Yummy Dance「即興ライブ」（こまばアゴラ劇場）を観劇。
Yummy Danceは松山に本拠を置く女性だけのダンスカンパニー。これまでトヨタコレオグラフィーアワードへのノミネーションをはじめいろんなダンス企画への参加で東京でも踊ってはいるのだが、今回が初めての本公演である。この日は得居幸振付による「もももってきてちょうだい」と「即興ライブ」の２本立てである。
Yummy Danceについてはこれまでいろんな作品を見てきたにもかかわらず私のなかでカンパニーとしての色合いがひとつの焦点を結ばないきらいがあった。それが上演した作品がまだ若手による習作的な作品であれば疑問はないのだが、個々の作品のレベルはそれぞれにかなり高いのにである。なぜそうなんだろうと考えながら、この日の舞台も見たのだが、メンバーのひとりの得居幸の構成・演出・振付による「もももってきてちょうだい」と「即興ライブ」を続けて見て、少しだけ分かってきたことがある。それはこのカンパニーが良くも悪くも１人の振付家を中心にダンサーが集まって構成された通常のダンスカンパニーとは異なり、カンパニーとしての集団の統一性を保ちながらもメンバーの全員がそれぞれ振付も行うという特異な形態を持った集団であるからだということだ。
実はこの日見た作品で振付作品であるはずの「もももってきてちょうだい」には即興的な要素、逆にインプロである「即興ライブ」にはまるで振付作品を見ているかのようなまとまりを感じた。舞台を見ながらこれはいったいどういうことなんだろうと考えていたのだが、即興ライブを見ているうちにはっきりと分かってきたことがある。
それは通常のカンパニーと比べると、Yummy Danceはそれぞれのメンバーの個性が際立っていて、ムーブメントひとつやダンスへのアプローチひとつをとっても個々の違いがはっきりとしていて、そのことが作品が特定のひとりの振付家の美学に従って構築されたモノトーンなものではなくて、比喩的に言えばまるでプリズムを見てるかのような多様性がひとつの作品のなかに創出されているということだ。
まず、振付作品である「もももってきてちょうだい」について言えば、得居幸の振付はムーブメントオリエンテドに自己主張をするということはあまりなくて、メンバー個々の動きやキャラの特徴を拾い上げて、それを関係性のなかで見せていくことに終始する。この作品では以前、吾妻橋ダンスクロッシングで見たこの作品からの抜粋と比べると丁寧に作りこんでいる*1ことがうかがえ、それぞれのダンサーの魅力が引き出されていることから、見ていて楽しい場面には事欠かないし、作品としても悪くはないのだが、ここにはよくも悪くも振付家の個性は希薄なのだ。ここにこのカンパニーの集団としての難しさがある、と思った。
というのはこの公演の後で続けて「即興ライブ」を見たら、自分なりにYummy Danceのどこが問題なのかというのがよりはっきりしてきたように感じられたからだ。「即興ライブ」の方は使用する音楽の順番などおおまかな段取りは決まっているものの、内容については決め事は特にない。これまでこういう形式の即興を何度か見てきたことがあるのだが、複数のダンサーが参加して、こういう即興をセッション的にやると本当にバラバラでとりとめのないことになりがちなのだが、彼女たちの場合は練習中も続けてきたメソッドでもあるせいか、即興のなかでも阿吽の呼吸が出来ていて、それが自然に集団のなかでのそれぞれの関係性や立ち位置を感じさせるという意味で面白かった。
Yummy Danceは実は独フライブルグ市と松山市が姉妹都市であることから、当時フライブルグに拠点を持っていたアマンダ・ミラーが松山に滞在して長期の交流によりダンス製作を行ったメンバーが設立したカンパニーで、この即興ライブはその時の作品創作でアマンダが行った方法論がもとになっているらしい。アマンダ・ミラーといえば元々はW・フォーサイスのフランクフルト・バレエ団にいたダンサーで、その作品は以前に見たことがあるのだが、その当時は彼女の個性を入れながらも、全体としてはフォーサイスの影響を強く感じさせるものだった。
そこでまず考えたのはこの即興による方法論というのはフォーサイス直伝の色合いが強いものではなかったのかということで、そういえばフォーサイスの作品のなかにはクレジットとして、振付・フランクフルト・バレエ団とクレジットされたものがけっこうあって、これはフォーサイスがダンサーに振り移しをするのではなくて、創作現場でフォーサイスの指示によりそれぞれのダンサーが即興的に生み出した動きをもとにフォーサイスが再構成していくというものなのだが、ここには実はフォーサイスならではの仕掛けがある。というのはフォーサイスの場合はフランクフルト・バレエ団にはフォーサイスが手塩にかけて育てたいわゆるフォーサイスダンサーがたくさんいて、そのダンサーたちが創出していく即興というのはどこを切っても金太郎飴のようにフォーサイス的なので、即興を取り入れるといっても結果としての作品はフォーサイスの振付作品とそう簡単に区別がつかないほどフォーサイス的に見えたのである。
興味深いのはそういうフォーサイス＝アマンダ・ミラー的な方法論を日本の松山という土壌に落とし込んでいくとどういうことが起こるかということで、今回の「即興ライブ」で最初の方のヒップホップのようなリズムでメンバーがそれぞれ出てきて踊るところひとつをとっても、このカンパニーのダンサーには少しストリート系の動きを思わせるようなリズムで元気に踊る高橋砂織から、メンバーのなかでは体幹をぐねぐねとさせて、体重移動にともなって手足の動きをそれに合わせて微妙なバランスをとっていくような宇都宮忍とメンバーのそれぞれがまったく異なる身体語彙、つまり動きにおける手癖のようなものを持っていて、そこにはフォーサイスダンサーがそうであるような統一されたフォーマットがほとんど存在しない。あるカンパニーのダンサーがソロなどで踊ると、ひとりの振付家の作品をある程度に長期間踊りこんできた経験値からフォーサイスダンサーほどじゃないにしても、例えばイデビアン・クルーのダンサー、珍しいキノコ舞踊団のダンサー、Monochrome Circusのダンサーというのがはっきり分かる程度にはその身体語彙にカンパニーの色合いが刻み込まれているのが普通なのだが、そうじゃないところにこのカンパニーの特徴があるのだ。
