下北沢通信

中西理の下北沢通信

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クロムモリブデン「なかよしshow」@伊丹アイホール

 クロムモリブデン「なかよしshow」伊丹アイホール)を観劇。
 三谷幸喜の「笑の大学」と映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を素材に青木秀樹がクロム味という悪意の香辛料を振りかけて、調理をするとこんな珍味になる。クロムモリブデンは関西でいまもっとも充実している劇団ではないだろうか。
 前作「直接KISS」については「美人揃いの女優陣が魅力的なのだが、それでも青木秀樹が織り成すヘンテコな世界を支えるのは森下亮と板倉チヒロに代表される壊れたおもちゃのような役者たちである。もともとカルトな魅力に溢れた劇団ではあったが、最近はダンスのような身体表現の多用など音楽劇としてのエンターテインメント性も兼ね備え、次回作が一番楽しみな集団なのである」と書いて2004年のベストアクトに選んだのだが、この新作はそうしたカルトな魅力に加えて、「メタシアター」「社会派演劇」「笑いの演劇」といった様々なスタイルの演劇を作品の中に取り込み、それで思い切り遊んでみせるという超絶アクロバットを展開。
 なんといっても最大の魅力は「演劇に対する悪意」と「演劇に対する愛」が微妙なバランスでごたまぜになっていることで、劇中に登場する「劇団なかよし」からして、そのあまりな人を食ったようなネーミングがある種の演劇を馬鹿にしてるとしか思えないのだが、単純に批評的な笑いなどといってすませられないのはついにその悪意はクロムモリブデンという劇団そのものにさえ牙をむき、なにがなにだかもはや自らよって立つ地盤さえ、確かなものではなくなってくることだ。
 こうした、悪意の無限連鎖は一時期の猫ニャーなどにも見られたものではあるが、ブルースカイと青木の資質の違いかクロムの場合はそれがクールさではなく、どうしようもない「無駄な熱さ」で体現されていることで、登場する俳優の無駄なテンションの高さと馬鹿さ加減からも、東京的スタイリッシュとは一線を画す野放図な魅力があるのだ。
 アイホール公演も後、1日、2月には東京公演も予定されているが、未見の人には必見の劇団・公演である。


 「キタで芝居を見るhttp://homepage2.nifty.com/kitasiba/」のサイトから依頼を受けて、2003年下期の関西の演劇ベストアクトを選んでみた。
2003年下期の関西の演劇ベストアクト

 作品
1、TAKE IT EASY!「SHAKESPEARE(神戸アートヴィレッジセンター)
2、スクエア「打つ手なし」(大阪芸術創造館)
3、ロヲ=タァル=ヴォガ「isotope」(京都アートコンプレックス1928)
4、京都ビエンナーレ「宇宙の旅、セミが鳴いて」(京都芸術センター)
5、ニュートラル「ふしぎのとも」(大阪芸術創造館)

 役者
1、西田シャトナー(スクエア「打つ手なし」の演技など)
2、北村守(スクエア「打つ手なし」の演技)
3、松村里美(TAKE IT EASY!「SHAKESPEARE」の演技)
 
