下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

岸田國士戯曲賞受賞作品受賞後初の上演 神里雄大/岡崎藝術座「バルパライソの長い坂をくだる話」@ゲーテ・インスティトゥート東京 東京ドイツ文化センター

神里雄大/岡崎藝術座「バルパライソの長い坂をくだる話」@ゲーテ・インスティトゥート東京 東京ドイツ文化センター

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2019年8月21日(水)〜25日(日)
作・演出:神里雄大
出演:マルティン・チラ、マルティン・ピロヤンスキー、マリーナ・サルミエントエドゥアルド・フクシマ
ゲーテ・インスティトゥート東京 東京ドイツ文化センター

夫/父親の遺灰を海に撒きにやってきた人の話、
太平洋を越えた遥か昔の人類の話、
南米パラグアイで観測された皆既日食の話、
沖縄の地で今も眠る戦没者の骨を発掘する男や
小笠原でバーを経営する男の話───
オセアニアや小笠原や琉球の諸島、ラテンアメリカ
各国を自身で歩き集めたエピソードが織りなす
メッセンジャーとしての演劇”。
自身の劇言語を確立し、文学界からも注目を集める
神里が「移動」で歴史を切り拓く。

アルゼンチンに11ヶ月間滞在した神里が南米各地を訪ねて紡いだ物語。そこで出会ったアルゼンチンの俳優・ダンサーと、日系移民の家系生まれでブラジル育ち、欧州でも注目を集めるダンサーのエドゥアルド・フクシマが、その物語を体現。地球の反対側からやってきた彼らが自分たちの言葉で語る演劇。

2段ベッドや教会や屋台も置かれ雑多な異空間の客席は、建築ユニットdot architectsによるもので、そこに看板屋「看太郎」の廣田碧の書き割りによる幻想的な設えで舞台は彩られる。この珍妙なマッチングのもとで観客は自由に自分の居場所を見つけることになる。

神里雄大 創作ノート
演劇の持つ機能のうち、「伝聞」にぼくは重大な関心を持っている。誰かの言葉を、別の誰かがしゃべり、それをまた別の誰かが聞く。誰かのことに想像を巡らせることが、自らの言動に影響する、という一連の循環が演劇の根本なのではないか。
この作品で登場人物たちはたがいに知らせ合っている。その知らせが積み重なり、作品全体がひとつの大きな伝聞として、観客にもたらされる。これは移動の話であり、土地の移動のみならず、生から死へ、そして死から生への移動のことでもある。移動の積み重ねが受け継がれ、歴史を作る。そういう「伝聞」の作品である。

第62回岸田國士戯曲賞 選評

南米に生まれた彼にしか書けない、その特殊な身の丈が作り出した、他にはない世界である。
野田秀樹

対象の関心領域が国境に限定されないこと。物理的に難しいことでは必ずしもないはずなのに、その実践は少ない。神里氏は実践者のひとりだ。

日本語を、日本語で行なわれる演劇を、拓いたものにできる人の一人である。日本語を、日本を、換気できる言葉を書く人だ。
岡田利規

8月23日(金)14:00公演のアフタートークに、沖縄を拠点に活動するラテンロックバンド「DIAMANTES(ディアマンテス)」のヴォーカルのアルベルト城間氏が登壇!

日系ペルー人を代表するアーティストであるアルベルト氏と、同じくペルー・沖縄にルーツを持つ神里が、本作のテーマでもある「国や言語を越えていく人々」について、言葉を交わします。


ー プロフィール ー

アルベルト城間 DIAMANTES(ディアマンテス)ヴォーカル

ペルー生まれの日系三世。11歳からギターを学び、14歳で日系人歌謡コンクール新人賞を受賞。
中南米歌謡コンテスト優勝をきっかけに1987年来日。1991年にラテン・ロック・バンド「DIAMANTES(ディアマンテス)」を結成。作詞・作曲・ヴォーカルを担当し 1993年、デビューアルバム「オキナワ・ラティーナ」でメジャーデビュー。「ガンバッテヤンド」、「勝利の歌」、「片手に三線を」など数々のヒット曲を生み出し、全国各地でライブ・コンサートを展開。
楽曲提供や編曲・演奏などで他方面のアーティストとコラボレーションし、今まで以上に活動の場も広げている。
《楽曲提供やコラボレーションアーティスト》
宮沢和史(THE BOOM) 、真琴つばさ、中森明菜加藤紀子、大城クラウディア、しおり、MONGOL800普天間かおり・・・他

メッセンジャーとしての演劇”を標榜する最近の三部作である「+51 アビアシオン, サンボルハ」「イスラ! イスラ! イスラ!」「バルパライソの長い坂をくだる話」のうち、仮面劇であった「イスラ! イスラ! イスラ!」は確かに観劇したはずだが、このサイトにはその記録がない。「バルパライソの長い坂をくだる話」は岸田國士戯曲賞の受賞作品だが、これまで実際の上演を見たことはなく今回が初めての観劇となった。
 キャストはアルゼンチン人の俳優3人とブラジル人ダンサー1人の4人。セリフは全編スペイン語での上演で、英語と日本語の字幕つきで上演された。神里自身がアルゼンチン、沖縄、小笠原などを実際に旅行して出会った出来事や人々がモデルにはなっているが、それをそのままドキュメント*1として上演するのではなく、夫(父親)を亡くしたアルゼンチンの母子がその遺灰を海かどこかに散骨しようとしている場面からはじまり、船で出会った男と犬。さらに沖縄や小笠原諸島を訪問した男の語りが一人称で語られるのだが、実はこれが誰の語りかがよく分からない。そこが神里の作品の面白いところなのだ。

*1:ドキュメントとしての報告はこちらで行った。 simokitazawa.hatenablog.com simokitazawa.hatenablog.com

PARCOプロデュース2019『転校生』(女子校版)@紀伊国屋ホール

PARCOプロデュース2019『転校生』(女子校版)@紀伊国屋ホール

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若手俳優発掘プロジェクト・舞台『転校生』!
高校演劇のバイブル、平田オリザの戯曲「転校生」に21世紀に羽ばたく男女42名の俳優たちが集結!!あなたがその最初の目撃者になる。

