劇団チョコレートケーキ「つきかげ」@駅前劇場
今年6月に上演したばかりの「白い山」*1に続く歌人斎藤茂吉の評伝劇第二弾である。本公演で配布された斎藤茂吉関連年表によれば「白い山」では昭和20年から21年にかけて、疎開先であった山形県金瓶から大石田に移住し、故郷の山河を詠み歌人としての新境地をつかむ直前が描かれたが、「つきかげ」で描かれるのはそれから数年を経た昭和25年の出来事だ。
新宿大京町に病院兼自宅を新築するが、引っ越し寸前に茂吉が脳出血で倒れ、引っ越しの予定を中断した前後の出来事が描かれる。実際に心臓喘息のため新宿区大京町の自宅で茂吉が亡くなるのは1953年(昭和28年)2月25日であり、約3年の猶予があるわけだが、この作品の主題がだれもがいつかは迎える老いと死を巡るあれこれであることは間違いないだろう。
実は斎藤茂吉関連年表にも「『つきかげ』での年表でありフィクションです」ともあり、この物語がかならずしも史実に忠実なわけではないということが触れられているのだが、物語設定上大きなもののひとつはこの物語の後半では後に作家、北杜夫として活躍することになる次男、宗吉が水産庁の漁場調査船の船医となり、渡欧するエピソードが語られ、ここでは茂吉のこれから人生をスタートさせ、時間がある息子、娘たちがうらやましいとの言葉が語られ、ここではいずれを有名な著作家となる斎藤茂太、北杜夫の兄弟と人生の晩年を迎えた茂吉との対比が鮮やかに浮かび上がるのだが、実はこれは完全な虚構。
実際には宗吉が水産庁の漁業調査船照洋丸に船医として乗船し、インド洋から欧州にかけて航海するのは茂吉の死から5年後の1958年11月から翌年4月にかけてのこと。この体験に基づく旅行記的エッセイ『どくとるマンボウ航海記』*2が刊行、ベストセラー作家となるのは1960年であり、茂吉は宗吉の作品を読むことはなかったわけだが、このすれ違いをはっきりとは作品中では触れることはないにしても時間的に隣接したエピソードとすることで、人生の始まりと終わりの交差というイメージに仕立て上げた。フィクションとしては巧みな創作ではないだろうか。
【脚本】 古川 健(劇団チョコレートケーキ)
【演出】 日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)いつしかも 日がしづみゆきうつせみの われもおのづからきはまるらしも
1950年(昭和25年)秋
新居への引っ越しを控えた歌人斎藤茂吉は脳出血を発症する。
歌人として、医師として、生き抜いてきた男に迫る老いと病。
茂吉は家族らと共に、人間として逃れ得ぬ悩みに直面する。偉大な芸術家の終焉と、一人の男の人生の終わりの始まり・・・
【出演】
_緒方晋(The Stone Age)_浅井伸治(劇団チョコレートケーキ)
_岡本 篤(劇団チョコレートケーキ)
_西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)_帯金ゆかり
_宇野愛海