 TAKE IT EASY!は今私が個人的にもっとも楽しみにしている若手劇団である。作演出、役者がすべて女性という「女の子」劇団だが、サービス精神満載でエンターテインメントに徹しながら、作家の中井由梨子は劇世界のなかにしっかりと骨太で壮大なドラマとしての骨格も作り込むことができる腕を持っている。劇団☆新感線の舞台を少年漫画が立体化して立ち上がったようなと例えるとすればTAKE IT EASY!の世界はまさに立体少女漫画といっていいかもしれない。
 「SHAKESPEARE」は18世紀英国で実際にあったシェイクスピア贋作事件がモデル。ウィリアム・H・アイアランドはシェイクスピアの遺稿と称する写本を多数捏造し、最後にはこの大戯曲家の忘れられた作品「ヴォーティガーンとロウェナ」を書き上げた。この美味しそうな題材に目を付けた着眼点がいい。さらに史上有名な偽書作家で中世の牧師が書いた詩集というふれこみで刊行した捏造書は、偽書ではあったが詩才に富み、今日ではゴシック・リバイバルの先駆けとされる詩人T・チャタトンを劇中に登場させ、実際には遭い見まえることがなかった(チャタトン1752〜70、アイアランド1777〜1835)この2人を劇中で対決させるというアイデアが利いている。これが演劇的虚構というものだが、この劇中での対決がオリジナルとコピーの違い、神に愛でられる才能とはなにかといった芸術上の永遠の主題を観客それぞれに考えさせる糸口となっていく。
 そうはいっても物語はあくまでもエンターテインメント。舞台は偽作事件の顛末から、後半に至って、劇中劇に「ロミオとジュリエット」「ハムレット」といったシェイクスピアの原典を縦横無尽に引用しながら、あたかもひとつの絵巻物を見せられるかのようにスペクタクルに展開していく。途中ミュージカルシーンのような場面を盛り込むような遊び心もあって、結構長い時間の舞台だが飽きることなく最後まで見ることができた。
 TAKE IT EASY!の舞台では萩尾望都の「ポーの一族」「トーマの心臓」に登場する少年たちのように女優が演じる少年のキャラクターが魅力的。キャラ重視のあり方はアニメ・漫画だけでなく、奈良美智村上隆といった現代美術作家にも見られアートの世界でも日本文化の専売特許として語られる時代だが、このように意識的に徹底した例は演劇では珍しい。作品から自立してキャラ自体が独り歩きするような「キャラ萌え」の枠組みを演劇に取り入れたのがの新しいところなのだ。
 この舞台でも美少年キャラのウィリアムを演じた松村里美の存在がきわめて魅力的で、強い印象を残した。
 スクエアの「打つ手なし」は西田シャトナーが客演。この集団はこれまで女優を客演に迎えるのが恒例なのに今回西田が客演でいったいどんな風になるかと期待半分、危ぐ半分で見にいったがこれが予想以上の好演というかうまく西田のキャラを利用した作りになっていて面白かった。
 適材適所のキャスティングの妙はここならのものだ。これまでスクエアは場面固定の一場劇が多かったのだが、前回の劇中劇に引き続き、今回は漫才コンビが出演しているラジオ番組とその後に起こったらしい事件でそのコンビの片割れ(西田シャトナー)が取り調べを受けている警察の一室の場面が交互に進行していく。
 事件があったのはラジオ番組のあった日の深夜3時なので、この部分は空白なのだが、舞台の進行に従い、刑事たちの訊問とラジオ番組の進行の両方で事件の顛末、このコンビの実情がしだいに明らかになっていく戯曲の構成が緻密で面白い。
 最初は単に気の弱い刑事にすぎないように思われた北村守演じる刑事の正体が徐々に明らかになっていくくだりなどは抜群のオカシサなのだが、これは北村のキャラだけでなく、計算された情報の出し入れがその効果を一層高めていた。
 ロヲ=タァル=ヴォガは元維新派草壁カゲロヲと近藤和見による演劇パフォーマンス集団。関西では珍しい身体表現としての演劇表現に取り組んでいる集団でもあり、様々な課題はあることは承知でここに選ぶことにした。
 よくも悪くもそのスタイルは維新派の強い影響化にあることは否定できないが、最近の維新派がどうしても女性パフォーマー中心の印象が強いのに対して、ここの舞台には粗野ながら草壁カゲロヲに代表される男性パフォーマーの「バンカラの風味」が発揮されているところが面白かった。
 実はここでの評価の対象とした公演は1月4日の上演であるため、正確に言えば2004年に入るのだが、この舞台については2003年秋口から関西の各地の会場での連続上演を通じて練り上げてきたものであるので、あえて2003年下期の対象とした。
 京都ビエンナーレ「宇宙の旅、セミが鳴いて」、ニュートラル「ふしぎのとも」もいずれもきめ細かな演出によって作られた秀作舞台であった。