あらすじ


ある高校の教室。普段と変わりない1日の始まり。他愛のない日常の会話。そこへ、「朝起きたらこの学校の生徒になっていた」と言う、転校生がやってくる。身近で起きている出来事をとおして、人間の存在の不確かさが浮かび上がる21名の群像劇。

キャスト・スタッフ


脚本:平田オリザ
演出:本広克行

出演


21世紀に羽ばたく21人の女優たち

愛 わなび 天野はな 上野鈴華 小熊 綸 金井美樹 川﨑 珠莉 川嶋 由莉 齋藤 かなこ 榊原 有那 指出 瑞貴 里内 伽奈 澤田 美紀 田中 真由 西村 美紗 根矢 涼香 羽瀬川 なぎ 廣瀬詩映莉 藤谷理子 星野 梨華 増澤 璃凜子 桃月 なしこ

 4年前の上演ではかなり規模の大きな劇場での三方囲みの舞台とあってリアルタイムで撮影した映像をそのままスクリーンに映すなどのメディアミックスな演出がなされていたが、今回は一転してプロセミアムな劇場を意識してのオーソドックスな演出に徹したものとなった。 
 「転校生」という作品がいかなる作品かについては前回公演の際に詳細なレビューを書いた(下記参照)が、今回の舞台で特筆したいのはヒロインともいえる転校生役を演じた天野はなのたたずまいである。

舞台となるのは21人の女生徒のいる教室。ここにひとりの転校生がやってくるところから舞台は始まる。この転校生は「朝起きたらこの学校の生徒になっていた」という不条理な存在でこれは明らかに劇中でも何度も会話のモチーフとなっていたカフカの「変身」が下敷きになっている。平田の作劇のもうひとつの特徴は劇で描かれる世界がそのまま「世界の写し絵」となっていること。この場合、明らかにここで描かれていく教室はただの教室ではなく「私たちが住むこの世界」のメタファー(隠喩)となっている。一見たわいない女生徒らの会話に擬態しているが、ここで交わされる会話はそれぞれが私たちがこの世界を自分自身で考えるときの一助となるような内容でもあり、それを通じて観客はそれぞれ世界とはどのようなものかを考えることになる。これがこの作品に仕組んだ平田の仕掛けである。

 最初に登場した時の彼女は存在感のオーラもあまりなく地味な印象。正直言って「この子がヒロイン役でこの舞台持つのかしら」とさえ思ったほどだ。おどおどしているのはまあ演技だろうと分かったが、立ち振る舞いも、何となくパッとしない。
 今回のキャストは高倍率のオーディションを勝ち抜いてきた猛者どもであるし、その中には一瞬見た印象だけで「これは来るかもしれない」と思わせる子も何人かいる。そういう中に交じったら確かに彼女は見劣りするように見えたのだ。
 ところがこの天野はなという女優が面白いのは場が進み、周囲の女生徒との関係が親密になってくるのに従って、俄然その存在が輝きだしたことだ。
  この「転校生」という芝居は登場人物が21人と大人数だし、平田オリザ作品なので同時多発の会話も縦横無尽になされ、誰がどういう人ということを一度の観劇でつかむのは困難を極める。しかも、今回は「幕が上がる」組が何人か参加していた前回公演とは異なり、名前を知っている出演者がほとんどいなかった。そのため、転校生役の 天野の存在は視線の片隅では感じながらも、最初の方は唯一の「幕が上がる」組(映画のみ参加)の金井美樹佐々木敦史の事務所所属ということで知った廣瀬詩映莉を探そうと目で追っていたのだが、気がついた時には天野を見続けていた。次第に目が離せなくなってきたのだ。
 舞台に彼女ひとりが残されたラストでは彼女はヒロインそのものに見えた。
 この天野はなという女優をヒロインに抜擢した本広克行らスタッフ。さすがに慧眼であると思ったのである。

spice.eplus.jp

ももクロ一座特別公演@明治座(ネタバレレビュー)

ももクロ一座特別公演@明治座(ネタバレレビュー)

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佐々木彩夏 初座長決定!
笑いあり、涙ありの大江戸娯楽活劇と、ヒット曲満載で贈る歌謡ショーの豪華2 本立て!
作:鈴木聡
演出:本広克行
主演:佐々木彩夏
出演:ももいろクローバーZ(百田夏菜子 玉井詩織 高城れに
オラキオ 国広富之 松崎しげる ほか
第一部 座長・佐々木彩夏
大江戸娯楽活劇 『姫はくノ一』
第二部 
ももいろクローバーZ 大いに歌う』(仮)

 本広克行監督とももいろクローバーZによる3本目の舞台作品。平田オリザ作による現代口語演劇「幕が上がる」からももクロ楽曲を使ってのジュースボックスミュージカル「DYWD」と続いて、今回は明治座での座長芝居というこれまでとは全く異なるフォーマットに落とし込みどんな舞台を見せてくれるのかが、今回の注目であった。
 私はももクロのことを音楽や演劇、バラエティーなどのジャンルを横断するような総合エンターテインメントプロジェクトと考えている。その中のひとつのジャンルが演劇なのだが、それゆえその活動の中核が音楽ライブであることは外せないとしてもこれもその本質をなす重要な要素だと考える。そのことはかつて論考としても書いた*1ことがある。
 その中でいくつかももクロに今後実現してほしいことを挙げていたが、実はそれは現在でも道半ばと思っている。
 ただ、実は論考の中で書いたことでかなり理想に近い形で実現していることもあり、音楽劇の要素を色濃く取りいれたライブであるシネマ倶楽部での「THE DIAMOND FOUR」公演*2がそのひとつだった。
それ以外にいつか実現してほしいのは今回も脚本を担当する鈴木聡が脚本を手掛けたミュージカル「阿 OKUNI 国」の上演で、前回のミュージカル「ドゥ・ユ・ワナ・ダンス?」は日本屈指のオリジナルミュージカルである「阿 OKUNI 国」にはまだ遠く及ばないものではあるが、鈴木が絡んでいることもあり、そこに向けての第一歩を記したものと感じた。