これは彼女たちが単独のカンパニーのメンバーという形態を取りながらも、今回の「もももってきてちょうだい」のようなグループ作品と併行して、ソロ、デュオ、トリオなどでそれぞれのメンバーがそれぞれの個性を生かしながら作品を創作してきたというダンスカンパニーとしては特異な形態をとってきたこととも関係があるのだろう。それでも、これほど個性の違うダンサー５人が即興で踊ってもそこで自然に大きな流れのようなものが生じてきて完全にばらばらにはならないのはこの５人がアマンダとの共同作業以降持続した時間を共有してきた歴史というのがあって、それが言葉にはしにくいのだが、同じ場所（舞台の空間）を共有したときに「ある共通の空気感のようなものを共有できている」ことにある。
実はこの日の即興ライブを見ていても、この集団で特異点のような存在の仕方をしているのが戒田美由紀で、そういう意味ではえがたい個性*2ともいえ、オリジナリティーという意味では突出した才能を感じる。だから、一時は珍しいキノコ舞踊団が最初は集団創作から入りながら、伊藤千枝の振付に移行していったようにカンパニーとしては誰か一人の才能に賭けるべきで、そうであるならば彼女だ、と単純に考えていた時期もあった。
ただ、この日の公演を見て、考えを若干変えざるをえなかった。それは戒田美由紀は確かに面白いのだが、その面白さは個人としてソロなどで発揮されるもので、ほかのメンバーの表現との距離がありすぎて、それでは彼女だけの個性に収斂していったときには失われるものが多すぎるのではないかと思ったからだ。
その意味で「即興ライブ」を見ていても、そういう特異点とはまったく逆のゼロ地点のようなところに位置していて、ほかのパフォーマーのいずれともと等距離をとることができそうな得居幸にとりあえず今回の「もももってきてちょうだい」で構成・演出・振付を託したのはやむをえない選択だったかなという気がした。
ただ、作品を実際に見て思ったのはそれはそんなに簡単な道じゃないということでもあった。集団創作というのは語感はいいけれど、下手をすると責任をとる人が誰もいないという無責任体制になってしまいかねない危険性を孕んでいるので、ここでとりあえず責任者を決めたのはいいことだと思うのだけれど、今回の作品を見た限りは得居のやり方は例えば黒田育世のように自分の明確なビジョンを元にそれを実現するように残りのメンバーを強引に引っ張っていくというのとはまさに対極的なあり方で、「調整役としての創作者」を志向しているものではないかと思われたからだ。このやり方だと創作にものすごく手間と時間がかかるし、手間暇をかけたとしても振付家がすべてを独断的に決定して自分の美学を前面に押し出していくやり方と比べるとなかなか作品の完成度が上がっていきにくいという問題がある。
集団創作的なメソッドを主体としたYummy Danceの作品を見た時に感じる最大の問題点は「場面場面は魅力的であったり、印象に残るところはあっても、作品全体としてのイメージがシャープには像を結ばない」というところで、そこはこのカンパニーの作品を見て面白いとは思うのだけど……。という「……」部分のもやもや感のようなものが解消されにくいところであって、これまで見た作品のなかでは比較的に良く出来ていたけれど、「もももってきてちょうだい」にもやはりそういう印象は完全にはぬぐい切れていない。
実は先述していた「調整役としての創作者」というのは以前にMonochrome Circusの坂本公成が言っていたことで、正確に言えば確かその時に坂本は「調整役としての集団主宰者」というような言い方をしていた記憶があるのだが、従来のダンスカンパニーや劇団のように本人に卓抜な才能のるカリスマがひとりで引っ張るというイメージに対置して、個々の才能を引き出し、その調整役として主宰者が存在する、そういう集団としてのあり方もあるんじゃないかという提案であった。これはある意味、理想論のようなところもあっておそらく坂本の原イメージにあるのはダムタイプだと思われるが、実際には集団の主宰者以外の複数の才能を同一の集団のなかにかかえながらもそれをうまく切り回していくというのはそんなに簡単なことではない。
もちろん、今の段階ではYummy Danceがそういう新しい概念としての集団を意識的に志向しているのかどうかということも定かではないし、むしろ試行錯誤の一環としてやむをえなく出てきたものと考えた方が実態には即しているのかもしれないが、この挑戦が今後どうなっていくのかということについては今後も興味を持って見守りたいと思ったのである。
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*1:吾妻橋での感想はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20061014に。ただ、下のコメントに桜井圭介さんが書き込んでくれているように順番から言うと、こちらの新作「I like blue?」で作った場面をいくつかこの「もももってきてちょうだい」の再演に際して、取り入れたということらしい。
*2:即興ではあるのだが、舞台上で突然１＋２＋３＋７という足し算をはじめて、しかもそれが出来ていないという到底計算ではできない展開には思わず笑ってしまった
