下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

ホエイ「喫茶ティファニー」@こまばアゴラ劇場

ホエイ「喫茶ティファニー」@こまばアゴラ劇場

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作・演出:山田百次(ホエイ|劇団野の上)
プロデュース:河村竜也(ホエイ|青年団


「喫茶ティファニー」は、もともとマージャンやポーカーなどのアーケードゲームがテーブルとなっているいわゆるゲーム喫茶だった。
ここは多摩川を越えた、東京の向こう側、町の一角に古くからある喫茶店

ホエイ

ホエイとは、ヨーグルトの上澄みやチーズをつくる時に牛乳から分離される乳清のことです。
産業廃棄物として日々大量に捨てられています。でもほんとは飲めます。うすい乳の味がしてちょっと酸っぱい。乳清のような、何かを生み出すときに捨てられてしまったもの、のようなものをつくっていきたいと思っています。


出演

尾倉ケント 斉藤祐一(文学座) 中村真沙海 森谷ふみ(ニッポンの河川) 山村崇子(青年団) 吉田 庸(青年団) 山田百次(ホエイ|劇団野の上)河村竜也 

スタッフ

照明:黒太剛亮(黒猿) 衣裳:正金 彩(青年団) 演出助手:楠本楓心
制作:赤刎千久子 宣伝美術:河村竜也

  舞台では直接名指されることはなく、渋谷から45分大きな川を越えた東京の向こう側とだけ示されるが、「喫茶ティファニー」は川崎市のレトロな喫茶店を舞台にした群像劇である。そこはいわば都市空間に取り残された場所で、現代社会に居所のない様々な人々が吹き溜まりのように集まってきている。
 山田百次の近作は寓話的であったり、大きな時間の流れを捉えた歴史劇であったりすることが多かったが、ここで描かれているのはリアルな都市近郊の姿で、登場する人物は平田オリザが描き出すような都市における「山の手的」な世界観とは大きく異なるが、オーソドックスな群像会話劇。しかも会話を通じて登場人物同士の隠れた関係性が物語の進行に伴い浮かび上がってくるような「関係性の演劇」となっている。
 山田百次の師匠筋にあたる弘前劇場長谷川孝治は地域語・外国語なども含む現代口語を駆使しながら、同じ舞台上に多種多様な登場人物が交錯するような演劇を得意としたが、山田も得意としている地域語の使用などはあまりないものの、今回の舞台はこれまでの山田作品の中では一番、時に不穏な空気感も漂わせるような長谷川孝治のタッチを換骨奪胎したような作品に仕上がっていた。
 劇団のプロデューサーでもある河村竜也はホエイのことを「ホエイとは乳清の意」とし「産業廃棄物として日々大量に捨てられています。でもほんとは飲めます。うすい乳の味がしてちょっと酸っぱい。乳清のような、何かを生み出すときに捨てられてしまったもの、のようなものをつくっていきたい」と劇団名に込めた思いを語っている。
 今回取り上げた川崎の喫茶ティファニーも効率重視、経済重視の現代日本社会のなかで見捨てられ、放棄されていったものの象徴とも考えられる。昨年の「郷愁の丘ロマントピア」もそうであったが、山田の作品は現代社会での出来事を射程に入れた作りとはなっているが、最近よくあるいわゆる社会派演劇のようには決して時の政府の政策に対する直接的な批判の形などはとらず、逆に現代社会において見捨てられてしまったものなどを丁寧に拾い上げることで、現代社会が抱える様々な問題を浮かび上がらせるのである。
 それゆえこの「喫茶ティファニー」には在日の韓国・朝鮮籍の人も描かれるが、決して「在日」問題を扱った作品ではない。それが魅力なのだと思う。
 この作品には重層化された差別の構造を提示するために国籍の選択が異なる「在日」の母子、父親に反発して韓国籍を取得するが、その後実際に訪問した韓国旅行で差別的な待遇を受けた男性、在日男性と婚姻外の関係を結んだアイヌのルーツを持つ女性、フィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた男性……。それぞれ異なる生まれを持つ人々の間に生まれる複雑な関係性によって生み出される感情の機微を山田は丁寧に紡いでいく。
 物足りない点があるとすると実際の川崎という場においては国籍や民族などの分かりやすい差別だけではなく、青森出身の山田のような地方出身者への差別もあったろうと思われる。そうしたことまでを描き込むと複雑になりすぎるとの判断もあったとは思われるが、そうした要素も見てみたいと思った。

ルポ 川崎(かわさき)【通常版】

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