ミュージカル OKUNI 阿国一座の登場シーンまとめ

 もうひとつの目標と考えているのは劇団新感線が松竹と提携して上演している「アテルイ」のような作品である。これも現時点ではいろんな意味で手が届かない感じではあるが、今回、鈴木・本広コンビがどの程度、単なる商業演劇のいわゆる座長芝居に収まりきらないものを見せてくれるかで、大型歴史劇のようなものに向けての今後の試金石につながるかと注目しているのだ。なお、以前の論考の中では新感線とのコラボにおいておポンチ路線の音楽劇のようなものを思い描いていたのだが、今回の明治座公演でそれに近いようなものはすでに実現しているはずなので、今後手掛けるなら「いのうえ歌舞伎」+ももクロのような本格的な公演であろう。

Inouekabuki-Shochiku-mix「アテルイ」 DVD予告編

 さて、実際の明治座の舞台はどうだっただろうか。笑いあり、涙ありのお江戸娯楽活劇の宣伝文句の通りの舞台で、これはももクロ版のザ・ドリフターズという感じだろうか。これまでももクロが手掛けた演劇作品というよりは「子供祭り」の延長線上にあって、ただ、アクション、舞台の仕掛け、歌謡ショーの内容など入っている各要素は大幅にグレードアップされている。それ自体はももクロは以前からSMAP、嵐、ドリフターズのようなグループを目指すと以前から公言していたから、ももクロとしての王道ではあろうと思う。

ももクロ、初の明治座で大舞台!”あーりんは反抗期!”替え歌も『明治座 ももクロ一座特別公演』公開ゲネプロ
 見せ場のひとつはももクロがくノ一に扮しての殺陣の場面で殺陣の経験はこれまでほとんどなかったもののダンスの経験を武器に奮闘、連日の猛練習でかなり見映えのするものに仕立てあげた。あーりんはともかく、夏菜子と詩織は身体の切れも鋭く相当なものだと思った。先に挙げた劇団☆新感線的な舞台にせよ、ミュージカル的なものにせよ、ももクロがこれまであまり経験して来なかったことのなかでいつか必要になるのはアクションであるから、今回入門編のような形でそれに取り組むことができたのは凄く良かったと思う。

ももクロ、くノ一姿で圧巻の殺陣シーン!敵役には飯塚高史…!?『明治座 ももクロ一座特別公演』公開ゲネプロ


 第二部の「ももいろクローバーZ 大いに歌う」はライブではあるのだが、今回は最初の2曲はももクロの和の要素の強い楽曲を選び、佐々木彩夏は着物姿で登場。「夢の浮き世に咲いてみな」では第一部に登場した殺陣の担当のアクション俳優が殺陣の演舞を披露するのに合わせて、ももクロが歌う*3など第一部と第二部を自然につなぐような演出が導入された。  

第二部セットリスト

ニッポン笑顔百景
夢の浮き世に咲いてみな
ゴリラパンチ
ももクロの令和ニッポン万歳! 
笑ー笑
LADY MAY
灰とダイヤモンド
アンコール
ROAD SHOW

 もうひとつの特徴は回り舞台などの劇場機構を積極的に活用、普段のライブ会場では難しい照明効果の多用などショーアップされたライブとなっていたこと。そういうなかで歌った「LADY MAY」「灰とダイヤモンド」はいつも以上にももクロのショーとしての完成度の高さを見せ付けるものとなった。その一方で第一部で登場した俳優たちがバックダンサーとして一緒に踊る*4など親密さを強調した演出もあり、座長芝居としてのももクロのリーダーシップを感じさせるものとなっていた。
 総じて明治座商業演劇(座長芝居)というフォーマットの中ではハイクオリティーのものを提供したと思う。
 その上で今後はそれを越えたような演劇としての芸術的価値の高い舞台にも挑戦してもらいたいというのも終了後には感じた。鈴木聡、本広克行という組み合せは娯楽エンタメというカテゴリーでは最高のものを提供できることを証明したし、そういうものもまた見たくはあるけれど、一度タイプの異なる演出家との舞台も見てみたい。劇団☆新感線いのうえひでのりはこれまでも書いてきたが、実現の可能性を考えずにフリーハンドで書いていけば例えば小池修一郎演出+宝塚OGでミュージカルとか堂本光一演出の舞台とか。松竹と真正面から組んで、ももクロ歌舞伎とかも見たい。その場合演出家はやはり猿之助を望んでいるのだが、無理そうならば獅童でもいい(笑)。若手をというなら共同演出を杉原邦生でもいいかもしれない。

*1:演劇とももいろクローバーZ simokitazawa.hatenablog.com

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:ここの部分収録した映像。誰かがKISSに見せたら絶対喜びそうなやつと思いました。

*4:なかでもかつて「おじクロ」の出演者だったラッパ屋福本伸一が楽しそうに踊る姿はそれだけで感涙ものであった。

青年団リンク 世田谷シルク「工場 」@こまばアゴラ劇場

青年団リンク 世田谷シルク「工場 」@こまばアゴラ劇場

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脚本・演出:堀川炎


私たちの国では、生産性と論理的思考に多くの時間が割かれ、感情は希薄になっています。
この作品ではトアル国からやってきたトアル人の視線を通じて、集団の中にいたときには分からない、息苦しさを伴う無意識のもがきを俯瞰する内容です。といってもお話はシンプルで、移民が馴染みのない国の工場で働くというものです。

