下北沢通信

中西理の下北沢通信

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多田淳之介インタビュー「Perfumeとももクロ」(改稿版)

多田淳之介インタビュー「Perfumeももクロ

中西理(以下中西) 今回は「ももクロ論壇」という批評誌に「パフォーマンスとしてのももいろクローバーZ」という表題で論考を書くことになりました*1ももクロに代表されるような最近のアイドルのパフォーマンスが演劇の演出家の目にどのように映っているのかが知りたくて、今回の論考にもその作品が一部紹介され、アイドルにも造詣が深い演出家として東京デスロックの多田淳之介さんに話をお聞きすることにしました。きょうはどうもよろしくお願いします。
多田淳之介(以下多田) こちらこそよろしくお願い致します。
中西 多田さんはPerfumeのファンだということなんですが、まず簡単にこれまで好きになったアイドル歴からお聞きしたいのですが。
多田 SPEEDとか凄く好きでしたね。アクターズスクール系の女の子がグループになって踊るというのを見るのが好きだった。
中西 では女の子というわけでもないですが、最近でも自分の作品でパフォーマーを集団で踊らせたりすることが好きっていうのはそういうことと関係なくもないんですね。
多田 そうですね。関係なくもないです。ただ、俳優が踊るのとダンサーが踊るのではちょっと違うということはありますが。
中西 Perfumeのことからお聞きするつもりでしたが、もともとはSPEEDでしたか。それではまずSPEEDのことから話を始めたいと思いますが、SPEEDはどんなところが面白かったんでしょうか。
多田 最初はあの人員構成が衝撃的でした。4人いるのに2人しか歌わないという。じゃあ、後の2人はいったい何をやってるんだということになりますが。まあ、踊っていたのですが(笑)。より正確に表現すれば歌える2人と踊っている子と顔のきれいな子という4人だったわけです。それがけっこう好きで、僕はその中で仁絵ちゃん(新垣仁絵)という踊る子が好きだったのですが。
中西 私なんかは年を食っているからアイドルというと山口百恵とかになってしまうんですが。
多田 山口百恵は僕も好きですよ。

SPEED - BODY&SOUL

中西 SPEEDは確かに衝撃的でした。ダンスにしても歌にしてもトータルでのレベルの高さもそれまでのアイドルの歴史を更新するようなところがあった。昔はそうは思わなかったけれどSPEED以前のアイドルのダンスの振りを今、動画サイトとかの動画で見ると愕然とします。なんとなく、ひらひらしているだけで全然ダンスが踊れていない(笑)。
多田 ただ、そんななかでピンクレディーは振付にしてもレベルが高くて、Perfumeはその系列じゃないかと思います。
中西 Perfumeは何で好きになったのでしょうか。
多田 一番最初は曲を聞いていいなあというのがあって好きになりました。1枚目のオリジナルアルバム「GAME」(2008年4月16日)が出る前ぐらいですから、世間で話題になり始めたころでそんなに初期からというわけじゃありません。
中西 Perfumeはライブにも行かれているみたいですが、それはいつごろからですか。
多田 ライブに実際に行くようになったのはJPNツアー(2012年 1月〜5月)ぐらいからですからもっと最近です。Perfumeの魅力はまず大きな規模のコンサートの場合はそのコンセプトがはっきりしていること、特に震災以降のツアーは演出が効いていて演劇っぽいです。
中西 それはもう少し具体的に言うとどういうことでしょうか。
多田 JPNツアーの時には本当にまだ震災からそれほど時間がたっていなかったので、自分たちが音楽を使って人を集めることでできることというはっきりしたテーマがありました。「MY COLOR」という歌があるんですが、振りも結構特徴的で全員が手のひらを上げたところで曲が始まる。それで全国でそれをやることで「日本を何とかひとつにしたい」ということです。この前のドームツアーは「世の中大変なことばかりあるけれど、ドームの中だけは夢を見よう」。それでセットもドームのなかにドームを作ったりして、そのドームの中からPerfumeが出てきて、最終的にまたそこに帰っていく。お客さんもライブを見るためにドームに入ってきて、最終的にそこから出ていくのだけど、そういう体験とシンクロするように作ってある。
中西 Perfumeの単独ライブは僕は生で見たことはないのですが、映像などで見る限りは完全にトータルな演出がされている。最近は一種のメディアアート的なものまで含めて、映像もそうだし、美術的なものもそうだし、曲はもちろんなんだけれどダンス、衣装、美術や照明効果とかトータルコーディネイトされていて完成度が高い。演出家から見て、あれはどういう感じですか。
