下北沢通信

中西理の下北沢通信

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てがみ座 第14回公演「風紋 ~青のはて 2017~」@赤坂RED/THEATER

てがみ座 第14回公演「風紋 ~青のはて 2017~」@赤坂RED/THEATER

作:長田育恵
演出:田中圭
出演:福田温子、箱田暁史、石村みか、岸野健太、佐藤誓、山田百次、瀬戸さおり、実近順次、峰崎亮介、神保有輝美

宮沢賢治を描いた舞台だが、長田育恵は彼の生涯を時系列で描いたような単なる評伝劇とはしない。病に侵され、死がすぐ身近に近づきつつある賢治の数日(3夜)の物語として、豪雨による崖崩れで賢治を含む列車の客らが岩手県仙人峠にある簡易な宿泊施設に足止めされたごく短い期間を描写した群像劇に仕立て上げた。
 物語の終盤で登場人物らにより読み上げられる「グスコーブドリの伝記」をはじめ、妹としや親友である保阪嘉内あての書簡など多くの賢治自身の文章も散りばめられる。が、ここで描かれている出来事自体は虚構でもちろん実際にあった出来事ではないだろう。
 しかし、私たち観客の目にそれが単に作り上げられた空事以上のリアリティーを持ち我々に迫ってくるのは山田百次を宮沢賢治役の山田百次の存在が大きい。賢治の故郷である岩手県花巻からさほど遠くない青森県南部地方出身の劇作家・演出家を賢治役に抜擢したキャスティングの妙であろう。
 こちらも岩手出身である宿の主人役を演じた佐藤誓が方言指導を担当した。微妙に違いのある山田の言葉も微細を修正し、ほかの出演者のセリフの方言のニュアンスも指導。地域語を重視したセリフ回しを取り入れたことで、この宿屋に集められた人間たちにそれまでの舞台にはあまりないようなディティールを付加した。
 ただ、繰り返しになるようだがこの舞台の最大の殊勲者は宮沢賢治役の山田百次だ。これまでも宮沢賢治の評伝的な演劇は多くの劇作家が描いているが、多くの場合賢治の作品から逆に導き出されたような美化された存在に描かれていた。
 ここでは高い理想を持ちつつも状況に裏切られ続け、その文学的な才能も生前には広く知られることがなく、ひとり暗い修羅の道を行くようなやるせなさを、山田の都会の人間とは違う独特の存在感が造形化していたことに感心させられた。山田の方も自らも出演するといっても自分の作演出舞台ではバリバリの主役というようなことはなく、今回は役者1本で勝負できたということもあり、これまであまりなかった俳優としての新境地を発揮できた。
 これまでも震災関連主題の演劇に宮沢賢治が取り上げられたことは数多かったが、「風紋 ~青のはて 2017~」が興味深いのは賢治が生まれた1896年、生誕5日後に秋田県東部を震源とする陸羽地震が発生、同じ年に「明治三陸地震」があり、大津波で約2万2千人の犠牲者を出した。そして1933年(昭和8年)9月21日花巻の宮澤家で結核のた37歳で亡くなったが、この年の3月「昭和の三陸地震」が起きており、やはり津波のために大勢の人がなくなっている。長田育恵は賢治をどちらも東日本大震災を彷彿とさせる2つの巨大地震と関係を宿命づけられた人として描き、それゆえこの舞台の中では物語の最後には宿の主人の息子がその震災で人を救おうとして助けた人の代わりに死んだ人と設定し、実際に似たような出来事が東日本大震災ではあちらこちらであったということを想起させ、これを他人を救うために自らは火山の爆発で命を失ってしまうという「グスコーブドリの伝記」と重ね合わせていく。もちろん、それはさらに賢治が生涯をかけて追求し、様々に形を変えて繰り返された自己犠牲の精神と重なり合うことになる。そういう意味で「風紋」は震災劇として読み解くこともできる。

人間宮沢賢治と「あいまいな喪失」――てがみ座公演『風紋--青のはて2017』/野田学 – Webマガジン「シアターアーツ」