青年団リンク 世田谷シルク「工場 」@こまばアゴラ劇場

2008年立ち上げ。劇団山の手事情社の研修卒業生4名で立ち上げたカンパニー。「くすっと笑えるアート」と称し、日常に突如入り込む奇妙な状況を、コミカルに描く。2016年以降は「野外劇場」・「児童演劇」・「国際共同制作」を主軸とし、瀬戸内国際芸術祭やアヴィニヨン演劇祭フリンジ、パルTAMAフェスなど、フェスティバルを中心に活動。またインドやスウェーデンのカンパニーとの児童演劇の共同制作をしている。演出家は青年団演出部にも所属し、海外でのオペラ研修を経るなど活動の場を広げている。

出演

石川彰子、中藤奨(以上、青年団)、堀川炎(世田谷シルク)、大迫健司、荻野祐輔、代田正彦(★☆北区AKT STAGE)、中島有紀乃

スタッフ

脚本・演出・チラシデザイン:堀川 炎(世田谷シルク/青年団)、演出補:早坂 彩(青年団
演出助手:福井 花(青年団)、海野広雄(世田谷シルク)、制作:金城七々海
舞台監督:土居 歩、音響:佐久間修一、照明:阿部将之(LICHT-ER) 、
舞台美術:鈴木健介(青年団)、写真:三浦雨林(青年団)、映像:畑中涼真
メンバー:佐藤優子、武井希未

芸術総監督:平田オリザ
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

 どこかの国の地方にある工場を舞台にした現代口語演劇。ここに「トアル国」からやってきた外国人労働者がやってくることで、集団の中に起こるさざ波をこみかりな要素を絡めながら描きだしていく。
 世田谷シルクの舞台は以前にも見たことがあるが、これまで見た青年団リンク 世田谷シルク日瑞共同制作『ふしぎな影』などはパフォーマンス系の作品であった。演出家の堀川炎が山の手事情社の出身ということもあって、こうした系列の身体表現を重視した作品が本領だと思い込んでいたのだが、今回のような平田オリザ流の現代口語演劇もこなせるふり幅の広さがあるのだということを知って少し驚いた。
 こうした移民の問題は現代日本ではビビッドな問題となっているが、この作品は舞台を日本ではなく、日本に似たどこかの国としていることやそれに伴い移民労働者の国籍などもぼかしたものとしていることなどもあり、現実に日々起こっているであろう労働現場のリアリティーがやや持ちにくいような作品になってしまっていると感じられた。
 そもそも労働者が語学の研修も通訳もつけずに労働現場に放り込まれて、まるでコミュニケーションがとれないというのは状況がもっと抽象化されたケラ的なナンセンス(不条理)劇のなかならともかく、実際に起こることは非常に考えにくいのではないか。来日労働者とのディスコミュニケーションが現場で起こるとすれば単純に言葉ではないレベル(階層)における齟齬ではないかと思うがどうだろうか。
 さらに言えばLGBTの扱いが相当以上に雑であるのも気になった。当日パンフの堀川の文章によれば海外において外国人(インド人)に問われた「それが女性の幸せなのになぜ結婚して子供を育てないか」を聞かれた時の衝撃がこの作品の制作の動機であるとするとそうした価値観とゲイでもある人がそういう発言もするということの矛盾などが作中にあるわけだが、もう少しデリケートにそのあたりを扱わないときちんと作品の意図が伝わりにくいのではないか。少なくとも私には見ていてかなりの違和感が残ってしまった。
 俳優の演技には見るべきものがあった。戯曲部分での違和感を指摘したが、それでも作品自体は退屈せずに見ることができたのは俳優の力によるところが大きいのではないかと思う。なかでも移民役を演じた代田正彦の人物造形はとても印象的で見るべきものが多かったと思う。

ハナズメランコリー(HANAʼ S MELANCHOLY)「深奥と夢鬱 The Well」@アトリエ第Q藝術

ハナズメランコリー(HANAʼ S MELANCHOLY)「「深奥と夢鬱 The Well」@アトリエ第Q藝術

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井戸ーその奥深く潜む、鬱々とした夢を覗き込む。

ファンタジーとリアルを行き来する、果てのない迷路のような井戸に、あなたを誘います。

アダムとイブの時代から、人が翻弄され続ける自己と他者の性。

新進気鋭の2人のゲスト演出家を迎え、HANA’S MELANCHOLY初の短編集を上演致します。
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◆公演日程

2019年8月

16日(金)17:00 / 20:00

17日(土)12:00/15:00/18:00

◆作品紹介

プロスティ・ガール(演出:酒井直之)
出演:田中杏佳
日曜日の朝のテレビの主役、可愛い魔法少女に私はずっとなりたかった。そして、なった。魔法が使える魔法少女という意味ではない。丈の短い衣装を着て、テレビの前の男を興奮させ、また彼らという見えない敵に気づかない、本当の意味での、魔法少女になってしまった。それを世間は女と呼び、私は娼婦と呼ぶ。

ベッシー/アンド/ベッサー(演出:大舘実佐子)
出演:関谷:小川哲也、月島:角田萌夏
若手の女性作家、月島は戯曲講評を頼むために著名な劇作家 関谷を呼び出す。2 人の作家としての 共 通 点 は 〈女性蔑視〉が主な作品のテーマである事。男女の劇作家2人の会話の中に潜む、矛盾した日常レベルの蔑視を描く。

partially (演出:太田陽)
出演 渓美智、環、増田野々花、近藤まこと
私の3人目の恋人は人の記憶を消すことができる。だから、躊躇することなく私の1人目と2人目の恋人の記憶を消した。私は処女に戻り、初めてのキスの味も忘れてしまった。少しずつ、あなたが私の本物じゃない初めてを奪っていく。あなたの狂気的な独占欲と暴力について。