多田 Perfumeはチームで動いているなって感じをすごく受けます。チームで動かなきゃああはならないだろうなという。「結構うまいなと思います」といったら、えらそうなんだけれど、ちゃんと演出されている。それも静かな曲をどこに持ってくるとかそういう単純な流れではなくて、歌詞的なこととかを積み重ねてドラマを作っている。それがすごく演劇の作りに似ている。このシーンの前にはこれがあるから、このシーンは成立するみたいな組み立てがある。それは普通のコンサートにはあまりないだろうと思います。コンサートの演出も振付もMIKIKO先生がやっているのだけれど、かなり演劇的に作っていると思います。
中西 MIKIKO先生がインタビューに答えている映像を以前動画サイトで見たことがあるのだけれど、その中でPerfumeの場合は振り付けも音楽もトータルコーディネイトで、全体の調和を壊すような無理な動きはさせないというようなことを話していたのを見た記憶があります。それがPerfumeの方向性を決めているとすればここからが今回の本題に入るわけですがももクロの場合にはもちろん1つの達成形としてはPerfumeのことも意識はしているとは思いますが、あえてライブ性を重視し完成に向かわないようなまったく違う原理でライブが作られていると思います。
多田 ももクロはやはり特殊ですよね(笑)。
中西 それはどんなところをそういう風に感じますか。
多田 いわゆる「全力さ」というか。僕の演劇もそうなんですが、ダンサーと作品を作るとダンサーというのは絶対に自分が疲れているというのを見せてはいけないといわれて踊ってきている。だから、僕が疲れもちゃんと見せてくれというと、疲れを見せるイコール下手くそなダンサーに見えるので、抵抗というかやはりちょっと違和感があるようなんです。疲れをどのくらい計算してみせているのか。ももクロはどの時点でああなったのか。最初からああだったのか。それともやっているうちに誰かがこれはいけると思ったのかというにすごく興味があります。もちろん、本人たちはそういうことは意識しないでただ頑張っているんだと思うんですけど。アイドルが一生懸命やっていて応援したくなるというのはAKB48もそうですし、定番といえば定番。Perfumeでさえそういうことはあるにはありますから、ただ、ももクロはそれを身体的にライブでやるというのが特殊ですね。
中西 ももクロの後のグループはそういうのを意図的に取り入れようというところがないではないようですが、それがうまくいっているかというとやはりももクロは特別でそんなに簡単なものではないようです。たぶん、コンセプトがちがちでああなったわけでないので、やはりかなりメンバーそれぞれの固有の特性にもとづいてああなっていったわけです。極端な話、メンバーにひとりでも踊れない子がいれば成り立たないわけです。どこのグループとはいわないけれど踊れないので結局センターを差し替えたという例もあったようにも聞きますが、そういう人がひとりでもいたらあの方向性は無理だったわけです。それはでももクロがどうかという以前にどのグループもそうで、大勢いるグループは違うかもしれないですが、共通点があるとすれは3人の個性とか5人の個性がまずあって、それぞれを魅力的に見せるためにそれぞれのスタイルが生まれてきた。Perfumeはあの3人だったからああいうパフォーマンスになった、ももクロはあの5人だったからああなったということはある*2と思います。だから、振付もひとりひとり違うんだと思います。Perfumeはどうですか。
多田 違いますね。歌をとるパートとそうじゃないパートがまずあって、3人が完全にユニゾンで動く時もありますが、そんなにないし、今は特に少ないです。
中西 ユニゾンで動いてもあれぐらい個人の個性があるとその人固有の動きとかもあるので、ももクロPerfumeもどこまでが振付でどこまでが個人の動きかは腑分けできない。振付家も固定してて同じ人がやっているので、芝居で言う「あてがき」みたいなこともあるんじゃないかとも思います。
多田 Perfumeの振付はかなり正確に、難しくないように難しいことをやるみたいになっています。ニコニコ動画の踊ってみた系の動画を見るとPerfumeの踊りはできないですよね。うまい人たちもいるけどそれでも、それがPerfumeではないというのは見た目で直ぐ分かる。やっぱり、角度が絶対にそろわないとか。
中西 動きの基礎としてPerfumeの場合にはヒップホップ系ダンスのアニメーションとかと近いように思うのですが、こういう細かい動きをそれこそ微細にニュアンスを込めてやるというのは日本人の得意分野のような気もします。Perfumeのダンスにはそういう微細なダンス表現の洗練の極致のような味わいを感じます。
多田 そういう意味ではPerfumeももクロは振りの方向性が違いますよね。それぞれの世界観を作っている人たちの目指しているところがもともと違う。あとライブだとPerfumeの場合にはオタ芸がないんですね。
中西 正確に言うとももクロもオタ芸はないんですけど(笑)。もちろん、コールや振りコピはどちらも激しいものがありますから、言わんとしていることの意味は分かります。
多田 ももクロのライブはオタ芸はないんですか?
