAVEL FANTASISTA」は今回の新曲4曲のうち1曲だけMVも製作して発売するとしたこの曲になるだろうというつい口ずさみたくなるようないい曲で、音源もきちんと公開して配信とはいわずシングルで発売してほしいほどだが、これも気になったのはやはりパンフの中にこの曲の音源を製作した際のエピソードを喜々とした口調で書いているのだが、その中でやはりライブ用に原曲を録音したけれど音源を販売する予定はないのだけれどとわざわざ断って書いていることだ。この曲は音源があるのだし、ライブで使ったアニメーションもあるので、MVを公開しようと思えばすぐにでもできるはずなのだ。杏果にはぜひ一刻も早くソロのフルアルバムを発売してもらいたい。ツアーの途中なため発表できないだけと思いたいのだが、「ココロノセンリツ」以外では一切ソロ曲をやらないという杏果を誰か説得できないんだろうかと思ってしまうのだ。

 さて今回のライブでは本編が終わった後、アンコールで3曲やったのだが、その2曲目が実は遅れて出てきた今回のメインディッシュとでもいうべきメドレー。本編でこの日に歌った楽曲をセットリストの逆の順番で次々と歌っていくのだが、単に順番が逆というだけではなく、本編で歌ったのとはまったく違うアレンジを入れてきている。実は本編では楽曲の作品性を重視して磨き上げたような仕上がりを求めたり、様々な楽器の演奏もした関係もあって「ペダル」「ありがとうのプレゼント」など通常のアレンジとは大きく変更した歌い方をした楽曲も多かった。このアンコールメドレーではライブ性を生かしたアレンジでシンガーとしての杏果を前面に出し、リラックスして音楽を楽しむ境地にある時のこの人の輝きの凄みを見せつけた。そしてこの逆セトリのミソはその順番に歌っていくと最後にあの「ありがとうのプレゼント」があることなのだ。1曲目で「ありプレ」が披露された時にはピアノ演奏初披露という驚きはあっても「え、この曲最初にやっちゃうの」という喉にささった棘のような感覚をファンなら持ったと思うが、そんな不満もここで完全に解消されて心置きなく彼女に万雷の拍手をという気持ちになったろう。

 そして、最後の最後に披露されたのが「心の旋律」だが、ここで有安杏果は今回のソロコンのフィナーレを飾るとともに今後の彼女の表現活動に向けての次の第一歩を見せてくれた。自分自身で撮った写真作品がスライドで披露され、それに合わせて歌を歌ったのだが、2つのスクリーンに映し出された写真は撮影だけではなくて、写真と一緒に提示されたテキストも含めて彼女が自分で細部まで構成したものでこれこそがロビーに展示されていた写真作品の別バージョンというか曲+写真で構成された1つの作品だったといってよかった。LVはやらないと彼女が強調していたのはこれがあるからではないかと思った。「アイドルではなくアーティストだ」などということがよく言われるが、ライブコンサートをアート作品として構成しようとしたという意味で今回の有安杏果は「アーティスト」だったといってもいいが、その前には「ライブシンガー」としての凄みも見せつけたし、「アイドル」としてどうなのかと言われればそれはもちろん……。
(完)

セットリスト
M1:ありがとうのプレゼント*2
M2:ハムスター
M3:feel a heartbeat*3
M4:遠吠え(新曲、風味堂提供)
M5:教育*4
M6:Drive Drive
M7:ヒカリの声(新曲)
M8:色えんぴつ(新曲)
M9:裸
M10:小さな勇気
M11:ペダル
M12:TRAVEL FANTASISTA(新曲)
M13:Catch Up
M14:愛されたくて
本編終了
アンコール
EN1:Another story
EN2:セトリ逆メドレー
EN3:心の旋律
挨拶