​​◆会場

アトリエ第Q藝術

https://www.seijoatelierq.com

小田急線「成城学園前」駅下車、中央口改札より徒歩3分


 劇作家一川華と演出家大舘実佐子によるプロデュースユニットがHANA’S MELANCHOLY。今回の公演では一川華が書いた短編演劇3本を大舘実佐子のほか外部から酒井直之、太田陽と若手演出家2人を招き、それぞれ1作品づつを担当させるトリプルビルの形式を取った。
 今回の作品に共通する主題がもしあるとすればそれは「女性」ということだろうか。「プロスティ・ガール」では少女時代にはテレビの魔法少女になりたかった女性が抱えるジェンダーの問題に切り込んでいっている。女性にとっての魔法少女は男性にとってのそれとはまったく違う関係性があるんだなというのが端的に面白かったが、魔法少女という存在が隠蔽している作品制作上の前提(男性にキャラクターが示す媚など)などをジェンダー論的に捉え直すといろんな論点が出てくるのだなと思った。しかも、それが魔法少女のよく考えれば際どいともいえる衣装を若い女優(田中杏佳)がまとって演じるのを男性である私が見るという構造のなかには多重のメタ性があり、そこが刺激的*1
 「ベッシー/アンド/ベッサー」では一転してともに劇作家である男女の駆け引きを描いたコメディーではあるが、最近何かと取りざたされている演劇界のセクハラ、パワハラ問題にも連想が広がっていく。ただ、これはセクハラ問題を正面から糾弾するという風にはなっていなくて、男性劇作家も女性劇作家も作品で書いている主題と言葉で述べている主張と実際の態度にそれぞれズレがあることがいくぶんコミカルな風味も入れながら書き込まれている。短編であるため、今回はスケッチ程度の描写にとどまっているが、これは日本では珍しい硬質なテーマを描き出すウエルメイドの喜劇として今以上に面白いものとなる可能性があるのではないか。
 3作品の中で一番作品としての可能性が感じられたのが最後の「partially」。恋愛相手の記憶を奪うという女性が登場して、それがなかなか興味深い。記憶を奪う謎めいた存在ということでは前川知大散歩する侵略者」のことを連想したが、このSF的趣向を生かすにはもう少しそういう存在がなぜいるのかについてのディティールが明かされているとより物語に入っていくことができるのにと思った。ただ、そのためにはこの短編の長さではそれを書き込むのは難しい。さらに言えばこれがいずれも女性を恋愛の対象とする女性の話であるということも、「現在ではそういうこともあるだろうし、特に説明する必要もない」と作者は考えているのかもしれない。ただ、この舞台を見ているとそういうことはただの性的嗜好の違いだということ以上のなんらかの解釈が必要に思われてくる。
 それは別に女性が女性を対象に恋愛をするということに対する説明というわけではなくて、そのことと記憶を奪う存在の間には何らかの連関があるのではないのかということだ。それが分からないので見ていてなんとなくもやもやするのだ。
 記憶を奪う存在をめぐる話のことを書きたいのか、主人公の女性遍歴のひとつのエピソードとしてそういう特異な存在がからんでくるということだけなのか。この意味合いが分かりやすければと感じた。それでもこの作品はいずれもう少し長いバージョンが見たいと考えさせられた。

simokitazawa.hatenablog.com

*1:油断してると足下掬われそう。

夏の日の本谷有希子「本当の旅」@原宿VACANT

夏の日の本谷有希子「本当の旅」@原宿VACANT


作・演出 本谷有希子 (『静かに、ねえ、静かに』講談社刊より)

出演:
石倉来輝、今井隆文、うらじぬの、大石将弘、後藤剛範、島田桃依、杉山ひこひこ、富岡晃一郎、福井夏、町田水城、矢野昌幸

会場:VACANT

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-20-13

ラインやインスタグラムなどSNSで知り合った男2人、女1人の仲良しグループがマレーシアに旅行に出かける。それを3人の役柄を3組9人の俳優が次々と交代して演じていく。物語は3人が成田空港(羽田空港かもしれない)で待ち合わせをしている場面から始まり、ロードムービー風にネットにアップされたという体で旅日記が綴られていく。
 本谷有希子の舞台はこれまで何度か見たことはあったが、これまでの舞台はどちらかというとリアルな会話劇だった。それが突然、ロードムービー風という原作の制約はあったにせよ、同じ登場人物を次々と異なる俳優が演じ継いでいくというチェルフィッチュやマームとジプシー、ままごとを思わせる構造の舞台になっていて驚いた。とはいえ、それは前衛的なものとは言えず様式としては本谷よりも若い世代の演劇ではそれほど珍しくないことであり、ままごとの大石将弘、元無隣館で青年団系の若手劇団によく出演している矢野昌幸、あるいはしあわせ学級崩壊に出演していた福井夏ら私がよく見る有力若手劇団の公演では欠かせないようなキャストを集めての公演であるだけに見ていてそれほど違和感を感じるということはなかった。
 ただ、マームとジプシーやままごとなどと比べた時に本谷の特色は現実世界に対するシニカルな観察眼であろう。本谷の目はインスタ映えに興ずる3人組と同化することはなく、彼らの行動には皮肉な目を向けている。結局のところ彼ら3人は海外旅行に出てもネット上ですでに調べているインスタ映えの拠点をめぐるだけで未知なる経験をすることは最後に道行を除いてはない。そして、彼らが真の未知に出会った時には彼らはタクシー運転手と共犯者の2人組の追剥に襲われておそらく命を落としてしまうことになったからだ。
 ロードムービー風に旅を描いた作品といえば最近ではこの作品のキャストである大石将弘も出演していたままごと「ツアー」がある*1やみくろという謎の怪物に追いかけられる場面はあるが、登場人物に害をなすような悪人は出てこない。一方、本谷有希子は最終的には登場人物を殺害してしまうような人物の存在も描き出そうとしている。こういう悪意の存在を本谷は描き出すしそれが後続世代との大きな違いではないかと思う。