中西 それは何を「オタ芸」と呼ぶかにもよるんです。サイリウムを振るのまでオタ芸と呼ぶのであればそれはもちろんあります。しかもむしろ激しすぎるぐらいにあります(笑)。
多田 コールはありますよね。Perfumeはないんです。
中西 Perfumeはコールはないですよね。音楽性から言っても。
多田 1曲だけ、「ジェニーはご機嫌ななめ」だけあるんですが、ほとんどの場合はない。Kポップとかもコールはありますね。
中西 Kポップとかはグループダンスをやるとユニゾンがすごくそろっていたりしますよね。少女時代とか典型ですが。ただ、どこでもそうだというわけではないかもしれません。人数によるという部分も大きい。少女時代もあれだけの人数がいるとユニゾンで動かざるをえないかもしれない。
多田 それは4人組、5人組だとあそこまでがっちりやらないかもしれません。
中西 基本的にダンスとして考えた時にはバレエに例えるとバレエの場合は中心にソリストと群舞を担当するコールドバレエがいるわけです。それで1対多のような構図を作ります。だから、それを強引にアイドルに当てはめるとセンターポジションの人がソリストでそれ以外の人がコールドバレエみたいなところがありますが、ももクロPerfumeでは曲の最中にも激しく立ち位置が入れ替わるし、全員がソリストのような作り方です。もっともPerfumeでは相当厳密に振付が決まっているので、その時の感覚で即興的に動いていい分というのはほとんどないと思いますが。
多田 そうですね。即興はほぼないと思います。
中西 ももクロの場合はよくも悪くも再現性がない。
多田 はみだしてなんぼみたいなところがありますね。それを許容した振付家は確かに偉いと思います。 
中西 高城れにさんという人がいて、ほかのメンバーの2倍くらい激しく動こうとするのですが(笑)。それは普通は直されますよね。周囲と合わせなさい、そろっていないと怒られて。だけどそれをやると結局その人ならではの魅力が死んでしまう。それを許容しているから、一見下手くそみたいに見えるのだけれど、それも許容しているということはそういうルールのもとに動いているから。
多田 いわゆるそろっているようなアイドルのダンス、EXILEとか少女時代とかはあれを舞台芸術の文脈でダンスかと言われるとけっこう微妙なところがある。皆、ある振付があって踊っているけれど果たしてあれはダンスなのかということはあります。いわゆるコンテンポラリーダンス的なところから見た時にあれはダンスじゃないと思ってしまう。
中西 それもダンスと言えばダンスなんだと思いますよ。ブロードウエーのミュージカルなんかはそちら側じゃないですか。ただ、ミュージカルのダンスといってもその中には例えばフレッド・アステアみたいな人がいて、その人はそういう決められたコードに支配されずに自由に踊ったりしているということもあるわけです。ただ同じダンスといっても前者と後者には大きな違いがあるというのは私もそう思います。多田さんはダンスにせよ、そうじゃないにせよ動きのある作品を作っていて、どのように意識しているのでしょうか。
多田 ダンスと演劇はかなり明確に分けています。俳優でダンス作品のようなものを作ることもありますが、ダンサーと作るダンス作品になると彼らは身体という存在だけであって別にそこにキャラクターだったり、人だったりしなくてもいい。見ている人が彼らを人間だと思わなくてもいい。そして身体がなにかを表象してそれを見る方はそのまま受け取る。逆に演劇の場合、具体的にある人、人間のイメージを持ち続けていないといけなくて、そこが違う。
中西 変な聞き方になりますが、その基準からするとPerfumeというのはどうですか?
