松本清張「天才画の女」ISBN:4103204087(新潮文庫)を読了。
松本清張の長編小説をまとめて読んでいる。松本清張は以前から好きな作家のひとりではあったのだが、それはあくまで短編ミステリの名手としての清張であった。というのは大学時代に京大ミステリ研に在籍していたせいもあって、社会派の雄と当時見なされていた清張は日本のミステリをつまらなくした張本人としていわば仮想敵と見なされていた風潮も若干あったからだ。そのなかでもアリバイトリックものの古典と見なされていた「点と線」「ゼロの焦点」「時間の習俗」などの代表作は一応読んだものの、トリックとしては当時でさえすでに古ぼけていて、古典としての時代を踏まえて以外の積極的な評価が難しいということもあって、「顔」「地方紙を読む女」*1など傑作群がきらぼしのごとく並ぶ、短編と比較すると長編はどうもという印象から食わず嫌いを続けていたのだ。
ところが今回読んでみるとこれがなかなか面白い。社会派のレッテルは一般の読者にはよくても、コアなミステリファンに敬遠されたという点では損だったのではないか。「眼の壁」についても死体隠蔽のトリックなど物理的なトリックが触れられていることが多いのだが、この小説の面白さはそういうところにはない。最初に主人公が出会うパクリ屋の犯罪から物語ははじまるが、物語がただそれだけの話にとどまらずに広がっていき、最初の場面からは思いもかけない広がりをみせる。このプロットの斬新さが清張の真骨頂ではないかと思う。
このプロットのうまさで勝負している現代のミステリ作家には宮部みゆきや少しタイプが異なるけれど京極夏彦がいるが、松本清張は明らかにそうした作家たちの先駆者的存在である。
「天才画の女」も清張の作品としてはやや軽量級の印象は否めないが、謎の女流画家の正体というメインのストーリーの謎が解けかけても、さらにその先にもうひとつのツイストが用意されているというところが面白い。最近ブームとなるまでは日本では珍しい美術ミステリの先駆という意味でも珍重されるべき作品だろう。それにしても、もしこれが美術界の内幕に切り込んだという意味で「社会派ミステリ」だと強弁するのであれば高橋克彦や法月綸太郎だって社会派なんじゃないだろうか。社会問題を扱うのは現代ミステリではむしろ当たり前のことになってきているから今、新宿鮫や宮部みゆきをことさら社会派だという人はいないよね。
*1:これはホワットダニットの傑作だと当時も今も思っている