静かに、ねぇ、静かに

静かに、ねぇ、静かに

しおこうじ玉井詩織×坂崎幸之助のお台場フォーク村NEXT 第99夜「8月15日 あの人の手紙」@フジテレビNEXT

しおこうじ玉井詩織×坂崎幸之助のお台場フォーク村NEXT 第99夜「8月15日 あの人の手紙」@フジテレビNEXT

しおこうじ
玉井詩織×坂崎幸之助

オトナゲスト 南こうせつ
ブリーフ&トランクス
シシド・カフカ/平安式舞提琴隊
opening actはちみつロケット
ゲストミュージシャン有澤百華

ダウンタウンしおこうじバンド
宗本康兵音楽監督
加藤いづみ/佐藤大剛/竹上良成
やまもとひかる

第100夜 9月12日/第101夜 10月24日/第102夜 11月12日

M01:Re:Story (村長&いづみ/ももクロ)
M02:STAR SIIP -光を求めて- (しおりん&村長&いづみ/THE ALFEE)
M03:ザラメ・オシャベリ (はちみつロケットはちみつロケット)
M04:ココ☆ナツ (平安式舞提琴隊/ももクロ)
M05:溢れるな (有澤百華/有澤百華)
M06:Don't be love feat.斉藤和義 (シシド・カフカシシド・カフカ)
M07:ロックンロール・ウィドウ (山口百恵シシド・カフカ)
Go!Go! BANDGIRLZ
M08:ビー・マイ・ベイビー (BANDGIRLZ/ザ・ロネッツ)
M09:コンビニ (ブリーフ&トランクス&いづみ/ブリーフ&トランクス)
M10:戦争ごっこ (ブリーフ&トランクスブリーフ&トランクス)
M11:SCARBOROUGH FAIR (こうせつ&ブリトラ&いづみ/SIMON & GARFUNKEL)
M12:夏の少女 (南こうせつ南こうせつ)
M13:海と君と愛の唄 (南こうせつ南こうせつ)
M14:あの人の手紙 (南こうせつ南こうせつ)
M15:男が独りで死ぬときは (南こうせつ南こうせつ)
M16:七色のスターダスト (全員/3Bjunior)
M17:サウンド・オブ・サイレンス (南こうせつブリトラ&村長/SIMON & GARFUNKEL)

 この日の構成の最大の特徴はフォーク村らしく、フォークの原点に立ち戻って「戦争ごっこ (ブリーフ&トランクス)」「あの人の手紙 (南こうせつ)」と反戦歌を2曲もぶちこんできたことだろう。こういうのはももクロのわちゃわちゃが番組のベースとなっていたももいろフォーク村時代にはやりにくかった。もちろん、この2曲はそれぞれのゲストの代表的な楽曲であり、「別段の意図なくそれを歌っただけ」というのが建前で、聞かれればそう答えるだろうが、CSは地上波ほどの締め付けがないだろうということを勘案しても昨今のテレビ番組を巡る不穏な空気の中でこうした選曲をしたのはきくちPの意地なのかなと思った。
 しおこうじのフォーク村は第2回となり、基本的な構成フォーマットが固まってきつつあるようだ。始める前は「しおこうじの~」ということで、玉井詩織がしおこうじとしてもっとたっぷり歌を披露するかと思ったが、この日も玉井詩織が独自アレンジで歌うアルフィー曲として「STAR SIIP -光を求めて-」とGo!Go! BANDGIRLZの「ビー・マイ・ベイビー (BANDGIRLZ/ザ・ロネッツ)」の2曲のみ。ほぼMCに徹している感があった。詩織にあまり負担をかけないというのが残留するための条件だったのかもしれない。ただ、今回に関して言えば直近に明治座公演開幕を控えており、ロッキンも朝一番でこなしとんぼ返りして稽古に臨むようなスケジュールのようだから、2曲こなしたのも「玉井さんだからできたこと」というべきなのかもしれない。
 この日からダウンタウンしおこうじバンドに第1回にゲストとして出ていたやまもとひかる(ベース)がレギュラーとして参加することになった。ももクロメンバーがレギュラーから抜けて玉井ひとりのなってやや画ずらが寂しくなっていたのも確か。この日ゲストだった シシド・カフカ堂本兄弟でベテランミュージシャンに交じって抜擢されたように才能ある若手アーティストを応援したいという意図があるようで、キャラクターにも魅力がありそうなので応援したい気持ちになった*1
 今回のもうひとつのテーマはサイモンとガーファンクルで、「スカボロフェア」「サウンド・オブ・サイレンス」の2曲が披露された。玉井詩織にも絡んでもらいたかったが現状では難しかったかも。
 次回の100回記念の回のゲストが和田アキ子と発表。だいぶ前からももいろフォーク村は100回記念で吉田拓郎をゲストに呼びひと区切りをつけるのではないかとの予想をしていたので予想は大外れ。とはいえ、ももクロの卒業で一段落はすでに終わっているので、大前提が崩れてしまっていることもあり
予想も何もなかったかもしれない。記念とはいえ、現在の体制に変わってからは3回目というのもある。杏果がいない前提でそれを変に思い出させることなく、どんな曲を誰がコラボするのか。

*1:もちろん、この若さで技術がすごくあるというのが前提ではある

有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019東京千秋楽2日目@Zepp Tokyo

有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019東京千秋楽2日目@Zepp Tokyo

公演日 2019年8月14日(水)
会場
Zepp Tokyo 会場マップ
券種・料金 1F全自由 ¥7,020(税込) / ¥6,500(税抜)
2F着席指定席 ¥7,560(税込) / ¥7,000(税抜)
開場時間/開演時間 18:00 開場 / 19:00 開演
出演者 有安杏果
★Band Member
G:福原将宜 / B:山口寛雄 / Dr:玉田豊夢 / Key:宮崎裕介

有安杏果 Pop Step Zepp ツアー 2019』セットリスト
01. ヒカリの声
02. TRAVEL FANTASISTA
03. ハムスター
04. 色えんぴつ
05. 歌うたいのバラッド
06. 心の旋律
07. 小さな勇気
08. LAST SCENE
09. Do you know
10. 遠吠え
11. 愛されたくて
12. 虹む涙
13. Catch up
【アンコール】
14. 逆再生メドレー
15. 夏想い
【Wアンコール】
16. feel a heartbeat 