多田 Perfumeは基本的にアイドルなので……でも(そう言われると)人じゃないときもあるなあ。彼女たちが表象している動きはアイドルのPerfumeとして見てはいるんですが、ダンスだけをとると演劇よりもけっこうダンスっぽいですね。
中西 自分の作品にPerfumeの音楽を使うことが多いじゃないですか。その辺はどういう狙いで使っているんですか。
多田 Perfumeが好きっていうのもあるんですが、テクノ的なものと身体が持つ人間的なもののバランスがいいというのはあります。Perfumeもブレークしてすぐのころとか、ロボットになろうとしていた時期とかあるんですが、最近はそこからまた人間に戻ってきたようなところがあります。「機械と人」とか「ロボットと人」というような感覚がけっこう好きでした。実はシェイクスピアのセリフを初音ミクみたいなソフトに読ませるとけっこう面白いんですが、Perfumeにも同じような面白さがあります。
中西 ももクロは劇伴音楽としては使いづらいのでしょうか。
多田 そうですね。やっぱりちょっと強いですね。歌詞が具体的すぎるんです。歌謡曲だと漠然とした歌詞が多いので何にでもはまりやすい。恋愛のことを歌っていてもそれってどの恋愛にも当てはまるじゃないと思うことが多くて、舞台に使う時にも当てはまることが多いのですが、ももクロとかでんぱ組.incとかは歌詞が具体的なのでそこで描かれている世界そのものになってしまう。そこがけっこう強いと感じるわけです。だから、「何か日本のカルチャーを代表するアイコンとして使う」とか、そういうことであれば使えなくはないのですが。稽古場で流したことはあるんですけど実際に作品には使ったことはありません。
中西 多田さんに一番聞きたかったのは(どこまで意識的だったのかということは先ほど話したのですが)身体的な負荷をかけていったとき、ももクロであれば歌いながら踊るというのが激しさを増して行った時にコントロールできなくなってくるようなフェーズが身体的に表れてくる。そして、それは何もももクロだけでなくて最近の演劇とかダンスでそれと似たような効果を狙った舞台が目立っている気がして、多田さんも一時期そういう身体の在り方に興味を持っていろいろ実験なさっていたと感じていまして、そういう身体というのは何が魅力的なのかをお聞きしたかったのです。
多田 そうですね。僕も最初疲れていくやつをやった時は何で面白いんだろうということを考えていました。事実そういう身体というのは実際に見ていて圧倒的に面白かった。なぜか感動してしまうということがまずありました。それで、よくお客さんからもスポーツ観戦と比較されるような感想をもらいましたが、やはりスポーツとは違う。
中西 ある種のスポーツだったら似たようなものはあるとは思うのですが。今まで感動の質がももクロのそれと似ているかなと思ったのは羽生弦結の演技です。それも五輪に優勝した時のとかではなくて、まだ体力的にフリー演技におけるスタミナが持たなかったころの演技です。2011-2012シーズンの世界選手権でショートプログラムでは7位にとどまったものの、そこからフリーで挽回して3位入賞するのですが、この時に演じた「ロミオとジュリエット」が圧巻でした。最初は凄いスピードで4回転、3回転半と高難易度のジャンプを連発、好調な滑り出しを見せるのだが、途中何もないところで転倒してしまう。その後、明らかに動きが鈍ってへろへろになっている。体調が万全ではないのが観客にも分かるほどなのだが、店頭直後の3回転半3回転のコンビネーションジャンプほか、次々とジャンプを成功、最後近くのステップシークレンスではなぜだか分からないけれど、思わず涙が出てきてしまう。本人は別にわざとそういう演技をしようとしているわけではなく、必死に演技しているだけだと思いますが。

羽生結弦 ~伝説のニース~ 世界選手権 FP 2012 イタリア語解説 日本語字幕付

