紙魚「ハムレット」@小竹向原アトリエ春風舎
紙魚「ハムレット」@小竹向原アトリエ春風舎を観劇。紙魚は濱吉清太朗によるプロデュースユニット。団体公式サイトの情報によれば濱吉は2020年に日本大学芸術学部演劇学科に入学、同じ年に青年団が拠点を移した後の江原河畔劇場演劇学校無隣館に入っており、23年にはSPAC公演で宮城演出の「人形の家」の演出助手も務めており、いろんな意味で新世代の演出家といってよいのであろう。
彼の作品を観劇するのは初めてだが、若いとはいえそうした経歴における経験がうかがわれるとともにシェイクスピア上演としては新たな試みへの野心と演出面での手堅さも感じさせ、この集団の今後の活動がどのようなものを生み出すのかについて、深い関心を抱くにたる舞台であった。
シェイクスピアの上演の中でも「ハムレット」の上演は他の演目と比べると上演上越えなければならないハードルは高い。なかでも最大のそれは原テキストをそのまままるごと上演しようとすると4時間を超えるような長尺の上演となってしまうこともあって、ほとんどの公演ではテキストレジストでシーンのいくつかをカットしているからだ。したがって、どの部分をカットしてどの部分を残すかということに演出家、あるいは上演企画者の個性が浮き彫りになるわけだ。
「新たな試みへの野心」と冒頭近くにあえて書いたのは紙魚「ハムレット」がほかの上演と大きく違うのは多くの上演で悲劇のクライマックスとして描かれるハムレットの英国行きの船から帰還、そしてハムレット自身に加え、叔父王、母、レイアティーズら登場人物のほとんどがそれに巻き込まれて死を迎える決闘の場面がまるごとカットされていることだ。
代わりに墓堀によるオフェーリアの埋葬場面の背後をハムレットと思われる(そうであるかどうかもはっきりとは描かれない)黒ずくめの男が通り過ぎるところで突然の暗転、カットアウトとなって終わってしまう。その後の場面を期待しながら観劇していた身としてはかなり唖然とさせられたものの、最終場面での実際の殺戮が描かれずとも「この物語の悲劇はここで尽きている」との上演側のメッセージは十分に伝わってきた。
もうひとつの特徴は上演時間の短縮のためにかなりの部分がカットされてしまうことが多い劇中劇「ゴンザーゴ殺し」の場面がおそらくノーカットに近くたっぷりと上演され、この部分を語り(スピーカー)と動き(ムーバー)の担当者を分ける宮城聡流の演出で上演。しかもSPACから看板女優のひとりであるたきいみきを招き、彼女に義太夫風の語りを担わせていることだ。おそらく、このアイデアが今回上演作品として「ハムレット」を選んだ最大の理由ではないかと感じるほどの力の入り方であり、たきいもそれを受け、見事な「語り」を演じており、他にも劇中の客席に実際の観客に移動してもらうなどの細かい演出上の仕掛けもあり見ごたえ十分の劇中劇であった。
上演全体としてはハムレットの最大の見せ場とみなされていることが多いモノローグの場面があえてあまり目立たない形で上演され、ホレイショ―とハムレットが父王の亡霊と遭遇する場面などがカットされたのに対して、オフェーリアやガートルード、さらにはローゼンクランツとギルデンスターンの登場シーンなどがあえてカットせずに描かれ、ハムレット以外の周辺の人物の側に注目を集めさせるような演出が興味深かった。
もっとも、私は「ハムレット」の上演を数限りないといえるほど見ているがゆえに物語設定上の細かい事実関係がカットされ触れられることがなくともそれほど気にすることなく興味深く見られはしたが、物語の筋立ては若干分かりにくくなってしまっているのも間違いないので、「ハムレット」をあまり知らない観客がどれぐらい理解できたのだろうかということは少し気になった。もちろん、「ハムレット」にはハイナー・ミュラーの「ハムレットマシーン」をはじめ、物語の説明を最初から度外視した上演も多いので、そうしたものと比較すれば「原作に忠実で分かりやすい上演」であることは間違いないのだが。
原作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子(『ハムレット シェイクスピア 全集1』ちくま文庫)
構成/演出:濱吉清太朗ハムレットといえばモノローグ。でも僕、正直に告白をするとどんな名演出と言われているハムレットを観てもモノローグで彼が何を言わんとしているのかさっぱりわからなくて。言葉が右耳から入って左耳から抜けていく感じ。戯曲でゆっくり読めばまだわかるのだけれど。
本作は「演劇人コンクール2022」の最終上演審査にて上演予定だった作品です。
前回はモノローグの言葉が頭に入ってきやすいように頑張りました。今はそもそもシェイクスピアは観客に伝える気なんてなかったんじゃないかと考えています。この2年間の変化です。
紙魚
2021年立ち上げ。
「紙を食べる虫である『紙魚』のように、古今東西の戯曲や書物、記録を咀嚼し我々の明日の栄養にしていく」
ことをコンセプトに演劇創作活動を行っている。
過去の作品:「三作連続上演~人間、の声・サロメ・チロルの秋~」「紙風船」「鞄」「I Do! I Do!」等
「演劇人コンクール2022」において1次上演審査通過。出演
倉島聡(青年団) 松岡美桔 丸林孝太郎 小林葉月 佐藤次元 大久保佑南 七星束子(青年団/劇団サカナデ) 多々良岳 野沢こうへい たきいみきスタッフ
音響・照明:櫻内憧海
舞台監督:本郷剛史
制作:謝璐宇
制作補助:池野上咲月
制作協力:大野創 *
制作統括:濱吉清太朗
演出助手:関口洋平
当日運営:金井美希
宣伝美術:金定和紗 *
企画:紙魚/大野創 *
(*=2024年紙魚レジデンスアーティスト)