 わたしが見ることができた今回のツアー4回のライブ(東京の4公演)で最高の出来映えだった。冒頭の「ヒカリの声」の出だしが少し鼻にかかった声に聴こえ、もしかしら風邪? 喉?と大丈夫なのかと一瞬心配したが、最後のロングトーンなどは見事な発声で、歌っているうちに取り戻したのか、それとも声や体調は本人がMCでいったように「喉も身体も絶好調」で、私が勝手に杞憂しただけなのか。いずれにせよ、ライブが進行するにつれそんなことはまったく気にならなくなってきた。
  Pop Step Zepp Tourは約1カ月の期間で全国6都市(札幌、仙台、東京、大阪、福岡、名古屋)を回り、13ステージをこなすという初めて経験する本格的ツアーであり、この日の有安には心身ともに大きな異常はなく、無事ツアーを完遂することができたという意味で今後歌手活動を続けていくうえでの大きな手応えを感じたのではないかと思ったからだ。そのくらいこの日の有安杏果は歌うことの喜びに溢れていた。
 この日のご当地カバー曲が「歌うたいのバラッド」で曲前の短いMCで杏果は活動を休止していたころにこの曲を聞きながら歌への思いを新たにしたというようなことを話した。この曲に続けて自作曲で「歌いたい、歌いたい。握ったマイクもう離さない」の歌詞がある「心の旋律」を歌った。そのことに杏果が今回のツアーに賭けていた意気込みが感じられた。
杏果らしさを感じたのはピアノの弾き語りで歌う「小さな勇気」。実はこの曲は前日途中で止まってしまって、やり直すという失態を演じたのだが、この日は見事なまでの自然さでかなりの難曲を弾きこなしてみせた。リベンジ成功なわけだが、そんなことは微塵も感じさせなかったのが彼女らしいところで、前日いなくてこの日だけ見た人はこの曲でそんなことが前の日にあったなんてことは考えもしないだろう。
 アーティストとしての新しい可能性を感じたのはダンスを伴って披露された「LAST SCENE」「Do you know」の2曲である。この日はオールスタンディング席後方から見たこともあり、踊りの全貌を見ることができなかったが、恋愛を主題に出会いと別れを描いたというように等身大の自分の自画像がほとんどを占めていた杏果のこれまでの楽曲にはなかった広がりを感じさせる。一刻も早い音源化が臨まれるのだが。

今回のツアーはプロの歌手としてコンディションを崩すことなく、コンスタントにステージに立ち続けることができるかどうかの試金石だったと思う。ももクロ時代から私はこの人のことを漫画「キャプテン翼」に登場する三杉淳に準えて「ガラスのエース」と称してきた。それは溢れんばかりの音楽的才能を感じさせながらも、喉に負担をかけるとすぐに声が出なくなってしまうなどの持病をかかえ、パフォーマンスの質がきわめて不安定だったからだ。そのため、ソロになることを考えた時に一番の不安はそこにあったし、本人にとってもやはりそうだったと思う。
 もちろん、技術的なことでいえばすでにグループ在籍時の最後の方ではできるだけ喉に負担にならないようにと歌い方に工夫を重ねていたし、復帰後の「サクライブ」ではその成果もある程度確認していたはずだ。ただ、実際にやってみないと結局は確かな感触はつかめないし、不安はなくならない。特に集客が難しい地方や平日などの無理な日程もあり、案の定待っていたように叩く連中もいたわけだが、そういうことは杏果にはあまり問題ではなかったのではないか。そして、この結果を踏まえて、待っていたように来年春のツアー「サクライブ2020」の開催が発表された。
一方でももクロ的なサプライズを期待しすぎたかもしれないのだが、最終日に「サクライブ」の映像作品の発売日や新アルバム発売、あるいはレコード会社との契約の告知があるのではないかと思っていたが、そのいずれもなかったのは残念だった。特に今回のツアーではまだ音源のない新曲が複数曲用意されていたので、新曲のライブ音源のストリーム配信はできるだけ早めにしてもらいたいのであるが。

有安杏果 サクライブ 2020』は、3月5日に愛知・Zepp Nagoya、3月11日に大阪・Zepp Namba(OSAKA)、3月13日に香川・高松のfesthalle、3月14日に広島・BLUE LIVE HIROSHIMA、3月16日に福岡・Zepp Fukuoka、3月19日に北海道・Zepp Sapporo、3月21日に宮城・仙台PIT、3月27日に東京・LINE CUBE SHIBUYAで開催される。バンドメンバーは福原将宜(Gt)、宮崎裕介(Key)、波田野哲也(Dr)、川崎哲平(Ba)。チケット一般発売は1月25日からスタートする。席種やファンクラブ先行予約の日程は後日発表される。

有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019東京千秋楽1日目@Zepp Tokyo

有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019東京千秋楽1日目@Zepp Tokyo

公演日 2019年8月13日(火)
会場
Zepp Tokyo 会場マップ
券種・料金 1F指定席 ¥7,020(税込) / ¥6,500(税抜)
2F着席指定席 ¥7,560(税込) / ¥7,000(税抜)
開場時間/開演時間 18:00 開場 / 19:00 開演
出演者 有安杏果
★Band Member
G:福原将宜 / B:山口寛雄 / Dr:玉田豊夢 / Key:宮崎裕介

本編
1.ヒカリの声
2.TRAVEL FANTASISTA
3.夏想い
4.feel a heartbeat
5.虹む涙
6.歌うたいの歌バラッド[斎藤和義] ご当地カバー
7.心の旋律
8.色えんぴつ
9.Runaway
10.Drive Drive
11.遠吠え
12.愛されたくて
13.Catch Up