多田 最近は若手の演出家でも疲れさせるような演出を見ることは多くなっていて、それはいいときもあればだめな時もある。というのは本当にへろへろに疲れてしまうとだめなわけです。動けなくなっちゃった人を見てもあまり面白くはない。動けなくなっているんだけれど頑張り続けている人を見るのは感動するわけです。だから、そのあるひとつの方向をキープしようというか、分かりやすく言うと頑張るみたいなことがだんだん疲れてくると強調されてくる。苦しい逆の負荷がかかっているのが分かりやすく見えている分、頑張ってキープしていこうという力が見えてくる。だからよく俳優を本当に疲れさせるひどい演出家だと言われるんだけれど、僕としては本当には疲れないでくれというのを俳優に言っています。疲れているように見せるというか、疲れているのを利用して本当はすくっと立てるのだけどゆっくり立つとか。それは作品作るときにやっています。ただ、ももクロの場合は実際に本当に疲れているのは疲れているんでしょう。ただ、彼女たちも身動き取れなくなるまではいかない。最低限動けるとか、声を出せるところは自分たちで計算してコントロールできてると思うんです。本当にへばっちゃって動けないし歌も歌えないとなっちゃうとどうなんだろうなと思いますし。
中西 確かにそれはそうです。ただ彼女たちの場合、普通だったらとっくに動けないし歌も歌えないという状態になってるような状況でもなぜだかまだ頑張り続けているというのはあります。そうなるともう甲子園の延長18回みたいなもので、何かが降りてきたようなプレイが連発されるような状況でしょうか。その意味ではあまり簡単にへばっちゃうようでは到底感動できないわけで、そのためにはある程度以上のフィジカルの能力がないと限界の近くまでもいけないわけです。先ほど挙げた羽生弦結の場合は天才的な能力はあるけど、それがスタミナがないという状況によりそれが十分には発揮できないような状況に置かれている。その中で自分の能力の100%どころか120%にも見えるような能力を発揮しようとする闘いの本能のようなものがある。
中西 にわとりか卵かの関係からすればそちらの方が先ではなく、「負荷をかけるような表現がまずあった」ということになりますが、それが今のように目立つようになったのは震災の後だということがあります。順番は間違えたらまずいと思ってはいますが、震災の後の社会、もっと具体的に言えば観客なり、ファンなりが求めているものとももクロの全力パフォーマンスのような表現がたまたま一致してシンクロしたような部分があったんじゃないかと思っているんです。例えば「再生」の震災後の再演の時とか、震災の後に黒田育世さんが上演したものとかは以前とは観客の受け取り方が変わってしまったのではないかと思うんです。
多田 今はだいぶ落ちついてきているのですが、特に関東、東京の近辺のお客さんは何かを探しているという印象がありました。
中西 身体的負荷だけではないと思いますが、何か祝祭的なものを求めているような雰囲気は感じられたのですが、どうですかね。
多田 信じられるものを探しているような感じはあります。
中西 そこで大衆の求めるものが大きく変わってきているところにアイドルとか、方向性は違うけれどもボカロもそのひとつかもしれませんが、先ほど言ったような演劇とかダンスとか音楽ライブなどがひとつの受け皿としての役割を果たした部分はあるんじゃないかと思うんです。
多田 確かにライブパフォーマンスに行くことの重要性は震災以降変わってきているという気はしています。人が集まることの意味といいますか。
中西 そういうなかでより生なものが求められているのではないでしょうか。
多田 そうですね。それはあると思います。後、逆にネットで育った子どもたちがだいぶ今大人になってきて、その反動などももしかしたらあるのかもしれません。
中西 少し強引かもしれませんが初音ミクのライブなんかでもあそこでもともと2次元でパソコン内の存在だったものが、3次元にバーチャルな存在として具現化させることで、体感としてのライブが経験できる。そこに大きな違いがあるような気がします。
多田 実感を持ちたいというような欲求がけっこう強いんじゃないかと思います。
中西 なぜそうなのかが大きな謎なんですが。明らかにこの世間の反応は阪神大震災の時とは違います。今回はただ震災だけではなく、原発事故もあったこともあるとは思いますが。
多田 地震が起きたことよりそれに付随する問題、放射能にまつわる事やメディアへの不信などの方が関東では大きかった。ライブに行く人たちは増えたのは増えたんですかね。なぜだろう。
中西 音楽でいえばCDが売れなくなったのは間違いないんで、ライブが増えたということであれば演劇にとってはいいことだと思うんですが、そうかといって演劇で動員が増えたという景気のいい話はとんと聞かないわけですが(笑)。だから、メディア的なものから生に志向が向かっていると強引に言い切るにはやや根拠が不足しているわけです。
