『Parade for the End of the World』@横浜赤レンガ倉庫
「Parade for The End of The World」 Full version
『Parade for The End of The World』Performance
音楽をエリック・サティ、衣装・美術をパブロ・ピカソ、脚本をジャン・コクトー、振付はニジンスキーの後を受け継いだレオニード・マシーンが手がけ、バレエ・リュスにより、1917年パリ、シャトレ座で上演された『Parade』。誕生から100年を迎え、ジェレミー・ベランガール、渋谷慶一郎、ジュスティーヌ・エマールにより、ダンス、音楽、映像、3つの媒体が幾重にも重なり融合し、新しい解釈で生まれ変わる。
団菊爺めいて嫌ではあるのだけれどこういうパフォーマンスを見るとどうしても「ダムタイプならこんな風にはしなかったのに……」などと言いたくなってしまう。渋谷慶一郎は初音ミクオペラはそれなりに面白く評価したのだが、この作品はだめだ。どうしてもダムタイプの劣化した二番煎じにしか見えない。
こういうことを言うとお前はこの手のマルチメディアパフォーマンスは皆そう見えるんじゃないかという声も聞こえてきそうだが、ニブロールはそうじゃないし、
ライゾマティクスリサーチだった明らかに違う。これがそう見えるのは渋谷慶一郎の音にせよ、映像にせよ明らかにそちらに意図的に寄せたのではないかと思わせる節があったからだ。もちろん、冒頭のピアノの演奏のようなパートとか全部がそうというわけじゃないだろうが、途中何カ所か池田亮司そのものじゃないかと思わせるところがあったし、映像だって「あれは高谷史郎じゃないか」と言いたくなるところが散見された。
そしてそういうこと以上に気になったのはこの作品は果たして全体を統一感を持って演出した人がいたんだろうかと思わせたことだ。結局、ダンスと映像と音楽(音響)の連関性が感じられない。