アンコール
14.逆再生メドレー
15.小さな勇気

 有安杏果の魅力が詰まりに詰まったライブであった。本編は一部の隙も見せず完璧な仕上がりということにとどまらず歌声と小さな身体から生まれる躍動感をあやつり、バンドが繰り出す音楽と見事なまでに戯れてみせる。ツアー前半の東京公演でもももクロ時代のソロコンとはまるで違う達成度を見せてくれたが、この日はこのツアーを通じて一層の洗練を見せた例えば歌声であれば最初の「ヒカリの声」のラストのロングトーンから、音楽の楽しさが弾むような「TRAVEL FANTASISTA」、「虹む涙」で見せた魂を注ぎ込むようなせつない歌声までそれぞれの歌に合致した表現の広がりが半端なかった。
 特にやはりこれが有安杏果だとなと改めて再認識させられたのが、本編ラストの「遠吠え」「愛されたくて」「Catch Up」の3曲での杏果のダンスと歌声。「遠吠え」の歌い方が復帰ライブなどと比較しても一層の進歩を遂げていることはツアー前半に見たライブですでに分かっていたが、この日はその歌に身体の中から湧き出すように動くダンスの動きが加わり、さらにバンドとの掛け合いなど杏果自身が音楽そのもののように感じさせた。ここでの杏果の動きを「ダンス」という風に表現したが、この場面一応動きの基になった振り付けはあるのかもしれないが、ジャズの演奏が元となった楽曲から自由でいて、それでもその楽曲を表現しているように杏果は動きは音に触発されて、即興のように奔放にそれでも楽しさに溢れている。きっと本人が一番楽しくて仕方ないんだと思う。これはEXGPとももクロをへた杏果だからこそ辿り着けた境地であり、単なる歌姫を超えた有安杏果最大の武器になっていくんじゃないかと思った。
 そして、これほど素晴らしいパフォーマンスを見せながらそれだけでは終わらない。完璧に仕上げた大人のパフォーマンスが崩れて一転脆さを見せたのがアンコール最後の「小さな勇気」である。たったひとりでのピアノの弾き語りで見せるのだが、ピアノの演奏に途中で狂いが生じたようで一度目の演奏で途中で止まってしまい、その瞬間悔しさのあまりの感情の発露か泣き出してしまい、もう一度やり直すはめになったのだ。この部分は杏果が本当に悔しくて悔しくてたまらないだろうし、観客の中からもプロなら弾き直しなどせずに演奏に狂いが生じても誤魔化す、手立てを講ずるべきだとの厳しい声も上がっており、それはもちろん事実だし杏果がそのことを一番分かっているはずだ。
 ただ、私が言いたいのはそういうことではなく、この人は昔からこんな感じだし、この途轍もない素晴らしさと思わぬ脆さの混合(アマルガム)こそが有安杏果の魅力だった。本人がいくら不本意でもそれはいまでも健在なんだと分かった。杏果に甘いと非難されたとしてもその瞬間、私の心の一番柔らかいところがぎゅっと鷲掴みされたように感じた。有安杏果という人の恐ろしさである。

simokitazawa.hatenablog.com
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勅使川原三郎振付 カラス・アパラタス 6周年記念アップデイトダンスNo.65「ロスト イン ダンス」@荻窪アパラタス

勅使川原三郎振付 カラス・アパラタス 6周年記念アップデイトダンスNo.65「ロスト イン ダンス」@荻窪アパラタス



芸劇dance 勅使川原三郎 新作ダンス公演「月に憑かれたピエロ」「ロスト・イン・ダンス-抒情組曲-」

「ロスト イン ダンス」
あなたは今、もうすでにここにいないのだよ
あなたなまだ気づいていない、でも
存在していないにもかかわらず、あなたは踊りつづける
永遠に生き延びてしまう恐怖をあなたは予感する
勅使川原三郎

〈公演概要〉
アップデイトダンス No.65「ロスト イン ダンス」

演出・照明 勅使川原三郎
出演 佐東利穂子 勅使川原三郎

【日時】
8月5日(月)20:00
8月6日(火)20:00
8月7日(水)20:00
8月8日(木)20:00
8月9日(金)休演日
8月10日(土)16:00
8月11日(日)16:00
8月12日(月)20:00
8月13日(火)20:00
*受付開始は30分前、客席開場は10分前

 東京芸術劇場で初演したものの再演という位置づけにはなっているようなのだが、使用音楽を差し替えており、事実上の新作といってもいいのではないかと私には思われた。ベートーベンのピアノ曲に合わせて、緩やかでかつ優雅な勅使川原三郎の動きでスタート。曲演奏の切れ目で佐東利穂子と入れ替わる。以下、同じような進行が続くが、曲目が替わるたびに次第に激しい演奏に合わせてような激しい動きになっていき、テンペストの所で佐東が爆発的に激しい旋回系の動きを見せる。 
 後半部分になると勅使川原と佐東が今度は曲の途中で入れ替わる前に相手が羽織っていたコートのようなものに横から手を突っ込み、上着を何度も受け渡すような場面が繰り返された。このダンス作品は個々の振りの動きなどに意味を込めたようなものではないとは思うが、この部分だけはここで受け渡される上着は「勅使川原三郎のダンス」の象徴なのかなと思えてきた。
 偶然の一致と聞かれれば本人は言うだろうが、ちょうどこの日会場入り口で手渡されたフライヤーの中に東京バレエ団の公演のものがあり、勅使川原の新作がトリプルビルとして披露されるという告知があった。他の2本がバランシンとベジャールの作品でバレエの世界では振付家の新作が定評のある過去の作品として上演されることはそれほど珍しいことではないけれど、これまで日本のバレエ団があまり上演されていない勅使川原作品が上演されることは歴史的意義があることではあるし、この作品のテーマであるダンスは死なないと呼応するような部分があるのではないかと思ってしまった。
 事実、特に欧州ではこの作品と前作「幻想即興曲」の上演がすでに決まっており、特に後者はオーケストラとの共演作となる予定で、勅使川原作品がすでに現代の古典的な扱われ方をされてきているのも確かだ。
 勅使川原自身はその精力的な創作活動を見ても元気そのものだが、それでも公演後の挨拶で「この作品は佐東利穂子に捧げる」と明言したのはダンスで次世代に受け渡していくものという思いが最近彼の脳裏にいつもあるからではないかと思う。