多田 そうですね。増えているのはやはりライブで、演劇、ダンスまではまだ距離がある。
中西 ただ、こと音楽に話を限ればアイドルだけでなくエアバンドなんかもそうなんだろうけれど、ライブ性の高いものやパフォーマンス力のあるものがCDセールスが伸びないなかで人気を集めている。
多田 CDが本当に売れないですからねえ。この前、新木場で『TOKYO METROPOLITAN ROCK FESTIVAL 2014』という野外フェスがあって、Perfumeも出ていたので行ってきたのですが、トリがサカナクションだったんです。普通はロックバンドとかだとステージがあってそれに向って一番高いところが温度が高くて、だんだん温度が下がっていくというような風になるのが、当たり前なんですがサカナクションの場合だけほぼ夜で暗かったのでクラブ化しているような感じで、どんなに離れているところでも盛り上がっているという。これが今の若い人の感覚なのかとも思いました。踊れるということ、クラブ化できるかというのは重要かもしれません。彼らはステージ向いてないで100メートルぐらい離れているんだけれど、自分たちだけで輪になって音は聞こえるから、盛り上がっている。でも、たまにステージの方も見たりはしている」。だいたい、野外フェス、特にフジロックとかは値段が高いから大学生はあまりいけない。「メトロック」は新木場で都内だしなおかつチケット代も1日1万円ぐらいだったから、大学生ぐらいの人がすごいいっぱい来ていた。
中西 Perfumeはどうでした。
多田 Perfumeは僕は最前列にいったのでもみくちゃになってそれどころじゃなかったんですが、ただモッシュとかもほかのバンドの時は当たり前のように起きていたのですが、Perfumeではそれはなかった。
中西 ももクロの単独ライブではモッシュとかをしたら出禁になるので、それはないのだけれどフェスに行ったら滅茶苦茶なんですよ。それで実はももクロのライブを初めて生で体験したのは2年前のSummer Sonic(サマソニ大阪)で一部では伝説を作ったといわれていたライブだったんですが、そこでとんだ目に遭いました。ライブが始まるのを待っているとどんどん後ろから押されて前の方に行ってしまい、それで実はその時は初めて妻も一緒だったのだけれど人ごみに揉まれて死にそうになってしまい、それ以来彼女はももクロのこと自体を毛嫌いするようになって……。冗談じゃなく大変だったんです。実際、あの中に入ってしまうと右に左に揺さぶられて、だから距離的にいえばおそらくあの時が一番近くにいたのだけれど、妻とここではぐれたらどこにいるか分らなくなるやばい雰囲気もあり、ライブを見るどころじゃない状態だった。知らないで巻き込まれた小さな子供が泣いていたりして、あれはむしろドミノ倒しのようになって大きな事故にならなかったのは本当に幸運だったと思いました*3
多田 そうなりますよね。フェスのいいところでもあり、悪いところでもある。頑張れば前に行けるけど、それ相応の覚悟も試される。
中西 女子供みたいなことを言うと怒られるかもしれないけれど、サマソニ大阪の場合は本来そういうところにいるべきではないような人たちがそこにいてしまいモッシュのような押し合いに巻き込まれたことでひどい状態になった。そういえば実はその時はPerfumeも同じサマソニに参加していて、雷雨で会場到着が遅れて本編は見られなかったのだけれど、雷雨が治まった後、中断して歌えなかった2曲を披露。それを遠巻きの位置からながら見ることができた。だけど、その時の観客はすごくゆるい雰囲気だったので、ももクロもそんなものだと甘くみて油断したのがいけなかったかもしれません。
中西 身体の負荷がかかって動けなくなったりした時にかなり昔に今SPACの芸術監督をしている宮城聡さんが言っていたのはその時に生命のエッジのようなものが見えてくるというようなことを言っていて、まあ特権的な身体というのがそういうようなものだというのが宮城さんの説だった。例えば舞踏家の大野一雄さん、当時100歳に近い年齢でほとんど立ち上がるだけでも一種奇跡のようにも見える。逆に生まれてまもない赤ちゃんが必死で立ち上がろうとするとそれだけで目が釘付けになってしまう。先ほど言っていた身体的負荷をかけた時に普通の日常的な身体とは違うものが立ち現れるということがある。
多田 ドラマができるというのはあるかもしれません。
中西 ドラマというのは頑張っているということですか?
