下北沢通信

中西理の下北沢通信

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劇団大阪「麦とクシャミ」(山田百次作品)@谷町小劇場

劇団大阪「麦とクシャミ」@谷町小劇場
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作:山田百次 演出:小原延之

あらすじ

北海道、洞爺湖近くにある壮瞥村。1943年暮れ、突然、村の地面が隆起し、噴火活動が始まった。それは少しずつ麦畑と集落を飲み込んでいつしか新山となった。日本は戦争真っ只中。突如現れたこの不気味な火山のことは、国民が動揺し士気が下がるという理由で、世間には情報を伏せられていた。

キャスト

津田ひろこA/浜志穂B

名取由美子A/小石久美子B

山内佳子A/福本奈津季B

清原正次

上田啓輔

松下和馬A/大西哲史B

篠原康浩

スタッフ

照明:つぼさかまりこ(演劇集団あしたかぜ)

音響:工藤仁美

舞台監督:石井満(フリー)

舞台美術:馬場富子

衣裳:名取由美子・なかたさゆり・津田ひろこ

小道具:山下久美子・松下和馬・浜志

装置製作:安田幸二(夢工房

宣伝美術:JAM. COVER

舞台助手:篠原康浩・清原正次

演出助手:上田啓輔・岡田悠希

制作:山内佳子・河合由香里・福本奈津季・大西哲史

記録映像:溝口隆徳

 山田百次(青年団演出部、劇団ホエイ)の戯曲を小原延之が演出。小原はそとばこまち出身で、同劇団座長時代から社会的な主題を群像会話劇のスタイルで展開するのに長けており、評価に値する作品を上演していた。最近の活動状況はあまり知らなかったのだが、この二人の組み合わせがどのような化学反応を起こすのかに興味があり、大阪まで出掛けて観劇することにした。
「麦とクシャミ」は太平洋戦争末期の昭和新山誕生の顛末を題材にしている。戦争に天変地異というシリアスな主題をペーソス溢れるタッチで描き出した。1807年に北海道のオホーツク海沿岸で起きた歴史上に埋もれた史実を掘り起こして舞台に仕立て上げた。舞台ではこの地に日本各地から流れ込んできたきた人々が暮らしているという状況を設定。異なる地域言語が同じ舞台で共存するカオスな場を描き出し、ここに満洲から戻ってきた陸軍軍人を配し、彼にノモンハン事件のことを語らせる。こうした仕掛けで北海道の寒村で起こった珍事と戦時の大陸の状況を二重重ねにして見せていく。
 公演はABのダブルキャストで行われたが、私が見たのはAキャスト。この舞台には幾つか政治批判的な文脈の内容のエピソードが含まれ、新劇系の劇団が上演するとなると作品のそうした側面のみがことさら強調されることになりはしないかと若干の危惧があったのだが、小原の演出はさすがにそういうことはなく、オーソドックスかつ丁寧に作品のよさを引き出すことに成功していたのではないかと思う。
 小原もわざわざ北海道まで出掛け、登場人物の小松のモデルとなった三松氏の功績を展示した三松正夫記念館を訪問、館長の話を直接聞くなど並々ならぬ意欲を持ってこの作品の演出に臨んだようだ。昭和新山のことだけではなく、ノモンハン事件、シベリア抑留、国債のデフォルトなど日本の戦時下、終戦後のいろんな出来事が盛り込まれたこの舞台の細部にまで目配りをした演出に感心させられた。
 初演の劇団ホエイにはあり、この日の上演では少し弱く感じられたのは主婦3人による爆笑もののやり取り。ただ、こればかりは初演の劇団ホエイ(青年団リンク ホエイ)のバージョンはおばさん役で怪獣的に強烈な個性を発揮する女優3人(中村真生、緑川史絵、宮部純子)を取り揃え、それぞれにあてがきするような会話により、爆笑場面を作っていた。ゆえにそれを模倣するのは無意味でもあるし、実際無理だろう。今回の上演では笑いの強度こそ薄かったものの、それぞれの人物の境遇とそこから来るそれぞれの思いは観客にも十分伝わったと思うし、それで十分だと思う。
 舞台装置を吊り上げることでのスピーディーな場面転換など演出面の工夫も効果的で、なかなか素晴らしい上演であった。弘前劇場時代の先輩である畑沢聖悟の作品はこの劇団大阪をはじめ、井上ひさし原作の新作戯曲をこまつ座に書きおろすなど、いまや新劇系劇団での上演はそれほど珍しいことではなくなっているが、山田百次作品ももっと上演されればと思う。個人的には在日韓国人の問題を描いた「喫茶ティファニー
*1は在日が多数住みポピュラリティーも高い関西での上演は非常に意味深いと思うのだが。

劇団ホエイ「麦とクシャミ」2016年年間ベストアクトに選定
simokitazawa.hatenablog.com
「麦とクシャミ」はホエイの歴史劇第2弾。太平洋戦争末期の昭和新山誕生の顛末を題材にしている。逞しい女優3人(中村真生、緑川史絵、宮部純子)の存在感が魅力的な舞台で緊迫した状況にもどこか呑気な男たち。戦争に天変地異というシリアスな主題をペーソス溢れるタッチで描き出した。1807年に北海道のオホーツク海沿岸で起きた、津軽藩士大量殉難事件を描いた「珈琲法要」に続き北海道を舞台に歴史上に埋もれた史実を掘り起こして舞台に仕立て上げた。舞台ではこの地に日本各地から流れ込んできたきた人々が暮らしているという状況を設定。京都、岩手、広島の異なる地域言語が同じ舞台で共存するカオスな場を描き出し、ここに満洲から戻ってきた陸軍軍人を配し、彼にノモンハン事件のことを語らせる。こうした仕掛けで北海道の寒村で起こった珍事と戦時の大陸の状況を二重重ねにして見せていく。その手つきはなかなか鮮やかなものだった。

広瀬泰弘氏による劇評
blog.goo.ne.jp

演出の小原延之の過去作品
simokitazawa.hatenablog.com
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