多田 生きているということでしょうか。
中西 ただ単位身体的な負荷がかかっているというだけではなくて、無理からのことをさせられたり、結果的にそうなってしまうということがももクロの場合にはあって、2時間ライブの3回回しをやったこととか、「女祭り2011」というライブではっきり理由は分らないのだけれど有安杏果が非常に体調が悪くて、途中で何度も倒れそうになってグラグラっとなったのを何とかぎりぎり持ちこたえて歌い続けていたとか、ついに声も出なくなってきてそれを他のメンバーがコーラスで埋めて、カバーしたとか、くさいといえばくさいんだけれど、ある意味ファンもそういうドラマが好きなようです。
多田 やはり何か物語っぽいものが見えますね。
中西 そういう汗の臭いがするようなドラマというのはPerfumeだとデビュー当時にはなくもないのだけれど、ある時期以降舞台裏のようなものは見せないようになっていると思います。
多田 そうですね。完全に疲れた素振りひとつ見せないですからね。Perfumeの振りは実は難しいけれどそんなに疲れないんじゃないかと読んでいるんですよ。
中西 ももクロのようには疲れないと思いますが。
多田 ハイヒールとか履いているからそれなりには疲れると思いますが……まあそうです。
中西 だけど歳とったらできないか、といえばある程度のところまでは技術があればできる振りですよね。
多田 ももクロは歌わなけりゃならない割には歌いながら踊るには振りがちょっと大変すぎるというのはあります。
中西 奇しくも先ほどSPEEDとEXILEのことを話しましたが、普通は両方できないから分けるんですね。マイケル・ジャクソンでさえ、踊っているところでは歌わないし、歌っているところでは踊らない。
多田 確かにそうです。マイケルでさえ。
中西 逆に僕なんかはアイドルにはうといから、SPEEDを昔見た時には気づかなかったんです。歌う人と踊る人がいるんだということに。もちろん、バックコーラス的な人とソロを取る人がいることには気づいてはいましたが。だけどももクロを見ているうちに両方やるのはすごく難しいんだということが分かってきて、それで逆にSPEEDはなぜできていたんだろうと動画サイトで再確認してみたら、やっていなかったということが分かった。
多田 歌って踊れるのが普通のアイドルなんだけど、ももクロは歌いながら踊れる、という珍しいアイドル。歌いながら踊るというのができているかどうかは別として歌いながら踊ろうとしているアイドル。Perfumeはもう基本口パクですからねえ。最近、歌う曲をかなり増やしてきていますけど。歌わない曲は全然歌わないし、ももクロはもう口パクでやったらなんの価値もないですからねえ。 
     

*1:インタビュー内容は興味深いが時期的には映画「幕が上がる」がすでに撮影には入っていたが、発表はされておらず、多田はその事実を知っていたが、外部の人間には漏らすことはできないという微妙な時期の収録となってしまった

*2:そういう考え方からすればあの時点での早見あかりの脱退はタイミングとして絶妙の時期だったのかもしれない

*3:もっとも、ももクロのために弁護しておくとそんな風になったのは本当にその時だけで、オールスタンディングのももクノも含めてもそんな状態になったことは2度となかった